電波戦隊スイハンジャー#39

第三章・電波さんがゆく、グリーン正嗣の踏絵

時は光のように2

腰まで届く銀髪にすみれ色の瞳をした女性が人懐こい笑顔で微笑んだ。

「美味しそうなケーキありがとうございます。どうぞごゆっくり」

3人分のコーヒーと神戸スイーツを弟の机に置いて退出した沙智の姿を、悟と正嗣はぼうっと見送った。

「美しいお姉さんだね…」

実に正直な感想を悟が述べた。

「性格はS極なんだけどね…惚れるなよ、正嗣。姉貴には婚約者がいる。10月には嫁ぐんだ」

正嗣の気持ちを見透かすかのように、聡介がにやにやして言った。

「べ、べ、別に!綺麗な人だなーと思っただけで…」

「ついでに言うとその婚約者は俺の親友の芳郎だ。3か月後には同級生を『お義兄さん』と呼ぶ俺の気持ちがわかるか?」


聡介はコーヒーを一口飲んで苦い顔をした。

「姉貴のやつ…俺の分だけアメリカンにしてくれって言ったのに」

「いや、あのー私は一人っ子なもので…」正嗣はくそまじめに答えた。

「つまりそーすけはシスコンなんでし」

とこてんしラファエルが聡介の左肩に乗って言った。


「こら、ラファ!」聡介が顔を上気させた。

この人、けっこう分かりやすい性格かもしれないと悟は思った。


「えー?その髪は、ラ、ラファエルさん!?驚いた。まるで翼の生えた小人だ」

ぱっぴっぴっぴっぴ!
笑い声と共に天井にびっしり建造されたシルバニアファミリーチックな「こてんしの巣」から飛び出す者がいた。


「あんな田舎くさい少彦名一族と一緒にしないでくださいでし。

あたしたちは、遥か高位の宇宙の観察者にして調律者、エンジェル!!」

空中でホバリングしながらこてんしガブリエルがロイヤルブルーの長い髪を自慢げにかき上げる。

「田舎くさい、ってなあ何だ?ああん?」

正嗣の肩で乙ちゃんが80年代ヤンキーのようなもんのすごい目つきで、ガブリエルを睨み付けた。

「ふっ、こうだからGМT(ジモティー)は…ケンカっぱやいこと。

悔しかったら羽根はやしてごらん!ぱぴぴぴぴ(おほほほほ)!」

ガブリエルが手の甲を口に当てて、オネェのように高笑いする。

「いかん、女同士のドロドロしたケンカになりそうだ。ガブその辺にしとけ」

聡介がめっ!とガブリエルを叱った。


「イエス、そーすけ。マスターの顔を立ててやりまし」


「ちくしょー、おめえさんら天使はいっつもおらたちを上から見下ろしやがって…

(実際見下ろしてますけどね)

歴史介入ガンガンするし!仏族のほうがよっぽど付き合いやすいべさ!

なあ、お前さん?お前さん!?」


松五郎こと少彦名神スミノエは、何かびくついて正嗣の肩から降りてこない。

「あ、あのう…この前来た時にいた、白い大蛇は?」

「ああ、チロルちゃんのことか?大丈夫、ラファがゲージに閉じ込めている。お前ヘビ嫌いだったのな」

「むかーしヘビに飲まれたところを、乙ちゃんが腹裂いて助けてくれたべ…それ以来ヘビはトラウマなんだ…」

聡介の言葉に安心した松五郎はやっと正嗣の肩から飛び降り、8畳間の和室に車座になっている悟、正嗣、聡介の中央の畳にあぐらをかいた。

「ほい、座布団」

聡介が折りたたんだハンカチを松五郎の尻の下に敷いた。

「おめえさんDQNだけど案外ええ奴だな」

乙ちゃんが松五郎の隣に座り、二人の小人がハンカチ座布団を分け合う形になる。


「奥さん、DQNって呼ぶのやめろよ…説明すると、チロルちゃんはラファエルのペットで体長2メートルの神蛇(しんじゃ)だ。人も小人も襲わない」


「なるほど、大天使ラファエルのシンボルは『蛇』ですもんね。聡介先生のバングルが蛇の形なのも納得です」


レアチーズケーキをのんびり咀嚼しながら正嗣が言った。

「チロルちゃん…なんてネーミングだ」悟は嘆息した。

聡介の話によると5年前からこの部屋に、天使だの大蛇だのが住みついているらしい。

野上先生、通常の感覚すり減ってやしないか?

「正嗣、お前仏教以外に色々知ってるのな…学者だった俺のじーちゃんみたいだ」

「私はあなたのお祖父さん、野上鉄太郎教授を目指して学者になろうとしたんです。

まあ、修士取った時点で頓挫しましたけどね…貧乏だったし。親父に教師になれ、と説得されたし」

正嗣は仕方なかったのです、と笑った。


野上鉄太郎名誉教授。

偉大な民族学者で、哲学者でもあった…いや、一番の業績は戦後に合気道の流派『柳枝(やなえ)流』を立ち上げたことだ。

非公式だが、他流試合では無敵伝説を持つ柳枝流宗家、鉄太郎と聡介…

武道界では、野上鉄太郎は「武神」とよばれている。


「その武神の後継者がこんなに若いなんてねえ」

しかも、といいかけて悟はやめた。

「こら勝沼、おまえも俺をDQN呼ばわりしたそーだな?」

そんなことは、と悟はしらばくれた。ブルーベリーのタルトを素早く頬張りもぐもぐさせる。

僕は苦手なんだよな、こーいう口より先に手が出そうなタイプ。


外科医って理系の皮かぶった体育会系だもん。


「あのー、グリーン、ブルー、シルバー。そろそろ本題にはいろーや」


聡介に切り分けてもらったイチゴケーキをつついて松五郎が言った。


「そうだ、正嗣。今日大事な職員会議だったろ…どうなったんだ?」


正嗣がこんがらがったいじめ問題をかかえていると聞いて聡介は心配だったのだ。

正嗣はちょっと困ったように小さく笑った。

「保護者会の全同意を得て、いじめの実態調査をすることが決定しました。

生徒数は少ないんで1両日には終わると思います」


「思い切ったな、今時の学校にしては」聡介は感心した。

「校長が難物だと聞いたが…会議は荒れなかったか?」

「ご心配通り会議は荒れましたよ…でもPTA会長の近藤絹美さん。光彦のお母さんですけどね。彼女はすごい人です。

保護者会の連絡網と開業医の奥さんの立場をフル活用して、いじめの当事者、安藤たち以外の保護者や地域のお年寄りの説得に成功し、署名を揃えてました。

考えてみりゃ今は不景気だから、両親とも仕事していて、わが子を十分に見てやれないのが現状だ。

直接の子育ては、じーちゃんばーちゃんがやっているんですよね…

ある生徒のばーちゃんは『イジメられるからなんとか金を工面してくれ』と孫に泣きつかれて、なけなしの年金を渡してたそうです…教師ってのはとことん盲目だったんだな…」


職員会議会議の席上で、近藤絹美は最初は落ち着いた口調で演説した。


「いいですか?私は陰では『モンスター・ペアレント』と呼ばれてます」

正嗣の周りの数人の教師がちらっと下を向いた。絹美を悪く噂していた者たちだ。

「でも私は子供を守るためにがむしゃらだった。その様子がなんと呼ばれようとは構いませんが…働きながら子供を育てる親たちは、本当に必死なんです!

生き残るために働いているんです!子供を預けている他の学校では、連日いじめ自殺が報道され、対応も不十分…はっきり言いましょう。

事が起こっても失態をなあなあにする学校というものを、親たちは信用してないんですよ。

激務に追われる先生方には失礼ですけど、一部の先生を除いてあんたがたに失望しとるとですよ。

子供を学びの場で死なせるわけにはいかんとです。だから親ががんばらなきゃいけんとです!」

最後に絹美は、机をばん!と叩くような勢いで立ち上がり、会議に出席した教師全員を一喝した。

「この件で自殺や自殺未遂がなくて本当によかった…PTAなめんじゃないよ!!」

本当に、胸がすくような啖呵だった。と正嗣は思う。

「あとは、退職した高木先生が室先生の付き添いで会議に出て証言してくれた事です。いじめの事実と、黙認するようにと校長に脅されていた事をぶちまけてくれました。

高木先生はパワハラで校長を訴えるそうです」

「もう1人の担任教師だった、小泉って若僧は?」

「今日は病欠しました。仮病だってバレバレですけどね」

「ゆとりめ…金貰って人間育ててんのに、仕事を放棄しやがって。

今の研修医たちもゆとり世代でさ、指導医のおれたちも難儀してるよ」

けっ、と聡介は最後にとっといたショートケーキのイチゴを口に放り込んだ。

「光彦のかーちゃん只者じゃないな。結婚前に何してたんだ?」

「日赤病院で救急のナースをしていたそうです。確か日赤大卒だったと聞いてます」

「日赤!?バリバリのナースじゃねぇかっ!恐れ入谷の鬼子母神だ」

聡介は時代劇のような口調で会話を締めると、口の中のイチゴをコーヒーで流し込んだ。

「関係ないですけど、聡介先生はなんで口調が時々江戸っ子なのかな?」と悟が聞くと

「あー、鉄太郎じーちゃんは生まれは熊本の阿蘇だけど、養子に出されて育ちは東京神田なんだ。

じーちゃん死ぬまで江戸なまり抜けなかったよ。その影響だろな」

なるほど。悟はうなずいた。

「校長は最後まで『不祥事になるから穏便に』って言ってましたけどね。定年前の保身ですよ。その校長に説教したのが、3年1組の深水先生でした」

英語教師、深水麗司。東大英文科卒のインテリで、性格は至って穏やか。校長と同じ「来年3月で定年」教師だ。

総白髪を肩まで伸ばし、顔つきは外人のように彫りが深い。

「白いスネ○プ先生」と生徒たちに呼ばれている。

深水先生が本当に悲しそうな目で、校長に言った。

「不祥事?それは校長にとってでしょう。

本当の不祥事というのは、事実に蓋をすること、双方に遺恨の残る対応をすること。

そして、子供たちを今の心の状態で卒業させてしまう事ではないんですか?

私たち教師の、いまは正念場なんですよ。私は近藤会長を支持しますよ。

おわかりかな?どぅーゆー、あんだすたん?」

と、同期で採用された校長に最後はからかう口調で問いかけた。

「深水先生は人望が厚い。本当に助けられましたよ…その一言で他の先生たちもいじめ調査に賛成してくれたんですから」

「となると、問題は権力持ったいじめっ子の親たちだね。

調査の結果次第ではさ、一番困る立場だよね。いじめリーダーの親は県会議員っていうじゃないか?地元での権力は想像以上に強い。

一言で県職員の人事を変えられる。七城先生や深水先生のクビなんて平気でやっちゃうんじゃないか?」

悟の言葉に正嗣はぎゅっと唇を噛んだ。

「私は寺を継げばいいんですが…深水先生は守りたい。実は、私の中2の頃の恩師なんです」

「俺の職場の開成会にも議員せんせーが入院してくる事あるが、ナースたちの間では本当に評判が悪い。えばりくさったクソだぞ。

人間、入院すると気を抜いて本性さらけだすからなー」

聡介も困った、と言いながら灰色の髪を掻いた。

「ひとつおらにアイデアあるべー」

ポーションミルクの空の容器でお茶を飲んでいた松五郎が手を挙げた。

「どんなんだよ?」

「聡介さんよー。大天使さん達従えてんだろ?大天使ラジエルさんにわたりつけられるかい?」

「ラジーに?まあたやすいが…お前何考えてんの?」

「実はよ…」

松五郎の提案を全部聞いた聡介、悟、正嗣は、ひじょーにあきれ果てた顔で足元の小さき神を見た。

「スミノエ…あんたほんとに、『悪』智慧の神だよ…」

聡介はあぐらをかいたまま、自室の畳に仰向けになった…


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