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電波戦隊スイハンジャー#165 優しい旋律

第8章 Overjoyed、榎本葉子の旋律

優しい旋律

夜の東寺五重塔のてっぺんの屋根には、目に見えない3人が座っている。

座っているのは中学生くらいの少女二人と坊さん。榎本葉子と、カヤ・ナルミと、法光大師真雅。

「少しは気持ちが落ち着きましたか?」

と真雅が優しく葉子に声を掛けると、葉子はバイオリンと弓を持ったまま屋根の上にすっくと立ち「うん」とうなずいた。

でもな、とうつむく葉子は

「正直半分納得して、半分受け止めきれへん。まさか観音族の寿命が人間の半分しかなくて、

クリスタお母ちゃんが死んだのも病気じゃなく寿命だったって
…ねえ、うち、40までしか生きられないんか?」

「子供には残酷なことやけど、そうです」

と真雅は葉子に振り向いてから答えると、葉子はバイオリンを構えて今確かな自分の気持ち、

うち、野上のおっちゃんのこと好きやったんや。

と心で宣言してから優しく、愛おしむように弦の上で弓を滑らせ
パガニーニ作曲の「ラ・カンパネラ」を奏でた。

「う~ん、いいでんすね~。うぶで甘酸っぱい初恋の心のふるえが出てるでんすよ~」

音色に酔いしれるカヤは空中に浮きあがって空を背泳ぎし、やがて龍神の姿になって京の秋空を旋回した。

その夜、東寺ではなぜかバイオリンの音色が聞こえるという怪異現象が起こった。


「7番、榎本葉子さん」

と呼ばれた葉子は薄紫のドレス姿でカツヌマ・キネン・ホールの舞台中央に進み出て、いたって平静な仕草でバイオリンを顎に当て、弓を構えると、

他の出場者より格段に甘い旋律でパガニーニの24のカプリースを弾き始めた。

周りの審査員たちがうなずき合う中、審査員長で日本を代表する指揮者の一人、氏家元胤《うじいえもとたね》は「優しい音色だ」とだけ言って自分のチェックシートに最高得点を付けていた。

クリスタさん、娘さんの音の純粋さ優しさは、あなた譲りなんだね…

もちろん彼が葉子の祖父ミュラーの弟子だったことや、昔葉子の母クリスタに恋していたことなど

諸々一切の私情を除いた採点であるのだが。

この日、榎本葉子は勝沼杯中学生の部で最年少優勝した。

overjoyおわり、次回「魔性」

後記
葉子に知らされた残酷な真実。
指揮者氏家のクリスタに失恋とミュラーの弟子になるエピソードはまた別の話。











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