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惟光くん物語#14明石の桃源郷

皆さんお待たせ!
光源氏の一番の従者である僕、藤原惟光ふじわらのこれみつの物語も残すところあと2回。

隠遁地、須磨を離れて変わり者の入道に無理矢理連れてこられた感のある明石での新生活が始まりました。

光る君は早速都にいる縁者全てに

自分は須磨から明石に避難したから大丈夫。

という旨の手紙を書き、最後に「都でも天変地異が続いて皆恐れ慄いています」という内容の手紙をくれた愛妻、紫の上への文を書く時には一章読む毎に泣き崩れながら返事を書く、という有様。

このように何処に居ても紫の上を想っておられられる主が現地妻を持つのは無理なんじゃねーか?

と思うのですが、それにしても…

明石の入道の邸宅に着いて夜が明けた時、僕ら主従は入道が所有している土地の広大さにあ然としてしまいました。

僕達が身を寄せている本宅の他に海岸と山の手にも豪邸を所有しており、渚には風流な小亭しょうてい。山手のほうには渓流に沿った場所に、入道が籠もって後世の祈りをする三昧堂ざんまいどうがあって、老後のために蓄積してある財物のための倉庫町もあるのです!

周囲に漁師の家がぽつぽつと点在していただけのうら寂しい須磨とは違って開けた漁港もある明石は行き交う人も多くまるで都のような活気に僕は元気づけられました。

「明石の入道っていったいどんだけお金持ちなんだよ…ぱっと見だけでも都の大貴族レベルじゃねーか!」

この言葉を受けて相方、源良清くんはふん、と鼻を鳴らして
「解りやすく言うと入道はどんな手でも使って娘の為に蓄財してきた田舎の成金ジジイなのです。
国司だった父も入道の財産目当てで僕と娘さんの縁談を持ちかけた所がありますが『そこら辺の源氏に娘はやらん』とひっでぇ断られ方しましてねえー」

ちっくしょー、入道が狙ってた婿はそこら辺の源氏の僕でなく帝の実子の方の源氏だったか。そりゃかなわねーよなー。

とねちねち愚痴をこぼし出したので光源氏の一番の従者である僕の判断として、

明石にいる間良清くんには光る君から距離を置いてもらう事にしました。

これは人間関係を円滑にするための職場の配置換えです。

これを速やかに出来ちゃう僕って、出来る男だよなあ。うんうん。

光る君に会う度入道は今年18になる娘の美しさやら教養の高さやらをアピールするのですが、光る君は最初はあまり乗り気ではありませんでした。

確かに入道は元は親王家の孫であった血筋の良い貴族で政治にも明るく含蓄深い話を良くして下さる魅力的な人物だ。

(この頃の源氏は娘よりも入道の方を好きになっていた)

あの暴風雨の後で何か目に見えないものに導かれるようにこの明石に住まうようになったのも前世からの縁《えにし》なのかもしれない。

だがしかし…
現地妻を持ってしまったら紫の上に申し訳ない。それに良清が執心していた娘を奪うようで気が引ける。というお気持ちが主にはあって娘さんには興味のないそぶりを見せておられたのです。

我々が明石に移り住んで二月ほど経った夏四月。

入道が所有するこの国では珍しい十三絃琴と琵琶を持ってきて我が主にセッションをお願いし、琵琶法師然とした入道の味のある琵琶の音と名人の域に到達した光る君の琴の音が見事に調和しまるでこの明石を桃源郷に変えそうな程の魅惑的調べでした。しばらく経ってから入道は撥を置き、

「実は、私は思うことがあって出家したのですが年を取って思わず娘を授かり出家の身でありながら娘の将来が心配で心配でここまで来ました。
なりふり構わず明石で財を蓄え、数ある縁談も全て断って地元に多く敵を作りました。しかし全ては我が娘を都の貴人に縁付けたいという願いのため。是非我が娘と会っていただけませんか?」

ここまで素晴らしい演奏を聞かせてもらった上に必死に頭を下げる入道のお願いは断れないな…

光る君は折れた、と言わんばかりに苦笑なさり、
「わかりました」と早速唐紙に美しい字の誘いの文を書いて入道に託し、別荘に住まう娘さんに送りました。

しかし、返ってきたのは入道による代筆の短歌。

はてさてこれは気位の高い女人なのか、気後れしていなさるのか?光る君との逢瀬を断るとは。

「罪人みたいな私と縁付くのが怖いのかもしれないね。いいさ、時間はたっぷりあるんだ」

実はこの時、僕は入道の娘さんに対して…

なんの罪もない光る君はいずれ政界に復帰なさるお方。
自分のような身分の低い娘が縁づいてしまったら捨てられて苦しむのは解りきっているのに…
という理由で逢瀬を断り続けているのではないか?と思い、ただの田舎育ちの娘ではない。
落ち着いて物事に対処できる賢い女人だ。と好印象を抱き是非とも縁付くべきだと思っていました。

我慢比べのような半年が過ぎて秋、限界に達した光る君は「是非とも娘さんを僕と逢わせて下さいっ!」と入道にお願いして陰陽師に吉日を占わせ八月十三月夜、浜辺の別荘で待つ娘さんに逢うため馬でそこに向かったのでした。

従者は僕ともう一人(もちろん良清ではない)。

眠いのをこらえて主が娘さんの部屋に入るのを見届けたら僕たち従者は待つだけ。後は光る君の手腕次第です。

…夜明け前に光る君は娘さんの部屋から出て

うまく行った。

という笑みを向けて下さったのは実に3年ぶり!

「おめでとうございます」

「最初は頑なで几帳越しに歌のやり取りしたあと奥の部屋に逃げられたんだけどさ…んもう仕草とか声が六条御息所に似てたんで、久しぶりに燃え上がってしまったよ」

「それはそれは」

「…ねえ惟光、あの方に逢うと都の事を忘れてしまいそうだよ」

何ですと!? 

主に現地妻を持った安らぎを得てもらっても、まだ28なのに政界復帰を諦めてもらっては困ります!

まるで六条御息所を大人しく柔順にしたような性格の明石の御方に夢中になりながらも光る君の気持ちを都へと繋ぎ止めたのは他ならぬ紫の上からのお手紙でした。

都では天変地異が続き、管弦の宴も止まってしまっている。光る君を追いやった右大臣が突然亡くなり、その娘の弘徽殿太后さまも重い病に寝付かれ、帝も父に睨まれた夢を見た後眼病に罹りお目が不自由な中で政務を執られている。

等々の都からの報せに近く我が主が呼び出されるだろうな。
そして帝の夢枕に立ったのは間違いなく桐壺院の御霊であり桐壺院は愛しい光る君のために…

タタリ神になられたに違いない、うん。


都から使者が訪れ、
「源氏の君に帰京して欲しいと帝からの仰せです」と勅令を賜ったのは翌年の七月。

やった…!来るべき時が来た。と従者たちは沸き立っておりましたが明石の御方は既に光る君のお子を懐妊しており、昵懇になっていた明石の入道とも離れがたく出立までの残された日々の中、

「必ず君と子供を都に呼ぶからね。それまで待ってて」

と泣き暮らす光る君と明石の一家よそに僕たち従者は、

「バンザ~イ、政界復帰だっ!」
「やっと妻子に会える…」
「官位復帰、平安京へGO!だぁー!」

と主に聞こえない所で大いに盛り上がっていたのです。

あ、都に帰った僕と良清は元の官位を取り戻し、国司として出世し地方赴任を命じられたので物語からはしばらく退場します。

皆さん、一旦バハハーイ!



次回最終話、
「惟光朝臣の密かなたくらみ」に続く。









































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