電波戦隊スイハンジャー#14

第二章・蟻と水滴、ブルー勝沼の憂鬱

依頼人

ずばり的中。

占い師MAOさんが貴方の心を見透かします。

占いはBARにいる。

鑑定料3000円。


したまち@パッカーズのブログ、文末より。


七城米グリーンこと七城正嗣のジャージをひんむいて濃紺の作務衣を着せて、素足には下駄。スポーツ刈りの頭にキャスケットをかぶせ、おまけに黒縁眼鏡をかけたら、


心を見透かす占い師、『MAOさん』一丁あがりである。


「七城先生…思ったことまんま言っていいべか?」


隆文の顔が笑いで吹き出しそうになっている。


「…どうぞ、どうせ何言いたいか分かってますから」


他メンバー全員が、正嗣を指さして叫んだ。


「ずばり、桂○枝!!」


(話中の人物については、探偵・ナイトスクープをググってください)

「あんまりです!自分では加○亮に似てると思ってるのに…」

座敷席の畳に突っ伏した正嗣の顔は、なんか泣きそうである。

「加○亮?ドラマS○ECのにーちゃんかよ?電波系で共通点はあるべなー」

「そー言われれば、七城先生似てるかもぉ!細い目に、坊主っぽい雰囲気に、そう、あまりパッとしないところ!!」

きららが正嗣の顔を覗いて今気が付いたように言った。

「…で、私は何をすればよかとですか?勝沼さん。こんな大仰な変装までして」

このバーのマスター兼バーテンの勝沼悟は、頭のてっぺんから爪先まで正嗣の格好をじろじろ見ると、小さくうなずいた。

「うん、いいんじゃないですか?

少し怪しい格好の方がスピリチュアル好きにウケますからね…

先生は別に何もしなくていいです。

ただ先生が読み取ったものをそのまま言えばいいんですから。

先生の場合は『占い』じゃなくて本物のテレパシーですがねー」


「しかし、お金まで頂くのは、良心が咎めます」


「だいじょーぶですって。3000円なら人間ボラれて許す限度の額だから。見料は先生の稼ぎにしていいし。先生が忙しい時は、空海さんが替わってくれますって」


正嗣175センチ。空海153センチ。


明らかにバレバレな入れ替わりである。


「いやいやいやいや、勝沼さん、あんた何考えとると!?それに時々セリフがどす黒いぞ!」


「人生に悩みやトラブルを抱えた人、スピリチュアル好き女子、電波系と接触して、『僕達の敵』を探ろうというのが松五郎くんの考えです。85%は僕プロデュースですが」

自称スイハンジャー参謀勝沼悟はぽん、と正嗣の肩を叩いた。


「さあ頑張れMAOさん、悩める人々が貴方を待っている」


明らかに感情を隠して偽善的な薄ら笑いを浮かべている。


いきなり宿やバー経営始めたり、自分を「占い師」に仕立てたり、


全て思いつきで仲間を振り回すガチセレブって、ある意味「庶民の敵」なんじゃなかろーか?


悟のピアノ弾きのように白く美しい手を眺めながら、正嗣は思った…


外の雨音が激しくなってきた。


夜の11時45分。宿泊客たちは二階に上がり、空になったテーブル席を、隆文はごしごし拭いた。


「もう梅雨入り発表してもいーんじゃねーべか?雨のせいで全体的に客少ないし、暇だべ…」


「そうだねー隆文くん、12時近いから閉店準備しようか?紫垣さん、レジ閉めして下さい」


「はい」


「あたしも帰ろっかなー」きららが大きく伸びをして、黄色のサマーセーター越しに乳房が弾んだ。


「そ、そうですね…」ガン見してしまった琢磨も、カウンターから立ち上がった。


BGMの曲がシューベルトの「ます」に変わった。


ゆったりとした弦楽四重奏の後に、端正過ぎるピアノの独奏に転調する。


「あ、イェネ・ヤンドーだ。このピアノ聴いてから消すね」


店のガラス戸ががたっと立て付けの悪い音を立てて開いた。


入ってきたのは、50過ぎの中年女性である。薄鼠色の夏用スーツ姿。カールをかけたであろう髪は湿気でほつれ、化粧も半分落ちている。

「いかにもやつれた風情」であった。


刺繍の入った白いハンカチを口に当てて、女性は言った。


「あの…裏メニューありますよね?」


「え?あぁ、ドリンクメニューはラストオーダーですが…」


「どぶROCKのケール青汁割り、高麗人参カクテルを下さい」


想像するだけでクソまずそうな名称に、店内にいた全員が黙りこくった…


小川を割る急流のように素早いピアノの演奏が店内に響き渡った。


悟はステレオのスイッチから指を離し、レジ閉めをしていた紫垣さんに言った。


「もう二階に上がって休んで下さい。レジ閉めは僕がやります」


紫垣さんは一瞬ぽかん、としたが、悟の真剣な眼差しに実直な彼はすぐにうなずき、二階に上がった。


「MAOさん、出番です」

座敷席のカーテンの中にいる正嗣に声を掛ける。


「裏メニュー『相当深刻な悩み』を持ったお客さんが来ました」



以下、七城正嗣扮する占い師、MAOと、相談者、波田幹子(54才)の会話である。


MAO

「ご相談の内容とは?」



幹子

「はい…もうどうしたらいいか分からなくて…ほとんど無我夢中でネット検索してたら、ここのホームページで占いの事を見つけて…」


MAO

「失礼ですがお仕事は?」


幹子

「はい、墨田区で革の加工業をやっています。主人で2代目です」


MAO

「従業員は6名。いわゆる町工場ですね?」


幹子

「ええっ?細かい人数まで分かるんですか!!」


MAO

「私が貴女を見て感じた印象を口にしているだけです。工場の前に大きな川…隅田川でしょうか?なんか脂の匂いがしますね…」


幹子

「そうです、その通りです…」


MAO

「言っちゃっていいですか?ずばり、資金ぐりに困ってらっしゃる…今月の銀行への返済どうしよう…って事でしょ?」


幹子

「そ、そうなんです…」


しばらくすすり泣きの声。


MAO

「どうぞ、静岡産の緑茶です。心が落ち着きますよ。

『産地で採れた茶は、産地の水が一番旨さを引き出す』

うちのマスターの持論なんです。坊っちゃんなんで、変にこだわり強いんですよね…」


会話の内容をイヤホンで聴いていた悟は、余計な事を言うな!とでもいうように正嗣のいる座敷席を睨んだ。


同じく、他のメンバーも二人の会話を聞いている。

(マスター、よくありそうな悩みだべな…)

隆文がこっそり囁いた。


幹子

「ありがとうございます…なんだか落ち着きました」


MAO

「さくっと言っちゃいますが、売上金と貯蓄合わせて3000万、すっかり金庫を空にされましたね?」


幹子

「そうなんです!(わっと泣き出す)今朝早くに、主人が見つけました…でも荒らされている形跡が無くて…」


MAO

「事務長さんは今日はお休みでしたか?」


幹子

「いえ、無断欠勤でした。18年勤めていて初めての事です」


MAO

「犯人です。とっとと警察に通報しちゃいなさいよ」


幹子

「…やっぱりですか…ここ3ヶ月、お金の動きがおかしかったんです…まさか友田さんが…」


MAO

「その人、ギャンブル依存性です。かなりヤバイ所から借金してたみたいですね…ヤミ金?」


幹子

「ギャンブル?そんな事を?」


MAO

「人間『魔がさす』っていう事もあるんですよ…あなたとご主人が警察に通報しないのは、信用を無くして会社を潰すって恐れがあるからですね…確かに、中小企業には厳しい時代ですからね…」


幹子

「はい…銀行への返済ぶんは親戚から借りて都合つけようと思ったんですけど、どこも断られました…厳しいですね、本当に…」


MAO

「娘さんも起業なさったばかりですね?娘さんにも迷惑がかかるから?

いろいろお悩みなのは分かりますが、これは犯罪です。貴女が悪い訳ではないんですから、警察に任せる事をおすすめします」


周りで聴いていたメンバーもうなずいた。

よくありそうな「事件」で、「敵」とは関係なさそうだな…


幹子

「それが出来たら、こんな所へは来ませんよ!何よ!分かったようにべらべらと!!」


激昂した幹子の周りに、赤黒いもやが浮かんで、すぐに消えた。


なんだ?これは…


MAO

「し、失礼しましたです…あの、ご主人あまり強い人ではないようだから見張っておいて下さい」


幹子

「…えっ?」


MAO

「早まった気を起こす可能性が高い。今日明日が一番危ないです」


幹子

「す、すいません、すぐに帰ります!」


MAO

「あ、ちょっと!!」


幹子はテーブルの上に3000円を置くとすぐに傘を取って、

店を出て行ってしまった。 


「やれやれ、慣れない事なんてするもんじゃないですよ…」


占い師の扮装を解いた正嗣は、疲れきった表情で頭を掻いた。


「人の心を読むなんて、ろくなもんじゃないんだから…マスター、お茶下さい」


労いの意味を込めて、悟は玉露のお茶を正嗣に出した。


「初めてにしては上出来です。でも、心を丸裸にされるようで怖いですね…依頼者についてはすでに琢磨くんがネットで調べてますよ」


話を聞いている間に、幹子の夫が経営する波田皮革工業について調べ上げていた。


「えー、波田皮革工業は、戦後すぐから続く中小企業…主に牛革とピッグスキン(豚革)の加工ですね。

神戸の大手皮革問屋の下請けで、経営状態は悪くない…事件一つで会社の存続の危機なんてヒドイ時代ですねー。

娘さんは、両国の国技館近くに皮革工房兼ショップを一年前から開いてます。BENIYA(紅屋)って名前です。ほら、ホームページもあります」


きららがホームページの商品を見て感嘆の声を上げた。


「可愛い!ピンクのレザー小物ばっかり。あ、このバッグ欲しーい!」


「娘さんの茜さんはイタリアの皮革工房で修行した、腕の良い職人のようですねー…ただ、売り上げはプラマイゼロってところ」


「琢磨、ネットでカネの動きまで分かるもん?おまえまさかハッキング…?」


隆文がぎょっとして琢磨を見た。


「忍者は現代のスパイですからねー。あ、足跡は完璧に消しましたから」


琢磨は悪びれもせずににかっと笑った。


こいつ…、可愛い顔して恐ろしい奴!!


こんな奴がキャリア組官僚って日本はどーなってる訳?


寒気を感じたのは、外が雨で冷え込んでるだけではなかった…


「とにかく社長さんが心配ですね…」


温かいお茶で一息ついた正嗣が言った。


「町工場が倒産していくのは、ある意味社会問題になっている。

実力のある工場が潰れるのは日本の工業の損失だよね…うちの会社もいちワイン工房から始まった訳だからさー」


悟が煙草をくわえて火を付けた。


「紅屋さんには、とばっちりでつぶれてほしくないですよねぇ」


カウンターに頬杖を付いてたきららが言った。


「僕が見た印象、あの奥さんはこんな緊急事態に服装はしっかり整えて来ている『見栄っ張り』です。

中小企業の社長夫人によくいるタイプですね。親戚に頭下げたってのも嘘ですよ。つまり、何も対処してない」


琢磨のプロファイラーみたいな台詞に、一同ぎょっとした。


「急がないと、事態はどんどん悪くなるね…」


悟はくわえ煙草で天井を見上げた。


「要は、事務長さんとっ捕まえて3000万回収すればいいだけの話だべ。それだけの能力がおらたちにはある!!」


「はい、正解でんすよ!!」


別の女性の声が隆文に賛同した。でも、どこから?


「お足元をご覧なさいな」


入り口の床の小さな蛇の目傘が素早く回転して、水滴をぱあっと散らした。お供の小人は、里芋の葉っぱを傘替わりにしている。


傘を閉じた小人の顔を見て、琢磨はあっ、と声を上げた。


「網浜の…投網子とあこさん!!」


「黄色い兄さん、お久しぶりでやんす」


アメンボ柄の浴衣に身を包んだ小人、投網子は、艶然と笑った。


さらに葉っぱの傘を取ったお供の小人は…


「か、かきすけー!?」


「(;o;)(^○^)(*^o^)/\(^-^*)」


「黄色い兄さん、久しぶりだべ…!!」


正嗣が仕方なく通訳した…


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