電波戦隊スイハンジャー#50

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

デルフィニウム3

あげは蝶がひらり、築230年の古民家、魚沼家住宅の庭を舞った。


近くのミカンの枝で羽化したばかりだろうか。


「あんれ、もうすっかり夏だべなー」


小松美代子は呑気な声を上げた。


日本一の米どころ、新潟県魚沼の隆文の実家の縁側を、美代子は地酒「青田風」の一升瓶を抱きかかえ歩いていた。


彼女の年齢は28才。職業は、あなたのまちの信金OL。


長めの髪をシニヨンにまとめ、白い木綿のブラウスにジーンズ姿。


色白で小顔で、やや小さめの一重瞼の目。すっと通った鼻筋から尖った鼻先だけ、ちょん、と上を向いている。


美人というよりは、清楚な感じの可愛らしい顔立ちをしている。



彼女は「愛しのみよちゃん」こと交際12年になる隆文の恋人である。


中三の夏、コンビニ前で不良たちに絡まれていた所を隆文に助けられてから


「ヤンキーっぽいけどホントはいい人なんだべ…」


と好きになってしまい、同じ高校に進学してから隆文が新体操にのめり込んでヤンキーから卒業すると


「更生したらやっぱりいい男だべ…」と、他の女生徒に獲られる前に高1の夏に美代子の方から猛アタックし、


「あ、ああ…ええべよ」と戸惑い気味の承諾を受けて交際するようになった。


あの頃の隆文くん、スポーツ刈りで顔に絆創膏貼って可愛かったべな。


歩きながら美代子はうふふと思い出し笑いした。


あれから12年、別に隆文自身には不満はない。明るいし、素直だし、嘘はつかないし。


(単に、嘘のつき方を知らないだけかもしれない)


だけどお互いもうすぐ30だし。そろそろ「確実な一言」が欲しいべな、と思う微妙なお年頃でもあった。



そんな二人の前に、事件はいきなり起こった。


田植えの頃の5月にヘンな小人の夫婦が現れ、隆文を無理矢理「ご当地ヒーローもどき」に変身させて、甲州、果ては東京まで連れてっちまったのである。


だけども、だけども「隆文には特別な使命」があると小人様たちから聞かされてたので自分は、


嫌がる恋人を電車に押し込み、悲しい別れ。そして遠距離恋愛が始まった…と思ったら、



隆文くん、小人がくれたミサンガのテレポート能力を使って、休みの度に会いに来んだもの!


しつけーぐらいによ。


はっ、これじゃなーんも変わんねーじゃねーべか。


東京の宿屋で接客業始めたって聞いた時は驚いたけど、農家の長男で甘やかされ気味の彼にはちょうどいい社会勉強かもしれない。


と美代子は思っていた。だって隆文くん、徐々におらや周りを気遣うようになったもの。


やっと大人になったべな。



それに今日は、旅先で知り合ったなんか個性の強え5人のお友達を連れて


「スイハンジャー、初めての正式な懇親会」


と銘打って隆文の実家の大広間で、土曜の昼から宴会開いて飲んだくれてます。



スイハンジャーはバトル終了後に限らず、何かにつけて飲み会を開く日本一ダメなヒーロー戦隊である。



「隆文くん、お酒と飲み物は足りてるべか?」


美代子が大広間に入ると、隆文が手招きして


「ほれ、もう働いてないで休めってばー。座って座って~」


「はいはい」と美代子は一升瓶を座卓に置いて隆文の隣に座った。


さりげなく隆文が美代子の肩を抱き寄せてでへへ、と招待客に自慢の彼女を紹介する。


「え~、みなさんに紹介します。彼女が、いつも言ってるみよちゃんこと、美代子です」


「こ、小松美代子です!いつも隆文くんがお世話になっております」


隆文よりも社会人スキルの高い美代子は三つ指ついてスイハンジャーの他メンバーに挨拶した。



「隆文くんには勿体ないくらい可愛い人じゃないか。いや、勿体ない。初めまして、勝沼悟です」


と、青いストライプシャツの長身の青年が鷹揚にうなずいた。ササニシキブルー勝沼悟は


「異邦人ジェームスさんのCM」で有名な勝沼酒造の御曹司。


隆文をハメて故郷を出るきっかけを作った「甲州の人」である。


うちの信金の顧客より高そうな服と時計を自然に身に付けている。


毎日億単位の金動かしてる人だべな。といちおう金融業にいる人間の癖で美代子は悟を値踏みした。


「私は七城正嗣、中学教師です」


悟の隣で目の細いスーツ姿の青年が、慣れた正座で深々と頭を下げた。


「いつも隆文さんの料理で飲ませていただいてます。変身後はグリーンです」


いかにも実直そうな男だ。大抵の人間は彼に好感を持つだろう。


次に正嗣の向かいで可愛い男の子がぺこりと頭を下げた。



「僕は都城琢磨、農水省職員です。変身したらイエローだけど、あまり見せたくありません。これでも25才です」


琢磨はいつものように付け足した。


「スーツの模様がバカ○ンほっぺマークだもんなー」と隆文がからかうと


琢磨はむっと隆文を睨んだ。


「マジやめてくださいよ…スーツ作り直してって乙ちゃんにずっと交渉してるんだから」


「でも前衛的なポップアートだからって聞いてもらえないんだろ?面倒くさがってるだけなんじゃねーべか」


「僕は諦めないぞ」とビールをあおっている琢磨の様は、どうみても「高校生の不謹慎な飲酒」だった。


童顔官僚、都城琢磨。彼のお願いは叶えてもらえるのだろうか。


「続いてはー、小岩井きらら、大学生。ホワイトでぇす」


童顔官僚の隣でボブヘアの若い女の子が手を振った。思わず手を振り返してしまうくらいの可愛さである。


嗚呼、若さが眩しいべ…美代子は思わず自分のほっぺの弾力を手で確かめた。


それにしても、この部屋さ入った時から一番気になる人物は…


宴席の奥にいる、食事中でも丸いグラサンを取らない灰色の髪の外国人。


キース・へリングのイラストの入った黒Tシャツに、ジーンズ姿。


無駄にモデルなオーラをかましている。


サイダーの入ったコップを置いて外人は自己紹介した。


「シルバーエンゼル野上聡介。外科医です。某菓子メーカーとは何の関係もありません」


軒下の風鈴がちりん、とやけに大きく聞こえた。


渾身のつかみのギャグを全員にスルーされた聡介は、やけ気味にからし菜を巻いたおむすびにかじりついた。


う、うまっ。さすが魚沼産コシヒカリだなあ…あんた恵まれてるぜ、隆文。


世の中は不公平だ。何でこんなぼーっとした奴に可愛い彼女がいるんだ…


彼女が、ん?え、ええーっ!?


「ちょっと待った!」おむすび片手に聡介は立ち上がった。


聡介の突然の大声にその場にいた全員が動きを止める。


隆文に勧められて美代子はまさに、コップの冷酒を飲もうとしている所だった。


「美代子さん、お酒を飲んではいけませんよ」


え、おらだべか?


聡介のサングラスの表面に格子状の青い光が幾筋も走った。


そ、その眼鏡はなんだべー!?




「だからよーガブ、お前いまどこいんの?は、街でランチ中?終わったらすぐ来てくんねーか」


 「そーすけだって医者だから診察できるじゃないでしかー。食後はゆったりしないと消化に悪いんでしぃ」


 iphoneの向こうから大天使ガブリエルのだるっそうな声が聞こえる。


 「事が事だけによー、女医じゃないとまずいんだよ。患者の彼氏が隆文なんだけど『みよちゃんに勝手に触んなゴラァ!』って目で俺のこと睨んでるしさー」


 ずずず、と食後の紅茶をすする音の後にため息が漏れた。


 「ああ、『あの』レッドの。ぱっぴっぴ。(おっほっほ)仕方ないでしねー


…今からそっちに飛びましから、お庭あたりに6畳ほどのスペース開けといてくだ

しゃい」


 とゆーわけで。


 


スイハンジャーメンバー全員with小松美代子が魚沼家の庭に出て、聡介が呼び出した「女医」の来訪を待っているのだが…


 「来ないですねえ」


 10分近く待ってしびれをきらした琢磨が縁側に腰掛けた。

 

「何ですか?事が事って」


 何が何だか全く分からないよ、と言いたげに悟が詰め寄ると聡介は、「んー、今は言えねぇ」と言葉を濁すばかり。


 一体なんなんだよ?自分から宴会中止しといてさ。って非難の視線が聡介の背中に突き刺さる。


 か、肩身が狭い…ガブ、はよ来てくれ!


「天使って一瞬でテレポートできんじゃねーべか?5年も一緒にいるんだから先生は詳しいんだろ?」


 美代子に診察が必要、と聞いて隆文は心配で心配で仕方がない。


 なんか訳分からない病気だろうか。美代子は表情には出さないが、ぎゅっと隆文の手を握っている。


 「ああ、あいつらの『羽根』は、銀河をひとっ跳びするために付いてるらしい。ガブの奴、何やってんだよ」


 正嗣は内耳あたりに違和感を感じた。エレベーターに乗って急にぐらり、とくるような感覚だ。


 「…来ます!下がって」正嗣の合図で全員後ろに下がった。


 じーわじーわと鳴いていた蝉の声が止み、庭の木々から鳥たちが一斉に羽ばたいた。


 ふおおぉん…。


 クリスタルのグラスの共鳴音みたいな響きが鳴り、止んだ。


 そして一人の長身の天使が羽根を広げて庭の中央に佇んでいた。


 美代子は初めて「天使」と呼ばれる者の実物を見た。


 まるで中世の宗教画に出てくるような白衣と青いマントに、頭上に輝く光輪…


 いや、絵画と違うのは「彼女」がロイヤルブルーの髪と瞳をしている事だった。


 「じゃーん♪ワタクシ降臨っ。女性と子供の守護天使ガブリエルでぇーす。みんなー、ガブちゃんって呼んでねー」


 ガブリエルはオネェタレントの挨拶みたいにチャラく両手を広げた。


 登場がキマっていただけに、見てて力が抜ける…


 「正装かよっ。美代子さんビックリするじゃねーか!遅いし」


 「何でしか?これが天使の勝負服でし。レディはオシャレに時間かかるんでしよー」


 勝負アイテム、フェラガモのサンダルの先っちょをほりほり、と聡介に見せつける。


 「眩しいから光輪のワット数下げろよー」


 「はいはい、じゃ30ワット。それでレッドの彼女さんは?」


 「彼女だべ」


 隆文は美代子の肩を抱いて共に前に出た。


 「て、天使さん、初めまして…」


 うわぁ、パリコレモデルみてぇに品のある綺麗な女の人だべ…


 ガブリエルは心の奥まで見通すような目で若い恋人たちを見た。


 「魚沼隆文よ。美代子さんに何があっても、彼女を守る覚悟がありましか?」


 「あ、ああっ、誓う」


 そうでしか、とガブリエルは羽根で己が身をくるみ、広げると小豆色の診察着姿になった。羽根は邪魔なんで、肩甲骨あたりに収納した。


 「じゃあ小松美代子さーん、診察室1にお入りくださーい☆」


 「どこに診察室があるだー!?」


 何もない空間を指さす隆文を聡介がまあまあ、となだめた。


 「天使どもにいちいち突っ込むと疲れるぞ。これからガブがやる事は『魔法』ってぐらいに思ってりゃいーんだ」


 だから今から出すんでしよ、と言った青色の大天使の指先には楕円形の小さなメダルがある。


 マリア像が刻印されたそれは、パリのメダイ教会でお守りとして販売されている「メダイのメダル」と呼ばれ、所有する者に様々な奇跡をもたらすという謂れがある。


 メダルが地面に落ちて消え、代わりにちょうど高さ2.5メートル、広さ6畳ぐらいの近未来的デザインのユニットBOXが出現した。


 魔法。なるほどねえ。正嗣は内心めちゃくちゃ驚いてたがもう慣れなきゃしょうがないと思った。


 これが旧約聖書に載っていた「奇跡」というものの一つなのだろう。


やってる事は完全にホイホイカプセルなんですがね。


ガブリエルに手を引かれた美代子が診察室に入って約20分後。


女医天使と共に出てきた美代子は隆文を見てなんかもじもじしている。


「さてと」と天使は再び羽根で自分をくるんで広げ、正装のマント姿になった。


両手に1メートルぐらいの鮮やかなブルーの花の束を抱えている。


「あれはデルフィニウムじゃないか。今の時期に咲くんだ」と植物学者の悟が言った。


ガブリエルは美代子の前にうやうやしくひざまずいくと花束を差し出し、告げた。


「おめでとう、幸運な人よ。未熟ながらも愛してくれる男が常にそばにおられる…妊娠7週目ですよ」


それはまるでダ・ヴィンチの絵画の「受胎告知」さながらの光景であった。


「に、妊娠ー!?」


みよちゃんが…隆文は7回指折り数えてう、顔を赤くしてうん、と深くうなずいた。


あ、やっぱ身に覚えあんだ。こいつめ。


聡介はサングラスを取って呆れて隆文を横目で見た。


「隆文、男なら何をすべきか分かってるよなあ?」


聡介は隆文の背中を押した。


「行け」


先生に言われんでも!


「みよちゃん、いや美代子」


デルフィニウムの花束を受け取った美代子の前に隆文が立った。身ごもった恋人の両肩に手を掛けて、真っ直ぐ美代子を見て言う。


「結婚して下さい。おらの嫁さんになって下さい」


ああ、隆文くん…!


15の夏のあの日「大丈夫か?」と言って助けてくれた少年は、いつの間にか28才の逞しい大人の男になっていたのだ。


見慣れた庭の景色も青い花も、隆文の上気した笑顔も、視界がみるみる涙で歪んでいく。


「やっと言ってくれた…嬉し…」


隆文の胸に顔を押しつけて美代子は泣き出した。


「そろそろ言おうと思ってたけど、自分に自信がなかったんだ…すまね。体は大丈夫か?」


「ひとつきぐらい前からお酒の匂いでむかむかして飲んでなかっただ」


「それつわりじゃねーべか?もう無理しちゃダメだべ」


「うん…」


大好きな隆文くんからプロポーズされて。お腹に子供も授かって。天使さんに祝福されて…おら、最高に倖せだべ…


夏の午後の光の中、二人は優しく抱擁し合った。



「なんか完全に『二人の世界』ですよねー」


照れた琢磨が言った。


「あとは若い二人にまかせて」と悟はじじむさい事を言う。


気恥ずかしくなった周りの全員は早々に座敷へと退散した。


正嗣は聡介の手に握られたサングラスを指して聞いた。


「野上先生は、うっかりお腹の赤ちゃん透視してしまったんですね、その特殊な眼鏡で。それも天使の機器ですか?」


「うん、ある大天使が俺に作ってくれたんだ。この星の検査機器、MRI、CT、サーモグラフィとかの機能があって、人体データを一瞬でスキャンできる。例えるとロボコップみたいな見え方かなー」


「野上先生たとえがふるーい。アイアンマンって言わなきゃー」


きららが聡介を指さしてけらけら笑った。


「平成生まれは年長者に遠慮ねーなー。ガキ」


聡介は少しイラッとしてきららを睨んだ。まあしかし。


隆文の奴、思ったより実のあるいい男じゃねーか。


俺みたいに医療現場にいると、赤ん坊の事バックれる父親をけっこう見るからなー。


久しぶりにいい光景見させてもらったよ。


「あ、ちゃんと産婦人科で受診して母子手帳もらうんでしよー」


空気読めない天使が、縁側から抱き合う恋人たちに向かって叫んだ。


「はーい、天使さんありがとー」


美代子はうれし泣きしながら手を振った。


「お・ま・えはー。ちゃんと空気読めよ!」


聡介がガブリエルの青い髪を引いた。


「え、なじぇ?」と天使が聞き返す。


日本人でもない。まして人間じゃない存在に空気読めっていう方が無理なのかもしれない。


「分かった、分かったよ!」


と悟がスマホを握ったまま聡介たちに検索した「花言葉辞典」の画面を見せた。


「なんでガブリエルさんがデルフィニウムの花を出したのか分かったんだよ!受胎告知のガブリエルといったら普通は白百合なんだ。マリアの純潔を象徴するためにね」


「2000年越えで百合ネタはさすがに飽きちゃってねー」


ぱっぴっぴ、とガブリエルは笑った。すでに手酌で赤ワインを飲んでいる。


「当事者が先にネタバレすんじゃねーよ。で、なんで花言葉?」


「いいから最後まで読んでよ」悟が急かした。


デルフィニウム 花言葉


高貴 尊大 慈悲 清明 あなたは幸福をふりまく…


あ、とスマホの画面を見ていた聡介たちは同じ形に口を開いた。


「ね?2008年に放送された倉本聰のドラマ『風のガーデン』で新しく追加された花言葉は」


大天使ガブリエルの蒼いマント


「なるほどね」と正嗣が感心してうなずいた。


「ワタクシの名前が良く出てくるんでこのドラマ地上波で見てたんでしよー」


隆文と美代子が肩を組み合って戻って来た。


「美代子の体調が落ち着いたら結婚式するべー。みんなー出てくれるべかー?」


「いいともー!赤ちゃん楽しみでーっす」


縁側で飛び上がって真っ先にきららが応えた。


えーと10月に姉貴の結婚式で…げっ、ご祝儀がかさむ!


年収1千万越えの外科医のくせに野上聡介の金銭感覚はいたって庶民的。言い換えれば「けっこうケチ」である。


魚沼隆文と小松美代子、二人は週明けの月曜日に入籍した。



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