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イパネマの娘と北方の名前

保育園から小学校低学年の頃、銀色のキーボードで遊んでいた。

おもちゃのピアノより鍵盤の数はあるけど、本物のピアノほどの幅はない全長1mくらいの電子機器で、スコスコと押さえごたえのない軽さで、メロディ譜の書いてある磁気面付きの紙ディスクを溝に通すと曲を自動演奏する機能があった。曲目は『北国の春』みたいな演歌や松任谷由実の『あの日に帰りたい』のような歌謡曲からワールドミュージックまで様々なジャンルがあった。主旋律に合わせて鍵盤に面する本体の一部が緑色に光り、その光の灯るキーを辿って押さえていけば主旋律が弾けるようになるというものだった。

そこで出会ったのが、表題の「イパネマの娘」である。
歌は入らず、例えばスーパーで流れているような主旋律もキーボード音の演奏だ。
初めて聴くボッサのリズム。どこにも着地しない音程。

「ふざけているな」
と思った。

ペーポポーポ ペーポポーポポ
ペーポーポーポ ペーポポーポポ

そんなわけないだろう。
2,3音だけ適当に叩きおって。
なめられているな。
本当にそう思った。
初っ端はまだいい。
問題はBメロだ。

ペーーーーー ぺぺぺぺぺ ぺーポー

「まじめにやってくれよ」
年齢一桁だがそう思った。
これを実際の歌入りで聴いていれば、あのアンニュイな浮遊感や軽やかさを感じただろう。ところがどうだBメロの後半(サビ手前)を聴いて欲しいのだが、あそこも平坦なキーボード音で聴いてるのに冗談みたいに音が取れない。姉に憧れてエレクトーンを習い始めてこれから真面目に学ぼうとしていた私は「適当なことするなよ」と思った。
ボッサのリズムも取れなかった。シンコペーションが今何拍子のどこを走ってるかも分からなくて居心地が悪かった。なお、今は心地よく聴いている。
初めて歌入りを聴いた時の感想は「アンニュイ!気怠い!なんなら心地良い。なんか…なんか思てたんと違う!」。それでキーボードの自動演奏を聞き直したら不思議なものでちゃんとアンニュイに聞こえるんだから、キツネに摘まれたようなもので。もしあなたが子供に聴かせるならちゃんと歌が入っててギターで演奏してて主旋律を平坦なキーボードで弾いてないやつにして下さい。

♦︎
似たような体験がある。
小4の頃使っていた下敷きに書かれた難読地名の北海道の地名を初めて見た時だ。

[わっかない]

もちろん漢字で書けば「稚内」だ。
その下敷きには日本地図が書いてあり、北海道には5つくらいの地名が平仮名だけで書かれていた。ちょっと他は忘れてしまったのだが、

[わっかない][ねむろ]。

「そんなんわけないだろう」
と思った。こっちが小学生だと思ってなめられている。わかんないと思ってわっかんないとか書かないでくれよ。ちゃんとクイズを作れ。実際はそんなわけないわけじゃないのだが、子供は子供扱いされることに敏感で、その過剰反応が
「そんなわけないだろう」
だった。

分からないと思って適当なこと言ってる大人(メーカー)はいない。疑ってるのが子供なだけだ。

ざっくり括った髪が意図せずピスタチオ(伊地知)になっちゃうこと、あるよね。

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