見出し画像

電波戦隊スイハンジャー#180 家政婦のタキ、クリスタ

第9章 魔性、イエロー琢磨のツインソウル

家政婦のタキ、クリスタ

あれは1982年の、西ベルリンでの事やった。

当時のベルリンは東側の政治的都合でけったいな壁が作られた小さな街やった。

わしの師であるエッセンシュタインを初めとする指揮者有志はわざと壁の前で野外コンサートを開き、

西の人にも東の人にも音楽は平等に受け渡されなければならない。

とそりゃ大音量で演奏したもんや。師匠はベートーベンの第九を振り、わしはというとマーラーの巨人の「花の章」をわざと脳内お花畑風に振って、東側の聴衆の自由への渇望を刺激したった。

ふふ、クラシックの指揮者なんて棒一本で人々を煽動する思いっきり政治的な奴らなんやで。

しかーし、デビッド・ボウイ程の影響力無かったんがものごっつう悔しいけどな!

わしは公演の翌日、妻の孝子を連れて西ベルリンの孤児院に慰問に行き…そこでクリスタに出会うたんや。

予定の滞在時間の中で子供達の合唱と花束に迎えられ、楽器を習ってる子に指導し、

「将来の夢は?」

「10才までに基幹学校か実科学校(職人コース)かギムナジウム(大学進学コース)に行くか決めなきゃなんないんだよ。施設の子がギムナジウムに行けるわけないよ!」といかにもドイツっ子な夢のない会話を施設の子としている内に、

孝子の姿が無いことに気づいた。

もう帰らなあかん時間なのに、何処や?とわしは慌てて施設じゅうを探し回り、プレイルームの古いグランドピアノの横で黒髪の女の子と話し込んでいる孝子を見つけたんや。

日本を発つ少し前、
不妊体質で妊娠は望めない。と医者に宣告されて以来ずっと気落ちしていた孝子が…その子の前で朗らかに笑っていた。

わしに気づいた孝子が、
「ねえクラウス。私達でこの子の面倒を見てあげられないかしら?」
と会って10数分話しただけの女の子を引き取りたいという唐突な申し出をした時は驚いた。
「面倒見るって…それ養女にってことか?」

いやでもクリスタは…と施設長である老女はそこであわてて口をつぐみ、
「ま、まあ養子になさるかどうかはやはり相性というものがありますからお時間の限りクリスタと話してみて下さい」
と言ってそそくさとプレイルームを後にした。

「初めまして、マエストロミュラー」
と長い黒髪を腰まで垂らした緑色の瞳の8才くらいの女の子がにっこり笑った時…ひょっとしたら東洋の血が入っているかもしれない神秘的な微笑みにすっかり魅了されたんや。
それに、
この子が3つの時からバイオリンを習っていて、将来ソリストになりたい。と言ってサラサーテのツィゴイネルワイゼンをさらっと弾いてみせたそのこまっしゃくれた音色で、

音楽家としてこの子を育ててみたい。

と興味をそそられたのもあった。

「ねえねえ、私を本気でうちの子にしたいと。そう思ってくださるの?」

「君が本気ならソリストにだってなれる。どや、一緒に日本来るか?」
とクリスタに本気で言った時、

「…これでも?」
と口元にうっすら笑いを浮かべてピアノの上にあったメトロノームを宙に浮かべて見せた。

「そうやって生まれついての不思議な力をわざと見せて、クリスタは大人たちを試していた。自分みたいな特殊な子供を受け入れる器かどうか、と。

でもわしら夫婦の気持ちは揺るがなかった」

かなり急な申し出だったが一番扱いが面倒なクリスタを早く里子に出したがっていた施設長はミュラー夫妻とクリスタの養子縁組を快諾し、夫妻はクリスタを連れて日本に帰国した。

「クリスタが日本での暮らしに慣れるまでそうは手間がかからんかった。
日本語も早く覚え、家に来て半年後には学校にも通うようになった。ソリストになる夢も叶えて誠実なムコを見つけて葉子を産んで、36で死ぬまであいつは幸せやったと思う

寿命が通常の人間の半分しかなかったことを除いてはな」

「クリスタさんがその施設に入るきっかけは?」

と休日返上してミュラー邸に聞き込み調査に来た中学教師、七城正嗣はヨーロッパ公演中ずっとミュラーが頭部に装着していた精神感応防御装置を小人の松五郎が用意した解析装置に差し込み、ノートPCの画面に次々と現れる公演中にミュラーと会話した各国の政治家、富豪、芸術家いわゆるセレブ層の人々の心を読んで、

うっわあ…と胃液がせりあげるような心理的ムカつきを覚えていた。

「言い方悪いけど、こいつら自分の儲けを社会に還元する気持ち全くゼロですね。自分の金で出来た繭にくるまれて死ぬことしか考えていない…

世界に希望は無い。

って事実生徒たちに教えたくないな~」

と言って頭を抱える社会科教師、七城正嗣29才であった。


「おい先生、自分で質問しといて自分で話の腰折るなや。クリスタは赤ん坊の時、施設の玄関前に捨てられていた。よくある話や。

クリスタは実父である玄淵から何故離されたのか?玄淵は何故実の娘を追跡できなかったのか?解らん事ばかりや」

「観音族の成体になるまで普通の女の子だったからじゃないんですか?
同族間でしか共鳴できない周波数を観音族は発していて、それを知る誰かがクリスタさんを隠したかも…」

と正嗣は画面に映ったシンガポールの富豪、蔡玄淵のとても72歳とは思えない艶々した色白の顔を指差し、

「この人、他のセレブ達と違って思考回路が特殊なんですよ。

富は社会に還元すべきだ。

って正義感や義務感が滅法強い。しかし、やり方を選ばないのが問題でね…分配する富を得るには、ライバルを殺して富を奪うのが一番簡単だと思っているし、実行してもいる極めて独善的な人間です。
彼がタオこと福明を使ってやろうとしてる事は」

とそこで口にするのは良心が咎めるのか黙りこくった正嗣に対して松五郎は、

「敵は金も力も社会的にも影響のある奴らだべ。先手を打たねばおら達が消されるぞ」

といつになく厳しい顔をして発言を促した。

「そうですね。タオの作った管理社会ネットワークを使ってまずは実験的に中国、ロシア、等の大陸に住む人間たちをまずは20億ほど『物理的に』消そうとしてます」

この蔡玄淵という人物は、ヒトを猿以下としか思っていない。政治家や大富豪や巨万の富を持つ株式ディーラーによくある思考回路だ。

「マエストロは何度もオファーがあったにも関わらず、紫芳さんを使わなかったそうですね」
「ああ、ええ音は出すけど直感的におぞましさを感じて紫芳を使わんかった。勘を信じて正解やったな」

「クリスタさんの母と思われる女性の消息と、玄淵シンガポール進出以前の過去を洗えば組織の秘密が解りそうですね」
と言って正嗣はソファから立ち上がりイエロー琢磨に、

「戦隊の中でパスポートを持ってる人は何人いますか?」

と唐突な事を尋ねた。
質問された琢磨は受話器の向こうでわぁお!と興奮した声を上げて、

「やっぱりハオラン君は生存してシンガポールにいると先生もお考えですね?」

と、ハオランが映る空港カメラの映像がチャンギ空港のトイレに行く途中の後ろ姿で終わっている。
次にトイレから出てきた人物はがっしりとした体格をしたTシャツ姿の東洋系観光客二人組。
二人は大きなトランクを慎重に押して空港出口に向かおうとしている。

「君が分析した映像から察するに、
ハオラン君はトイレ内でこの二人組に薬を打たれ、トランクに入れられてそのまま空港を出たのでしょう。恐らくハオラン君はシンガポールにある組織系列の施設に監禁されているはずです」

あ、あの…と電話の向こうで琢磨が
「ハオラン君がいまいる場所までどうして分かるんですか?」
と聞いたので、正嗣は
「私の手の中に、彼の指輪があるから」
と当然そうに言った。

七城正嗣はテレパシーの他に所持者の触れたものから思念を読み取り状況を正確に言い当てるサイコメトリー能力を持っている。

「拉致監禁した後に指輪を取り上げたのが間違いでしたねえ。
琢磨くん、今夜店に集まってパスポートの切れてないメンバーでハオラン君救出の別動隊を結成しましょう!彼はまだシンガポールにいる。私には解る!」

と、意識が戻った所でトランクから出され、トイレと洗面台と簡易ベッドの付いた独房みたいな部屋に閉じ込められているハオランの思念がそこで途切れる直前、指輪を取り上げた相手の顔。

それは間違いなく蔡福明であった。

私の名前は瀧玲子。家政婦のタキでございます。

私がミュラー邸の家政婦になったのは…単に紹介所からの派遣ですが、専業主婦歴30年で培ったの料理の腕を特に気に入られまして、朝は葉子お嬢様のお弁当作りと昼2時までに夕食のストックを作る土日祝日を除く契約をしております。

さあて、今日は寝込んでいらっしゃる葉子お嬢様にあの高タンパクなお菓子を作ってお嬢様の「大きなお友達」にトレイを託すのでございます。

「じゃっじゃ~ん!今日のおやつはぁ、生理2日めの葉子ちゃんが必要としている高タンパクスイーツ、焼プリンだよぉ!」

とベッドの上で下腹を押さえて寝っ転がっている葉子に思いっきり明るくアピールしたつもりの小岩井きららの目論見は、

葉子のうつろな赤い瞳と、ベッドの横で体操座りしながら
「ホワイトさんダダ滑りですぜ…」
と首を振る女子中学生形態の龍神カヤ・ナルミと、葉子の診察をしていた身長7.5センチの二本角の小人、きなこの
「葉子さまは心理的ズンドコ落ち込みゾーンに入ってるから明るいお姉さんキャラは逆効果だべ」
という正確過ぎる指摘で失敗に終わった。

「鎮痛剤ちゃんと飲んだ?あ、生理痛始まる。と自覚した時に飲むと痛みの域値が上がる頃に薬が効くから。って野上先生が言ってた」

野上のおっちゃんにうちの生理のこと話したん?
ときららの言葉に葉子は明らかに恥ずかしがり「うわ~、やめてやめて~!」と毛布を頭から被ってしまった。

「…きららねたん、またダダ滑りだにゃ」
とちび女神ひこが言いながらトレイからプリンの皿を取り、早速スプーンで一口すくって口に放り込むと「うまい!」と有名な菓子CMみたいに叫んだ。
「あ、あたし何か葉子ちゃんの地雷踏んだ?」

と言ってカヤときなこにプリンを配るきららのうろたえぶりにカヤは

「ホワイト姉さんも数年前は思春期だったでしょ?女の子の微妙な気持ちの変化に鈍感でやんすね~」

とにやにやし、きなこは
「ほんとほんと、もうハタチなのに女心わかってないべ~」
と大げさに肩をすくめた。

「ふ、ふんっ!きなこちゃんあたしよりコドモなのに女心をのたまう気ですか?ってんだ」

ちび小人にまでバカにされてさすがに腹が立ったきららはきなこを指差して葉子のベッドににじり寄って松五郎の娘に迫ったが、返ってきたのは、

「おら、もうハタチだべ」
というマスコットキャラな容姿とはミスマッチな答えだった。

「は、はたち…ってあたしと同い年⁉︎」

んだ、ときなこはこくりと愛らしくうなずき、
「スクナビコナ属スクナビコナ科のスクナビコナはひっじょ~にゆっくり成長するでやんすよ。年齢換算すると20年で人間の10才くらいでんす」

と、もう3000年以上生きてる龍族のカヤが説明するときららはすかさず、
「やっぱりガキじゃん!」
ときなこを捕まえようとするがきなこは、
「恋愛も解らぬ精神的ガキはそっちだべ!」
とバッタ並みの跳躍力できららの追撃を逃れてぴょんぴょん跳ね続ける人間の女子大生と小人の大人げないケンカが始まった。

「ちょう!見舞い客が患者のベッドで暴れるとはどういう了見や⁉︎」

あーもー、人が体調不良で寝てるって時に…

「うるさーい!」と葉子が毛布をはぎ取ってベッドに立ち上がった瞬間、きららときなこの脳天から足元まで電流が走った。

まさかの「ダーリン、浮気は許さないっちゃ」攻撃である。

きららときなこは痛みは無いもののキレた葉子の電撃と、観音族形態になっている彼女の額に輝くエメラルドの石をその場にへたりこみながら見つめた。

「…白毫びゃくごうで力抑えられてるからイタズラ玩具レベルのビリビリやったけど、本来ならスタンガンの電撃レベルでヒイヒイ言うてたで!もう、ほっといてよ!」

と不貞腐れる葉子にまあまあ、とカヤがスプーンの上でふるふる震える葉子の大好物、焼プリンを
「はい、あーんしてー」と食べさせると葉子は
「お、おいひぃ…」と脱力してカヤからスプーンを奪い、目の前のプリン攻略に集中した。

ヒーロー戦隊のホワイトのお姉ちゃんと、三千年生きてる見た目14才の服をせびりに来た(カシミヤセーターねだるとは図々しい)龍神と、ハタチの角の生えた小人が普通に部屋に遊びに来るわやくちゃライフ。

13才なんで脳が現状を処理しきれていません!

あーあ、お母ちゃんが生きていたら色々相談に乗ってくれたかもなー。

とプリンに舌鼓を打ちながらたそがれる榎本葉子、13才の秋。

あらお嬢様元気になったみたいね。と二階の葉子の怒声を聞いて瀧さんはうふふ、と笑ってエプロンを外した。

実は私、見てしまったんです。
梅干しを取ろうと床下収納を開けたらシル◯ニアファミリーでも使いそうにないミニチュア研究室だったり、10センチ足らずの小さなお友達が把握している限り4人はお嬢様の部屋に出入りしてたり、カヤさんは毎回窓から遊びに来たり。

でもそんなこといちいち気にしてたら、家政婦やってられないですものね!

と開き直って「それでは失礼致します」と挨拶して毎回ミュラー邸を後にする瀧さんであった。

後記
デビット・ボウイに敗北して悔しがるマエストロと養女クリスタとの出会い。

戦隊の海外遠征決定。

口が堅い家政婦の瀧さん。
































































































この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?