朋輩7・彼岸警察24時、大捕物編

「皆様、草葉の陰からご苦労様でございます。

今回の講座は閻魔警察にとって最大の緊急事態。

現行犯の冥界への強制送還の仕方をわたくし女優の白爪草《しろつめくさ》かほるが講義致します」

と往年の清純派女優、

白爪草かほる(1937~2007)

が日本髪に鉢巻をし、上下白にたすき掛けという時代劇の敵討ちスタイルで優雅におじぎした。

「さて、研修生の皆さまのお腰のものはウレタン製かと存じますが、実際の現場では本物の大脇差が支給されますので若干重量がございます。

使用方は至って簡単、送還対象である赤黒い瘴気をまとった怨霊に向けて最低深さにして三寸以上、

現世の単位で10センチ程斬るなり突くなりすれば怨霊は消滅致します。

…では、模範演技を私めが。

壱、脳天から兜割り。お覚悟っ!

弐、両手で持ちて胴体へ突き。父の仇っ!

参、大きく上段に構えて袈裟切り。死して屍拾う者無し!

如何《いかが》でしたでしょうか?
まあ剣道の心得のある生前警官の皆様にはやすき事でございましょうねえ…」

ところころ笑う往年の大女優の画面でのアップが脳裏をよぎり、康次郎は腰から本身の大脇差をずらりと抜いた。

剣道五段の康次郎でも真剣を使ったのは居合切り演武で生涯20を数えるほどしかない。

何しろ実際相手を斬るのは生前にも死後にもこれが初めてだ。刀身がやけに重い。

いま目の前には廃病院に巣くう地縛霊どもが遊び半分に心霊スポットに来たカップル二組に憑依してあははははは!とロケット花火を振り回したり散らばったガラス片をこちらに向けて投げつけたりしている。

「むうっ!四半時(30分)を越える憑依は若者たちの精神に後遺症を与える故迅速に片付けるぞ、康どの!」

朋輩、勘解由の一言で康次郎の肚は決まった。

「おうっ!」

白く輝く刀身でとにかく赤黒い落ち武者の胴を薙ぎ払うとぎええっ!と断末魔を残してあっけなく消えた。

綿飴や蜃気楼を斬るような簡単さだった。

御用、御用!と提灯を掲げる与力、捕方合わせて30人の火盗(火付盗賊改方)その朋輩(相棒)たちが斬れども斬れども怨霊は湧いて出てくる。

「これでは多勢に無勢や!なんでこないに出てくんねん!?」

と橋本伊織の朋輩で生前大阪府警の機動隊員だった陣内俊平24才設定が水を得た魚のように怨霊たちを斬りまくる朋輩に向かって叫ぶと、

「そこな新入り、この辺りは昔鈴ヶ森の刑場であったことを知らなんだのか?」

と威厳に満ちた声が頭上から振りかかる。

同心たちは見た。葦毛の馬にまたがり塗り笠を目深に被ったかつての上司の雄姿を。

「我は火付盗賊改方、長谷川平蔵である!そこな怨霊ども神妙に冥府へゆけえ!」

「お、お頭《かしら》あ!」

勘解由と伊織、同心たちの目は200年振りの上司の登場に両目を潤ませた。

「リ、リアル鬼平…」

ドラマDVDを完全視聴した康次郎は日本史上最も尊敬する警官の登場に固唾を飲んだ。鬼平の言葉で康次郎は、

ここ大井競馬場の対岸の地域は150年前まで鈴ヶ森、という処刑場であり220年の歴史の中で火あぶり、磔などの凄惨な方法で刑死した者、10万人から20万人。

だという歴史雑誌の記事を思い出した。

「つまり、ここは地獄の一丁目って訳かあ?…おっと!」

十何体か斬ると康次郎もさすがに現場に慣れ、背後からの怨霊の槍を躱し振り向き様袈裟切りにした。

「小田島よ、お主の朋輩は理解も順応も早いな」

陣笠の下で平蔵が白い歯を見せて笑うとひらり、と馬から降りて参る!ときらりと輝く刀身を目の前にかざす。

「この『らいとせーばー』の露になりたい怨霊どもよ、かかってこーい!」

室内の天井近くの壁に3、4個開いた地獄の穴から白装束の骸骨だの、背広姿の元政治家だのがうじゃうじゃ出て来て平蔵たちに襲いかかる。その数百ちかく。

「挑発してどーすんだよ長谷川どの!?」

白く輝く破邪の手ぬぐいで脇の怨霊を斬りざま遠山金四郎警察部長は平蔵に文句を垂れた。

もちろん遊び人の着流し姿。平蔵はそんな後輩に向かってぐふふ、と不敵な笑みを浮かべた。

「こっちも江戸時代で最も機動力の高い団体に援軍願っておる」

どん!

暗闇で太鼓が鳴った。鳴らしたのは瑠璃紺の緞子にこれまた同じ色の小手股引を付けて額には鉢巻の中年男。一瞬の静寂の後、男が厳かに言った。

「山椒は小粒で」

「ぴりりと辛い」

一斉に応えたのは初老で白髪をちょんまげに結った侍から十七の少年までの黒装束の集団ざっと四十人余り。

皆、脇差、短槍、刺股と思い思いの武器を携えている。

「今宵は赤穂浪士の皆さんにお越しいただいた、敵味方の存在問わず直ちに地獄の穴を塞いでくだされっ!」

おおーっ!と声を張り上げた赤穂浪士たちは本当に味方の存在を無視して刺股で相手の動きを封じてずぶり、ずぶり、と槍の穂先で怨霊どもを突きまくり、短刀で斬りまくった。

突然の赤穂浪士の登場に怯んだ怨霊たちの隙をついて別働隊の浪士が地獄の板と釘で地獄の穴を塞いでいく。

「ぬ、ぬわあああああっ!!」

勘解由と康次郎は乱戦を極める現場で浪士たちの猛攻に巻き込まれ、もう何が何やら分からなくなっていく。

どす、べき、ぼこ、がつっ、ばきっ。

全ての穴が塞がれ、逃げ道を失った地獄の亡者たちが全て消え失せたのはタイムリミット直前の29分後。

終了!という合図で援軍代表大石内蔵助は再び陣太鼓を鳴らした。

「おっぺけぺ」
「おっぺけぺっぽーぺっぽーぽー」

ふざけた合言葉を残して赤穂浪士たちがざっ、ざっ、ざっと整然と列をなして去った跡には傷だらけの同心とその朋輩の明治以降の刑事たちが残された。

どうも肋骨を折られたらしい、浪士たちに。

と胸を押さえて康次郎が顔を上げると担架を持った町火消したちや人力車に乗せられた蘭方医たちがやって来るのが見えた。

「勘解さん具合はどうだい?」

「左手と頭の骨をやられたようだ…赤穂浪士に。かような大捕物は初めてじゃ」

そこで勘解由は気を失い、勘解由の霊体を支えて救急籠に乗せられて冥界に戻った。

刻限は四時、もうすぐ夜明け前。


「幸い若者たちに精神的悪影響は無いが戒めの為に怖い思いをした記憶は残しておく。と遠山部長のご沙汰が出たそうな。康どの」

と病室のベッドで娘の縫に新聞を見せてもらう勘解由は包帯で頭をぐるぐる巻きにして左腕にギプスを巻かれた痛々しい姿。

2人部屋の隣のベッドで胸にコルセットを付けて横たわる康次郎は妻の依子にうさぎの形にむいたリンゴを食べさせられて、

「ほふぉ、ほーかいほーかい(ほおそーかいそーかい)」と咀嚼しながら返事する。

「んもう、食べるのと喋るのとどっちかにしてくださいよ、あなた」

と妻に優しく叱られる朋輩を見て勘解由はつくづく…

羨ましきことよ、と思った。

「しっかし幽霊でも怪我をするって理不尽どうにかなんない?しかも朋輩で病室も同じって…療養してる時ぐらい仕事を忘れさせてくれよ」

「幽霊だから丸三日寝てれば元通りで退院じゃ、そなたは拙者と相部屋は嫌か?」

乱戦の中身を挺して自分を庇ってくれた勘解由をちら、と見た康次郎は「嫌じゃ…ねえよ」とだけ言って再び目線を天井に戻した。

ふっ…最初に会った時には其処許《そこもと》と上から目線だったが今ではそなたと呼んでくれてるじゃねーか。と照れ笑いを浮かべて。


後日、大石内蔵助氏からお詫びの印として赤穂の塩が一樽送られて来たので…

縫も依子も「いくら漬物をしても減りません!」とこぼしている。

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