電波戦隊スイハンジャー#106

第六章・豊葦原瑞穂国、ヒーローだって慰安旅行

阿蘇5

からんころん、と赤い鼻緒の下駄が庭の飛び石の上で鳴る。

浴衣の女子2人、きららとウズメが旅館離れにある貸し切り浴場に向かっている。

きららの浴衣は青い白地に朝顔柄、ウズメは白地にすすきの穂が描かれた柄である。

「んふふー、働いた後でおいしいお肉食べてーぬっくい温泉で疲れ癒すなんて贅沢だべさー」

旅の気楽さからつい地元の方言が出てしまう。北海道の人ってそんなに訛ってないんやな、と思いつつウズメはちらりときららの白いうなじを見た。

「きららちゃん、あんた抜けるように色白やわ…北国の娘ね」

「そーいうウズメさんも白人なのにどうして日本の神様やってるんですかー?」

ウズメは和団扇でそっと口元を覆った。

「ま、まあ話せば長くなるから…」

ぶー、と小学生みたいにきららはわざとむくれて見せた。

「旦那さんのオッチーさんにも同じこと聞いたんですよねー。『オッチーさんは人間なのにどうして天狗やってるんですか?』って。さっきみたいに『話せば長い』ってはぐらかされましたよー」

「うちらの正体については」とウズメは立ち止まって上半身だけひねってこちらを振り返る。

まるで日本画の見返り美人だ、ときららは彼女の仕草の優美さに見惚れた。

「今時の若者たちに分かりやすいように、少しずつ噛み砕いて教える予定や、ほら」と団扇で青竹の垣に囲まれた屋根付き露天風呂を差した。

わあい!と真っ先に駆けて行くきららの後ろ姿を見てやれやれ、まだコドモやなあ。とウズメは余裕の笑みを浮かべた。

脱衣場で帯を解いて浴衣を脱ぎ、二人は白い素肌を露わにした。手拭いで前を隠して露天風呂に向かうと、先客が二人、湯に浸かっていた。

「あらウズメ、早かったじゃない」と豊かな黒髪を弁天様みたく結ってまとめたウカノミタマと、

「あー極楽ごくらく…羽根のびのびでしー」と本当に白い翼を伸ばしてのほほんと寛ぐ大天使ガブリエルであった。

こうして「きらら以外ぜんぶ人間じゃない」というとんでもない温泉女子会が始まるのである。

「って、ホントに羽根伸ばしてんじゃないわよー。場所取るじゃない」

とウカが天使の翼の先をこちょこちょした。

「ぱっぴっぴ、こーしてプライバシーが守られる貸し切り風呂だから出来る奔放さ!」とガブリエルはウカに注意されてストレッチでもするかのように羽根を数回開閉させて、肩甲骨内に折りたたんだ。

ロイヤルブルーの髪と瞳をした女性天使の乳房はどうみてもAカップ以下。

壊滅的にボリュームが無かった。でも彼女はモデルみたいに長身で細身だし裸体になっても色気やいやらしさを全然感じない。

きららの視線の意図を読み取ってか、ガブリエルは「ワタクシたち天使には、性欲とか嫉妬とかいう生々しい概念はないんでしね。というか最初からプログラムされてましぇん」

「…でも、ウリエルさんはウカさんを奥さんにしてるじゃないですか」

「見ればわかる、としか言いようがありましぇん」ウカの象牙色の肌が温泉で温まって肌が上気している。

ノーメイクでもこんなに美しい女性っているんだ…


「ね、鶴田一郎の美人画に出てきそうな切れ長お目目の日本美人でしょ?これなら女に免疫の無かった我が同僚、ウリエルも陥落しまし…」

まったく、1200年前、堕落と混迷に溢れた人間を疎んじて
「上」が出した地球の爆発の命令を拒否してウリエルが女の方を取った。と聞いた時の衝撃ったら無かったでし。

「それにしても、ウズメときららちゃんはでっかいマシュマロ4つぶら下げたみたいなお胸しちゃって…ところでなにカップなんでしか?」

「あたしはFカップでーす」

「なるほど、ふんわか、のFでしね」

「ちなみにうちはGカップや」

「なるほど、ゴージャスのGでしね」

何が何だか分からないガブリエルの解釈である。でもガブさんのお胸だったら「あー、ブラで肩凝っちゃったー」って悩みないんだろうな、うらやましい。

「おっぱい大きい女の子にはそれなりに悩みがあるんですよ」ときららはお湯の中で愚痴をこぼし始めた。

「そもそも『巨乳』って呼び方が怪獣ぽくって嫌だし。中二から急に大きくなりだしたお胸に家族以外の男の人たちは顔より先にお胸を見るし。担任教師だってそうだったし」

「男は教師である前にオトコや、きららちゃん。まあ生徒に手を出すんは犯罪やけどな…」

ウズメが体を洗って岩風呂の端に腰掛けて膝から下だけお湯に付けた足湯の姿勢できららに話しかけた。

ウズメの胸の谷間には銀河系のような渦巻き型の痣が広がっている。

「それ、タトゥーじゃなくて生まれつきなんですよね?」

せや、と痣を見えやすくするため乳房を持ち上げてウズメはうふふ、と笑ってみせた。

「このせいでうちは貸し切りの家族湯しか入れんのや。聡介ちゃんみたく自分の意志で消すこともできん。一般人にしたらでっかいタトゥーにしか見えへん」

「そーですね、エイミー・ワインハウスかレディー・ガガをリスペクトしてる外人のお姉さんにしか見えません」

「うちはエイミー程体に絵入れしてへんけどな…渋い例えする子やね」さすが現役音大生、とウズメは密かにきららの雅楽の才能に目をかけていた。

えーでも、と何か相談したそうなきららの顔を見てウズメは「思う事あったらその時言うた方が後腐れないで」と発言を促した。

「戦隊の人たちって女子はあたしだけじゃないですか。でも戦隊の仲間に出会って…
今までの男の子たちみたいにあたしの胸だけ見てる人たちばかりじゃないんだなーって。
七城先生や野上先生はあたしの胸見ないんですよ。初めて余裕のある大人の男性に出会った、そんな気がします…」

きららはえへへ、と温泉の中で立ち上がってウズメの隣に腰を下ろした。

多分正嗣は教師兼僧侶というダブル聖職者という心理的縛りで、聡介は単に大きい胸が苦手という理由できららの胸を直視しないのだ、とガブリエルは思うが敢えて口には出さないようにした。

女というものは、性を抜きにした自分の能力だけで男に評価されたい欲求が強いのに…

日本の男は遅れてる、というか、自分以外の人間ひとり抱え込めない余裕の無い男が増えたな。それじゃあ女に見限られましよ。というのが女性と子供の守護天使、ガブリエルの見解である。

「で、いきなり恋バナなんやけど」とウズメは裸の肩をぴたりときららの吸い付くようなきめ細かい肌にくっ付けて尋ねた。

「きららちゃん、琢磨くんがあんたに気があるのはすでに気づいてるんやろ?天然なんは演技か?」

きららの顔から急ににこにこ笑いが消えて、困惑したように眉を顰め、そして思い悩む表情になった。

「やっぱりウズメさんは凄いなあ…」顔を伏せて「素」になった自分の顔が、水面に映る。まるで急に大人になって醒めた顔だ、ときららは思った。

「生まれて初めてですよ、あたしをあんなに丁寧に扱ってくれる男の人は。

最初に出会って一緒に戦った人だから、年も近いから親しみやすいのかなあ。ひょうきんで明るいし安心するし…でも、ああこの人、無理して明るく振舞ってるんだな、って気づいちゃったんですよね…」

明るい人の心の闇は深い、その人が明るく振舞えば振舞うほど。

墨田区の街工場の鍵を素早いピッキングで開錠したり、ためらいもせずに企業の情報ハッキングしたり、琢磨には、戦隊の仲間にも明かせない裏の顔がある。

琢磨がもう一つの任務でどんな事をやっていたのか知った時、自分はどうなってしまうんだろう?琢磨に心を閉ざして悲しませてしまうんだろうか?

そうしたら彼の闇はもっと深くなってしまう。

「琢磨くんの正体を知ってしまったとしても、受け入れられるか閉ざしてしまうかはその時次第よ」

と自分も岩風呂の縁に腰掛けて手拭いで滴る汗を拭いながら言ったのは、ウカであった。

「いつやってくるか分からない試練をびくびく悩むより、今を楽しみなさい。それが女の特権よ。琢磨君といるのは楽しいんでしょ?」

「はい、それはすごく…」

こくん、と肯いたきららの顔を見てお、ハタチに戻ったな、とウカは安心した。

火山は噴火する。河川は氾濫する。海は容赦なく人が作った社会を呑み込む。それが荒ぶる。自然が人間に及ぼす災禍だ、と聡介先生は言っていた。

でも火山は温泉で人の疲れを癒し、ミネラル豊かな土壌で作物を育ててくれる。

いつ何が起こるか分からない土地でのほほんと暮らしていける日本人はクレイジー!と安宿に来るお客さん(なに人だったっけ?)が言っていた。

でも、「いま」を楽しまなきゃ、とても生きていけないじゃない。

1秒先に何が起こるか分からないのは、世界中の全ての人に当てはまることよ。

せめて今は。さらっとしたお湯に肩まで浸って、きららは気持ちよさそうに瞼を閉じた…


温泉から上がると聡介と琢磨は浴衣姿で部屋の畳の上に寝っ転がって、

「あー、働いた働いた。社畜に人生のご褒美~」とい草の匂いを満喫していたり、

ラウンジで正嗣と悟が将棋していたり、蓮太郎と隆文が庭を散歩したり、

きららとウズメは「甘いものは別腹!」と旅館内のカフェでソフトクリームを食べたりと、夕食まで皆それぞれの暇つぶしをしていた。

ウカとガブリエルは黒川温泉入湯手形を持って「じゃ、他の旅館の温泉めぐりしまし」ととっとと退場してしまった。

夕食は地元南小国の野菜を使った創作懐石料理の馬刺しコースだった。

「生のお肉がこんなに甘いなんて…なんだか幸せです~ひこちゃんに食べさせてあげたーい」

こうやって素直に幸せを享受する姿を見ているだけで、なんだか周りも幸せな気持ちになれる。それが小岩井きららの魅力である事を戦隊メンバーは再認識した。

「そういえばひこちゃんはどうしてるんですか?」

きららを「仮の育ての親」として指名した幼児女神、自称「ひこ」はきららのアパートの自室に押しかけて、きららがバイトの時はウズメに預かってもらっている。そのウズメも今ここにいるし…

「ひこちゃんなら僕の母さんが面倒見てるよ」

先手を打つように悟が琢磨に答えた。

「うちにはルリオという居候がすでにいるし、ひこちゃんを預かって『また子育てしてるみたい』って喜んでいる。父さんも兄さんも妹も、忙しくて滅多に帰って来ないからねえ…」

と言ってお茶をすする悟の言葉にに「華麗なる一族」と呼ばれる勝沼家にある乾いたすきま風を琢磨は感じた。

食事が済んだらまた部屋でだらだらし、きららはウズメと布団を並べて女子のおしゃべりを楽しんでいた。

「ねえウズメさん」

「何や?」

「女子力を上げる秘訣ってなんですか?」

「うちは人妻やけど…そうやな、違う種類の男をつまみ食いする事で、再会した時夫の良さが分かる」

「…今のあたしには真似できません」

と言ってきららは右手首に巻かれた白いミサンガを少し疎ましく思った。

これのおかげであたしはきららホワイトに変身できて、護身用に体術も使えるけど…

盆に帰省した時、無意識に従兄弟と同級生男子に護身を使ってしまって「きらら、こえ~」と引かれてしまった。

リビドーデストロイヤー、それは近づいて来た男の性ホルモン、テストステロンの急激上昇に反応してミサンガに搭載されたAIがきららの人格を乗っ取り「最凶の乙女」と化し容赦なく体術使いまくる。

コレのせいで、あたしは好きな人とキスひとつ出来ないって切なすぎる!と時々泣きたくなる。

「ほんっと、松五郎は素晴らしい知識と技術をしょーもないことにしか使わんな…103年前のあの時も」

「あの時?」

いけないいけない、と常夜灯の灯りの下でウズメは両手で口を覆っておやすみ、と背中を向けてしまった…

まーいっか、明日は隆文さんが料理してくれるって言うし。

かまどで炊いたご飯楽しみだな…と思いながらきららも可愛い寝息を立てた。

その「明日」が人生で最も常識をひっくり返される日になるとも知らずに。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?