電波戦隊スイハンジャー#90

第五章・豊葦原瑞穂国、ヒーローだって慰安旅行

惑星調査員ウリエルの現地報告1


荒魂よ…

また、空を見ているのか?


俺が物心ついた頃から見ている夢。もう一人の俺、「荒魂」が天の川広がる夜空を見ている。


腰まで届く銀色の髪をたなびかせ、服装は博物館で見た弥生人のような白い古代服。


足元は草原が広がり、草いきれがいやでも鼻腔に入って来る。



成長してみて分かったが、夢の中の荒魂は、俺とまったく同じ顔をしてやがるのだ!


そいつは懐かしそうに銀河を見上げて、最期には諦めてうつむく。いつもそうだった。


そして夢から、俺は覚める…



「聡介ちゃ~ん、額のチャクラ開いたぁー?」


目を開くと褐色の小童《こわっぱ》、薬師如来ルリオが嫌になるくらいにやけた面で自分を覗き込んでいた。



8月10日の土曜、野上聡介は大量の薬草入り胡麻油を額に集中して注ぐ「シロダーラ」というアーユルヴェーダの施術を受けていた。


「何かヘンな夢見てた?これをやると額のチャクラが開かれて霊的なビジョンが見えたりするんだよねー」


「チャクラ?霊的?んなもん俺は知らん。それに、俺の前で電波な話はやめてくれないか」


トランクス一丁でマッサージ用ベッドに寝かされた聡介はタオルで目元の油を拭って言い捨てた。


薬師如来といえば医薬仏、東洋医学の元祖である。


聡介は一応彼の東洋医学的診察を受けたら自律神経の乱れ、腰痛等々自分の体の諸症状を言い当てられたんで、お試しのつもりで彼がやりたがっているアーユルヴェーダを受けてやろーではないか、とルリオが居候している山梨の勝沼悟の実家までやって来たが…


いきなり俺は全身油まみれにされちまった!


まるでフーゾクのプレイみたいじゃねーか!(行ったことはないけど)それとも芸人ぬるぬる相撲のような罰ゲームを受けている感じか。


それでもルリオの全身マッサージを受けると体が軽くなった感じがして、詰まり気味だった鼻もすっきりしている。思考もまとまるようになった。


正直言って…クセになりそう。


金払ってでもいいから定期的にルリオのマッサージ受けてみよっかなー、


とまで考えてしまう自分が「おっさん」化しているのに気づいて、聡介は施術後、熱いシャワーで油を洗い流しながら凹んだ。野上聡介30才8か月の、夏であった。


ルリオは見た目は13才のインド人風少年、中身は巨乳と袋とじが大好きなエロガキだが、マッサージ師としては優秀だということは認めるしかない…東洋医学、深ぇよ…


服を着て勝沼邸のリビングに降りると、この家の次男でササニシキブルー勝沼悟が皿に盛られた葡萄と桃を薦めてくれた。



「もぎたての山梨フルーツを冷やしたものだ。現地まで来なきゃ食べられない瑞々しさだよ。水分補給に冷やしたミントティーがある」


出会った時は上から目線で気に入らない奴!と思っていたが、案外気が利く男なんだよな…と冷徹な鑑定士のような目つきで悟を見てから、聡介はくし形に切られた桃を口に入れた。


「う、うまっ!」とつい唸ってしまう。果肉しゃっきしゃき、果汁じゅーるじゅる。やっぱり地産地消は最高だ。


リビングに続くアイランドキッチンでは、悟の母衿子《えりこ》が昼食にと近江牛のステーキとサラダ、ライ麦パンを昼食に料理してくれている。


「ありあわせで申し訳ないんですけど、召し上がって下さいね」


と衿子がうふふ、と小春日和のような笑顔で手際よくテーブルの上に料理を配膳する。


どうしてこんなにおっとりとした優しそうな女性から悟のような陰険メガネの悪魔が生まれて来たのだろう?と聡介は不思議に思うのだった。



なぜ、普段は折り合いが悪いブルーとシルバーが一緒に食卓を囲むのか?と思う読者もいるであろう。すべては…


「にくばんざい!」


とお肉礼賛をしながら出された近江牛ステーキを平らげるちび女神、「ひこ」を足止めするためだ。


だって今日は、仲間のササニシキイエロー都城琢磨ときららホワイト小岩井きららの、初デートの日なのだから。



ひこにその情報を漏らしたりなんかしたら「じぇったいひこもついてく!ぶー」と言いだして聞かないに決まっている。


若い二人の遊園地デートが子連れなんて、あまりにも可哀想ではないか。だから悟は奸計を弄し、ひこの大好きなブランド牛で、釣ったのだ。


「しかし…見た目4才児で150グラムのステーキを一気食いするなんて、このガキはやはり人間ではないな。ちゃんと噛みなさいよ!」


「はーい」とひこは素直に肉を咀嚼し始めた。ちなみにひこの咬力はニホンオオカミ並みである。


昨夜、高台寺北書院でワガママ言って聡介にビシッと叱られてから、なぜかひこは聡介に懐いてしまった。


食卓でもしっかり聡介の隣の席を確保し、食後のフルーツ、甲州葡萄をぽぽぽぽん!と一気に5、6個口の中に放っている。


あとで吐き出さなきゃいいけど…と聡介は消化器科医として心配してひこを見つめるのであった。


「しかし、琢磨も変わってるよなー。普通女の子をデートに誘うなら、舞浜にある『あのランド』じゃね?まっさかあっちのTDLとはねー…マニアックすぎる」


「マニアックと馬鹿にしちゃいけませんよ。TDLは北関東という立地にありながらも創立15年、今やアジアで第3位の集客数を誇るテーマパークですよ」


「勝沼、おまえやけにTDLをかばうじゃねーか。まさかお前もマニア?」


「最近政府が打ち出したトラディショナルジャパン政策を知ってますか?」


「ニュースではよく聞くし、最近ブームで外国人観光客が増えたけど…詳しくは知らん」


聡介はきっぱり言った。


ここ2、3年、聡介の合気道道場にも外国人の入門者が増えた。


Judo,Karateならともかく、合気道(Aikido)習うなんてマニアックな外人もいるんだなー。と少し呆れつつも丁寧に指導している。


それもトラディショナルジャパン政策による宣伝効果からだろうか?


「日本の伝統文化…英訳でトラディショナルと銘打って、この国の歴史と文化を再発見し、世界に正しく知ってもらいまひょ。


というのは政府が打ち出した建前で、実体は観光ビジネスとアニオタブームに乗っかった著作権ビジネス。


日本に外貨と印税どっかんどっかん落としてほしい!と狙ってる、ぎょーさんなカネ目当ての政策でおます。ま、飽きられたら終わりますな」


理解はしたが、悟の言い方には身も蓋もなかった。


「お前、ビジネスの話する時はなぜか関西弁なんだな…」


そういえば勝沼は高校時代から関西経済界で経営と帝王学の修行をしていたと聞いた。


海千山千の関西の金持ち連中からしごかれた影響なんだろうか?指摘するとケンカになりそうで黙っているんだが、こいつはカネの話をする時少年のように目が輝いているのだ!


「蓮太郎さんがCMキャラやってる右衛門之佑《えもんのすけ》とタイアップした企画やってるからね、実はうちの会社もTDLに出資してるんだよ」


中世的な美貌とオネェキャラで最近タレントとして売れている日本舞踊家・紺野蓮太郎は、実は戦隊スイハンジャーの新規メンバー「ピンクバタフライ」の正体でもある。


「蓮太郎が大奥総取締役に女装したお茶のCMだろ?白塗りだからどこの梨園の女形?って話題になったやつだ。


俺も気づかなかったけど。CM効果でペットボトルのお茶どっかんどっかん売れたよなー。勝沼酒造は戦略うまいよなー…


じゃねーよ、あっちのTDLに出資ぃ!?それはバクチのような気がする」



勝沼酒造、儲けすぎて妙なテーマパークに投資しやがって。とうとうお家芸の企業買収にも飽きたか?


「あ、お前んちの会社がスポンサーだから琢磨に2人分のチケットあげたんだな!やっと分かった。しっかし、TDLねー。興味本位で行ってみたい気はするが…」


そう言って宙を見る聡介の顔には「完全にキワモノ見たさ」の薄ら笑いが浮かんでいた。


「去年からトラディショナルジャパンブームで異常なほどの外国人来客数です。案外楽しい所ですよ。今度一緒に行きますか?」


冷酷参謀ササニシキブルーからの、予想もせぬ変化球的なお誘いであった。


何が哀しゅうてヤローとデートせにゃならんのだ!


「い、行かねーよ!」彼女もいないくせに虚勢を張る聡介であった…


山梨でこの二人が話題にしているテーマパークTDLとは、正式名称「東京伝統ランド」。



「今宵、温故知新をあなたに」


をキャッチフレーズにした、日本の江戸時代の城下町を再現した歴史疑似体験遊園地のことである。


立地は北関東(東京と銘打つのは如何なものか)、でありながら近年爆発的な人気を誇る。


来客は歴史上のキャラクターに扮した社畜根性溢れるお伽衆(スタッフ)に男子は「殿」、女子は「姫」と呼ばれ、現実を忘れさせる古(いにしえ)へのタイムスリップ体験を楽しむのだ。


「マスコットキャラクターは将軍の隠し子という複雑な生い立ちのよっしー侍、義時さま。着ぐるみじゃなくて本物の着流しですぞ!


その恋人キャラは大名の姫君、桃姫が夢の世界へと案内(あない)致します!


遊園地のシンボル、聚楽第をバックに夜は花火が上がりまする!夜7時からのエレクトリカル大名行列も楽しみに!」


と一通り入口で小姓の恰好をした受付係から説明を受け、


「扮装(コスプレ)すると余興(アトラクション)10%割引」に乗せられた琢磨はきららに花かんざしを買って、髪に差してあげた。


「萌えぇ、萌えぇっすよ、きららさん!」


平成生まれの軽佻浮薄な九州男児、都城琢磨はもしその場で質実剛健九州男児、野上聡介が聴いてたらフルボッコにされそうな発言をしていた。


きららの本日のファッション、襟元にレースをあしらった薄いグレーのチュニックワンピースにマリンブルーのスパッツ姿に花かんざしはどうかと思うけど…


まあいっか、ここは現実とは違う「夢の国」何だから、楽しんじゃえ!


小岩井きららの本来物事を深く考えない性格が、ストレスをため込まない明るいキャラを形成している。


琢磨さんからTDLと聞かされてたんで「舞浜のあのランド」と思ってたけど…まさかこの「京都太秦よりも濃い世界観」で有名なランドのことだったとは!


そして、連れの琢磨さんの持ち込みコスプレ衣装が本格的すぎます!黒い着流しに黒頭巾。鞍馬天狗ってなんですか!?


プラスチックの日本刀まで腰に差しちゃって…琢磨さんがこのランドのコアなマニアだったなんて!


「15年前のオープン当初に家族と来たんですよ。大学出て上京したら暇を見つけて来るぐらいこの世界が好きでしてねー、何でだろ?懐かしい気がするんですよねー」


「それは、琢磨さんの忍者DNAのせいだと思います…」


実は琢磨は戸隠忍者の子孫。そのため琢磨は生まれつき五輪選手越えの運動能力を持つ。


頭巾を被った琢磨の姿は時代劇ドラマの忍者を彷彿とさせる、ときららは思った。


「さあ、今日は日常を忘れてアトラクションを楽しみましょう!


アドベンチャー系なら『村上水軍の秘宝』、迷路系なら『本能寺からの脱出!』、どっちがいいですか?」


「じゃあーアドベンチャーでいきまーす」


鞍馬天狗と花かんざし娘のコンビは、地図を片手に城下町の街道を歩き出した。



「ふっ、平和ボケしおって…」


と二人を観察する外国人の男がサングラスの下で嘲るように呟いた。


新撰組の浅葱色の陣羽織に身を包んだ大天使ウリエルである。












この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?