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電波戦隊スイハンジャー#147
第8章 Overjoyed、榎本葉子の旋律
神在月、神々の宴2
出雲大社拝殿入り口でクニヌシの検閲に引っかかった者は、宴会場に入る前に「些少の穢れ」を落とすために禊の湯に入る。
総檜で造られた大浴場には玉造温泉の白濁した湯が並々と注がれている。
「このようないいお湯、白衣つけたまま入るなんてもったいないわ」
とウズメははらっと身に着けていた白衣を床に落とし、豊満な裸体をさらしてんっんー、と伸びをしてから木桶でかけ湯をし、足先からゆっくりと湯船に入った。
「おいおーい」と小角はぷるん、と弾む妻の乳房をガン見してから自分は白衣のまま湯船に浸かる。
「しかし、さっきのお前の説明じゃお前は発砲していないみたいな言い方をしたが、クニヌシさまは硝煙くさいと言われた。
発砲しなきゃ硝煙は普通出ないぞ、なあ?」
あごまでしっかり湯に浸かったウズメはちろっと舌を出した。
「右手の拳銃はボスのお口に。左手の自動小銃で周りの部下たちに威嚇射撃したけど、それが何か?」
「…うん、いい」
成程、それじゃ硝煙の臭いぷんぷんする訳だ。
気分を切り替えるように小角は湯で顔をばしゃばしゃ洗うと改めて広い浴場を見回した。
「何年か前にここ来た時、クニヌシさまと7人の妻女たちの混浴にバッティングしたなあー」
白衣を着けた美女たちに囲まれて悠々と湯に浸かっているクニヌシの姿を夫婦は思いだした。まるでどっかの石油王のハーレムのような光景だった。
「うん、クニヌシちゃんったら当然のように『一緒に入りませんか?』って言ってたわよね、さすがにこちらから出直したわよ」
と言ってウズメはそのまま湯船から立ち上がった。白い肌がほんのり桜色に上気している。
ウズメは洗い場でしゃがむと長い銀色の髪を垂らしてざぶざぶと景気よく桶から湯を被った…
さて、夫婦が湯浴みを終えて宴会場に入るとその場に滅多に来ない「客」の来場に皆、どよめいていた。
白に近い銀色の長髪を床まで垂らした薄鼠色の狩衣姿の中年男がウズメに気づくと、穏やかな顔つきに微笑を浮かべた。
「元老長、アメノコヤネさま…!」
「実に…実にお久しゅうございます、女官長」
高天原族元老長、アメノコヤネノミコトの百年ぶりの宴席参加である。
「あなたが待っている御方は、今日はお越しにならないわよ」
「分かっていますよ…今日はあの方にとって慶事ですからゆるりとお待ちしますよ」
そう言ってアメノコヤネは宴席の隅の席にふわり、と狩衣の裾を広げて静かに座った。
足元に、ルビー色の池が広がっている。違う。これは血だまりだ!
と気付いたのは床にへたり込んだ自分の膝を濡らす紅い水が、生温かかったからである。
血だまりは自分の前の2方向から流れ小川のように自分の方へ向かっている。
左斜め前から流れる血は銀髪を結った女が流している。心臓の辺りから胸を裂かれ、傷は背中まで貫通していた。
見開かれた目はすでに瞳孔が散大している。たぶん、驚いたまま絶命したのだろう。
男が白に近い銀髪を振り乱して、女の体を抱きしめて泣いている…
服装の豪奢さからしてかなり高い身分の男であろう事が分かる。
自分の右側に目をやると、もうひとり女が上腕から切断された右腕を左手で抑えて、無言でうずくまっている。
脈動と共に切断面から血が吹き出す女の傷口を、金のドレスを着た娘が布を巻いて止血している。
女と娘の背後の壁には、切断された右腕に握られたままの両刃の剣が突き刺さっている。
女の止血を終えた娘が、やっと顔を上げてこちらを見た。娘の喉には、高天原族である事を示す渦巻形の痣…
娘は怒りと無念さを涙流した顔に滲ませ、こちらに向かって何かを言ったが、声が聞こえない。
負傷した女の胸元がはだけ、見覚えのある大きな渦巻きが見えた時、
「ウズメ!?」
と自ら声を出して野上聡介は目覚めた。10月2日、早朝のことであった。
3歳の頃から自分に憑依しているスサノオの記憶を夢に見る事は何度かあった。
しかし、今さっき見た夢はあまりにも生々しすぎる。そして初めて、喉に痣のある少女の顔を見た。
夢の中でいつも「姉上」と呼んでいたあの少女はやはり…
(聡介よ、『鏡』を出して自分の顔を見るのだ)
と、自分の頭の中でスサノオの声が響いた。
聡介はベッドから起き上がって机の上のスタンドミラーで自分の顔を映すと、そこにはスサノオの顔があった。
こうして鏡を通して自分の中にいるスサノオと対話する。妙な気持ちだがいちいち夢に出られるよりはマシだ、と聡介は思った。
「お前…未だに姉ちゃんとの事引きずってるんだな。その訳がなんとなくわかったよ」
(一番封じ込めたい記憶であったが、私も眠っているので抑えきれぬのだ)
鏡の中のスサノオは、ひどく落ち込んだ顔をしていた。
「今日はおめでたい日なんだからしけた顔を俺にさせんじゃねーぞ」
聡介は早速階下に降りて台所の棚からキャットフードの缶といりこを取り出すと2階の自室に戻り、
窓際で寝そべっている愛猫ブライアンに「今日は留守が長いから多めにあげとくぞ」
と隅のキャットタワー前にあるプラスチックの皿に缶を開けて上からいりこをまぶし、もう一つの深皿には浄水器を通した水を入れた。
本日10月3日吉日は、野上家の長女で聡介の2つ上の姉、沙智の結婚式である。
熊本市東区にある健軍神社境内で澄み渡った秋空のもと、神職と巫女に導かれ歩く白無垢姿の沙智は銀髪にすみれ色の瞳の「外人の花嫁さん」と注目され、
沙智の手を取ってエスコートする新郎で、聡介の同級生でもある赤垣芳郎は「どうだ、僕のお嫁さんすっごい美人だろ?」
とでも言いたげなほくほく笑いを浮かべている。
綿帽子の下から覗く銀髪が午前の陽に照らされ、まばゆい。
あーあ、芳郎ったらでれでれしちゃってよ…それに姉ちゃんったら、朝早く起きて長い銀髪をわざわざ文金高島田に結って貰ったんだぜ!
これから野上家の氏神様であるこの神社で式を挙げ、その後は実家に隣接する道場で、身内だけの披露宴をする予定。
セットだのパックだの押しつけて来るウエディングプランナーと喧嘩して物別れに終わり、会場から仕出しの料理まで全部自分ひとりで姉は手配して、見積もりまで計算して
「よし、ご祝儀を試算してもこれで後悔せず費用を浮かせられる」とほくそ笑んだのだ。
これは、育ての親で祖父鉄太郎の「お金に関するしっかりした教育」の賜物であろう。
さて、そんなしっかりしすぎる新婦に対して新郎側はというと…
「いいよいいよ、沙智さんの気の済むようにやりなさい」と夫になる弁護士赤垣芳郎も、これまた弁護士である芳郎の母親も、
「幼なじみ同士の結婚なんだし、金銭感覚のしっかりしたお嫁さんは大歓迎」と一切口を挟まなかった。
やれやれ、赤垣家は、嫁入り前から姉ちゃんに甘すぎるんだよなあーと聡介は思いながら、祝詞奏上の後で沙智と芳郎が三々九度の杯を交わすさまを見てると…
やはりこみ上げてくるものがあるのだ。ああ、3つの頃玄関から母さんが出て行く時、俺が泣けなかったのは、
姉の方が隣で激しく泣いていたからだった…生まれてすぐ実の母と別れた姉は、短い期間ながらも俺の母、緋沙子を母親と慕っていたんだな。
と今更ながら色々思い出す聡介は、ここで泣いてもいい立場なのだが…やはり泣けなかった。
というのは右隣で留袖を着た叔母、祥子がすでにハンカチで目頭を押さえているし、
左隣では沙智の生みの母でフランス人オペラ歌手のアデール・オードゥアンが「サチ…」と言いながら花嫁そっくりの顔をくしゃくしゃにして泣きまくっているからだ!
そしてアデールの左では父祥次郎の親友だった指揮者、クラウス・フォン・ミュラーが
「サッちゃん…」と心の半分は感動で目を潤ませ、
もう半分の冷静な心は、何をしでかすか分からない暴れ馬の歌姫、アデールのドレスの袖を花嫁から見えない所で掴んでいた。
式が終わって「サッちゃん、綺麗やったで。祥次郎も喜んどるわ」とミュラーのハグを沙智は喜んで受け、母親のアデールのハグは「大人の対応で」受けた。
無理もない。アデールは沙智を出産するとすぐ新しい男の元に走り、赤ん坊を祥次郎に押しつけたのだ。
産み捨てにしたも同然の母親を結婚式に呼べただけでも、姉ちゃん人間が出来てるぜ…。
さて、ミュラーとアデールのマネージャーが世界の歌姫の両脇を掴んで「連行」してさっさと退場しようとする時、
「おいジュニア、さっき拝殿の外で気になる外人を見かけたんや」
と思い出したようにミュラーが聡介に言った。「外人?」自分も外人だろーが。
と聡介は思ったが、ミュラーの話の内容が非常に気になるものだった。
「黒スーツ姿の銀髪の兄ちゃんがな、サッちゃん見ながら泣いてたから声かけようと思ったけどそんな暇無かったし…
丸い黒眼鏡かけた横顔がな、ゾッとするくらい祥次郎にそっくりやった!」
銀髪?親父にそっくり?まさか!
アデールをタクシーに押し込むミュラーはフランス語で
「大人しゅうせい!ここで勝手したらお前をオペラ・ガルニエで歌えなくしたるで」
とほとんど脅迫に近い叱責をし、負けじとアデールも
「ふんジジイ、あんたをヨーロッパで振れなくしてやるわよ!」
と聞くに堪えない悪態の応酬をした。
ああ…フランス語って、どんなえげつない内容でも優雅に聞こえるんだな。
とゲスト二人がタクシーに乗って去ったのを見送った聡介は、妙な所で感心した。
(やはり来ていたか…)
とスサノオが胸の奥でつぶやくのが分かった。「聡ちゃーん」と休憩室に向かう叔母が声を掛けてきたので、
「今行く」と大鳥居の下、聡介は振り返った。
さて出雲大社では、元老長アメノコヤネが慣れぬ酒に少し酔って、い草のスツールにもたれうとうとしていると、
目の前にでっかい乳房が迫って来た。「…!」
「飲もうよ~、コヤネちゃ~ん」
升酒を持った凛々しい顔つきの女が、結った黒髪を乱して徳利を突き出している。
どうやら女神さまはへべれけになっているご様子らしい。
「ジンゴウ、乳をしまって下さい」とコヤネが冷静に指摘すると
あいよ、と武家社会の神である八幡神の母、神功皇后は丁寧に襟元を正した。
「しかし、高天原族の中でも宴会ぎらいのあんたが来るなんてね。こうやって見るとちょい枯れだがなかなかいい男じゃないか?え?」
「今年は特別なのです…」ジンゴウの吐息を酒くっさ!と思いながら躱す内に…
「やっと大トリがご到着されたぞ!」
という歓声が沸き上がった。宴会場に入って来たのは上下黒スーツ。上着の下にグレーのベストとネクタイをし、丸い黒眼鏡をかけた銀髪の若者…
コヤネの姿を見つけると、向こうからすたすたと歩み寄ってきた。
「御曾孫の結婚式はどうでしたか?王陛下」
よしてくれ、と若者は笑いながら首を振った。
「今は名前だけの王だよ。沙智は…ものすごく綺麗だったよ」
そう言って高天原族の王、別名天孫ニニギは眼鏡を取ってかつての元老長に向かって銀色の瞳をさらに輝かせた。
このニニギという男、聡介の祖父、鉄太郎の出生の為に細胞を提供した「遺伝子上の親」である。
後記
はい、やっと天孫ニニギ登場。大国主は女ったらしでも有名。
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