電波戦隊スイハンジャー#220 喝采
第10章 高天原、We are legal alien!
喝采
あと十日足らずで2013年が終わる年の瀬。
日舞喬橘流本部練場の舞台で家元の一人息子、紺野蓮太郎主演の女舞の集大成とも言われる「京鹿子娘道成寺」が上演され、
この日の舞の仕上がりによって次期家元確定ががかっているだけあって客席には…
前方の席は喬橘流各支部長はじめ顔見世の合間を縫って駆けつけた蓮太郎の母方の祖父で梨園の重鎮、三代目・龍村藤四郎(人間国宝)や日舞界の家元衆、パトロンである旦那衆や元首相などの政治家が陣取っていたがその中に一人、羽織袴を着こなした中性的な美しい顔立ちをした青年がおかっぱ頭の少年と並んで着席していた。
まあ…どこの若さまと坊なのでしょう?
と周りのご婦人方が噂しあうこの二人、実はどこぞの若旦那に変装した思惟と大天使メタトロンである。
「私のカメラアイで月面で監禁生活喰らっている(実はおやつを全て奪われた怒りで思惟が喰らわせた)ツクヨミさまにも送り届けなきゃね」
と眼球を録画モードにした思惟の隣で「全く…主に厳しいんだが甘いんだか」と皮肉を言うメタトロン。
そこで開演のブザーが鳴り、緞帳がするする上がると向かって舞台の右端には青銅色の鐘が置かれ、
これから再興された鐘の供養が営まれるのだが和尚の長い説法が憂鬱な見習い坊主たちの「聞いたか聞いたか」「聞いたぞ聞いたぞ」から話が始まる。
そこへ、蓮太郎演ずる振袖姿の白拍子花子が現れ白拍子の舞から鞠歌、花笠おどり、所化の舞、手ぬぐいの舞、鞨鼓の踊りではタップダンスのように軽快な足捌きを披露する。
蓮太郎の父であるお家元、ここまでは文句の付け所の無い仕上がりの踊り。先月までさんざんけなしてきたここからあいつがどう変わったが見極めどころや…
と渇いた口に無理やり唾を作って飲み込む。
が、ここから蓮太郎に役が憑依した。
紫の衣裳になり、手を使って可愛らしく踊る手踊り
では神様に何かを祈願する愛らしい少女に見え、
田植えの踊りでは鈴太鼓を手に持ってテンポよく踊り、鈴と足拍子が軽快で、耳にも心地良く、酸いも甘いも知った人間の本当の遊びが披露され、
そのうち花子の表情が変わっていく…
そして舞台のクライマックス、鐘入りでは花子の舞に魅了されている僧侶たちの隙を付いて蛇の化身を現す鱗模様の衣装に早変わりし、鐘の上で見得を切る花子の片目からはつう、と涙が頬を伝っていた。
生前、あたしから逃げて鐘の中に籠った愛しい人をよくも騙しやがってこの野郎!と焼き殺した私だけどさ。
現世でも来世でも決して手に入らぬお人をせめて形見の鐘だけでも奪っていくあたしを許してよ…
好いたお人に決して好かれぬ悔しさ辛さ、俗世を捨てたあんた達には分かるもんかいね。
ああ、自分という肉体の器に花子の魂が入って来る…なんて苦しくて、なんて切なくて、そして何て痛快なんだろうねえ。
あは、あは、あっははっは、演者は一種の霊媒。
それを教えてくれた椛葉さん、感謝するよ。
「よっ!蓮太郎日本一!」
と祖父の掛け声を皮切りに
蛇身に化けた蓮太郎は割れんばかりの喝采を浴び、蓮太郎の父である家元、紺野信郎は…
「よくぞ花子を受け入れた。これで決まりやな」と安心したように頷いた。
2023年12月26日
この日の夕方、仕事を終えた野上聡介は同居の叔母も出張バイオリンレッスンで不在なので自分で玄関の鍵を開けて独り、灯りのない一戸建て玄関から廊下までの電灯のスイッチを入れた。
今日、俺は31才の誕生日を迎えたってのに独身で彼女無し。病棟の看護師たちからは全国デパートで使える商品券をプレゼントされた事は嬉しかったが…
侘び寂びの正体とは、侘しい寂しいって事なんだな。
と自虐的に笑いながら途中、ケーキ屋で買ったミニホールケーキの箱を片手にリビングの戸を開けた時…
「ハッピーバースデー!!聡ちゃん!野上先生!」と左右からクラッカーが鳴り、リビングのテーブルにはご馳走が並び、その左右には今夜は留守と嘘をついていた叔母と姉夫婦、
次いでレッド隆文、ブルー悟、イエロー琢磨、グリーン正嗣、ホワイトきらら、そして先日喬橘流次期家元に確定したピンクバタフライこと紺野蓮太郎が手拍子で「ハッピーバースデー」を歌ってくれる。
クリスマスと正月の間の微妙な時期である12月26日生まれの聡介はお年玉をもらう元旦にまとめて祝われたので生まれた日にちゃんと祝われたのは人生31年目にしてこれが初めてである。
「何でぇ何でぇ、お子様のお誕生日会みたくしっかりサプライズ演出してくれやがってよ!」
とコートを脱いでリビングのソファに座らされた聡介の眼には…涙が滲んでいた。
「とにかく、腹減ったんで食う!」
とこの日の為に悟が焼いた鶏丸ごとのローストチキンを切り分けて貰い、さながら部活帰りの高校生みたくかぶりついた。
こうして地球の西暦2013年最後の五日間も慌ただしく過ぎ、日本時間大晦日の午後11時45分。
毎年どっかの寺で鐘を撞く中継から始まる年越し番組を見ていた高天原族王子ユミヒコことツクヨミは自分の情緒不安定が収まり、さらに服を脱いで姿見で自分の肉体が完全に青年男性のものになった事を確認すると、
「あーんもう、おせち、お雑煮、かまぼこ!ご馳走食べ尽くしたいのに閉じ込められてちゃ降りらんなーい!」
と寝巻き姿でじたばたして厳重に鍵のかかった扉を見つめると、
そうだ!完全に男性体になった今なら!
と月地下基地のそこでそれをやったら絶対危険なのに己が力を解放させて力任せに扉をどついて破壊しようと拳を構えた瞬間、外側からあっけなく扉が開かれ、開けてくれた深紫の髪と眼をした少女に向かって…
「智持!」
と思惟が創りしヒューマノイドで自分の娘にも孫にも等しい存在、タクハタチジヒメこと智持に向かって笑顔を閃かせ、拳を下ろした。
「さあさ、一緒に初詣に参りましてよ、王子」
「なんで急に覚醒したの?ってそっか、そうプログラムしたのは私か」
年が明けて2014何1月1日午前0時0分。
天孫ニニギの母にして高天原族至高の作品、智持、覚醒完了と地球降下決定。
第8章 「高天原」終、次回「プラトンの嘆き」に続く。
後記
吹っ切れた蓮太郎、智持覚醒で
ででっ、でんれれん、ででっ、でんれれん。