電波戦隊スイハンジャー#107

第六章・豊葦原瑞穂の国、ヒーローだって慰安旅行

阿蘇6

小角と男メンバー6人が泊る離れ、鷹の間は壁面と屋根を黒くした古民家風の2階建てであった。

夕食から帰ると1階に4組、2階に3組と分けて布団が敷かれてある。

窓を開けると、冷房も要らない程の夜気が部屋中を満たす。阿蘇だけ一足早く秋へと進んでいる…

その夜は「これが独身最後の旅だべなー、みんな、ありがとな」と3日後に結婚式を控えた隆文をきっかけに、高校生男子の修学旅行のノリで夜1時まで話が盛り上がった。

「いや、おまえもう入籍してるだろーが」
と皆から総ツッコミを喰らったがまあ結婚おめでとう、な和やかなノリで、内容はほとんどメンバーの過去の恋愛話中心に話は進んで行った。

たが、途中から
「ブルー勝沼悟と真理子さんをどうくっつける?」
という議題になり勝手に仲間達が悟の初デートを妄想でセッティングし出した。

「やっぱり古都京都、秋の知恩院が最高ですよ…」と人の恋愛には口出ししなさそうな正嗣までが酔って気がゆるゆるになってプランを提案した。

「えー神戸ポートタワーの夜景で女の子にライティングマジックかけるのよー」と蓮太郎も話に乗っかる始末。

「正嗣のプランは定年退職後の夫婦旅だなー、却下。蓮太郎はその後シティホテルにしけ込むのが容易に想像できる、タラシだな」と小角が勝手にジャッジした。

しかし聡介以外酒を飲んでいたので全然真剣じゃなく、やがては男全員布団に突っ伏して熟睡してしまった…


翌朝、6時半に起きたメンバーは朝風呂の後は浴衣から普段着に着替えて朝食の手作り湯豆腐と地元の野菜の漬物を堪能した。

チェックアウトして宿の玄関前に愛車のランドクルーザーPURADOが停まっているのを見た時、聡介は思わず膝から脱力してのけ反ってしまったのだった。

確かにじーちゃんの実家に置いて来た筈なのに!?



「オーラーイ、オーラーイ、よーし」と運転席でハンドルを握っているサングラスにスキンヘッドの男は…空海の弟子の真如であった。


ばん、とドアを開けて聡介にキーを手渡すその恰好は黒地の海人(うみんちゅ)Tシャツに、ビンテージジーンズ。両腕には木の数珠ブレスレット。

第一印象で「その筋の人」と勘違いされそうである。

プライベートはガラが悪くても真如の生まれは皇族。

平安初期、平城天皇の皇子で出家前は高岳親王と呼ばれ、皇太子にまで選ばれた。しかし父帝が寵愛した尚侍、藤原薬子の一族の専横が招いた薬子の変(教科書では平城太上天皇の変)で失脚、廃太子。後に空海の弟子となる。

その後、空海の元で当時の密教最高位である阿闍梨の位を受け、高野山に親王院を建てる。空海入滅後の遺骸の埋葬にも参加した。

さらに62の老年になって入唐したが、仏教の衰退を目の当たりにした彼は66才で天竺(インド)行きを決意。しかし旅の途中、マレー半島の南端あたりで亡くなった、と伝えられている。悲劇の皇太子から一転、バイタリティのある人生を送った。

廃太子トラウマで落ち込むこともあるけれど、真如は元気です。

「真如さん、どうして?」いつ俺の車のキーをパクったよ?と言おうとした聡介の視線の先にちろりと舌を出す小角がいた。

この天狗め!

「ガソリン食うような移動方法はしてねえぜ。せっかく黒川まで来たのにやまなみハイウェイ走らねーなんて勿体無いよ。今なら体力回復してっから運転できるだろ?」

「そりゃそうだけど…」と聡介はまだ腑に落ちない顔をしている。

「あ、移動方法?あーそれは…」

と真如はウエストポーチの中ででもぞもぞしている小人たちを取り出して自分の両肩に乗せた。小人は3体で、松五郎の半分の身長しかない。みな黄色い忍び装束、その内の1体の頭部には2本の角が生えている。

「き、きなこちゃん!?」思い出したきららが松五郎の娘の名を呼んだ。

「よっ、マシュマロねーちゃん久しぶりー」

約3週間前の榎本葉子戦の後、半分廃墟と化したミュラー邸を魔法で復元したのがこの少彦名の子供たちなのだ。

その時気絶していた聡介は、きなこを筆頭とする「ちび小人」たちとは初対面であった。

「き、君が松五郎の娘か?」

「んだ」

きなこの両脇にいる子供2体も勝手に自己紹介をした。

「『かるめ』だべ」

「『すあま』だべ」

「あ、ああ…」

きなこ、かるめ、すあま。何だか懐かしいお菓子を連想させる名前である。紹介されても顔が同じなんで見分けがつかねーよ。と戦隊全員が思った。

「おらたち3人、寺子屋での研究チームでよー、次元転送装置の作成と実験成功が夏休みの宿題だったから、この車を産山村からここまで転送させたべ」

きなこ達はアーチ状の装置をそれぞれ持って聡介に見せびらかした。この小人トリオが持つアーチを連結させれば直径10センチの謎のの金属製の輪になる仕組みのようだ。

つまり、学校の夏休みの自由研究感覚で車をテレポートさせる装置作りました、ときなこは言っているのだ。ガキのくせになんて科学力なんだ!少彦名一族、恐るべし…

「実験大成功だったべ!」

「さっそく婆様に映像送って報告だべ!真如さん、スマホ貸してけれ」

かるめとすあまがわーいわーいと交互にはしゃぎ合って真如のGalaxyを使って長老ハガクレに実験映像を転送した。

「ちょっと待て、実験に俺の車使ったんか!?失敗したらどうするつもりだったんだ?」

「最初の36回は失敗したけどよー、48回目で成功したから自信はあったべ」ときなこが偉そうに胸を張った。

「その微妙な成功確率は何だ?失敗したら物体はどうなるんだよ!」

「最初はストラップが粉々になりました」

かるめがいきなり恐ろしい結果を報告した。

「原子単位でバラバラになったんだな。素粒子単位でバラバラになって事実上『消滅』したリンゴもありました…」

急に敬語を使うところが空々しい。

きなこは研究の苦労の日々を振り返り、遠い目をした。

「異次元の彼方に消えた少年週刊誌…あれはパラレルワールドで誰かに読まれてるんだべか?

そこにグラビアの判る人類はいますか?」

と詩の朗読劇の口調できなこは強引に話題を反らせた。

まあ結果オーライ、気楽に行こうぜ!と懐かし和菓子トリオはにこにこ、と人畜無害な笑顔を聡介に向けるだけであった。

やっぱりスミノエの子だな、と聡介は妙に納得してしまった。

どうやら長老ハガクレは小さな教え子たちに大学院レベルの教育を施しているらしい。いや、小学生ぐらいの年でテレポート装置を作れるんだから人類の数百年先を行っている!

その技術をちょこっとでも教えて人類に協力してくれませんかねえ…と正嗣はお願いしたい気持ちになった、が、無理か。とすぐに答えを出した。

正嗣の家に住みついている小人の頭、蔵乃介から少しだけ少彦名の歴史を聞いた。


昔々、長老で全ての小人の生みの親であるハガクレ様が島国日本に流れ着いて、大国主さまに拾われる以前

…大陸で小人狩りに遭って迫害されていた。小人がこの国だけに住むのは、大国主さまから受けた恩義のためだ。人類の為ではない。

「善性を捨てた人はもはや人ではないし、助ける気持ちもさらさらにゃーでよ」と長老様は言っておられた…と。

「ともかく車は無事だったんだから、乗れよ。俺達ゃもう帰るからよ」と真如はメンバーたちを座席に押し込んだ。戦隊全員が座席に落ち着き、聡介がキーを回すとぶるん!と力強いエンジン音が鳴った。

「俺達夫婦はあと一泊しっぽりして帰るからよ」

と、小角とウズメが肩を組み合い、真如はきなこ達を肩に乗せて走り出すランドクルーザーを見送った。

大分県湯布院の水分峠から阿蘇の一宮町を結ぶ県道11号、通称やまなみハイウェイは九重連山も阿蘇外輪山も見渡せる絶景ルートである。


途中、朝の陽を受け輝く、緑の巨竜の群れが寝そべっているような丘の風景を見て、車内の一堂は言葉を無くした。

「…なんだかここって、日本じゃないみたい」

「まるでアルプス?グランドキャニオン?」

きららと隆文が感想を述べるがどっちもしっくりこない感じがする。

「なんか、この世の風景でもないみたいですねえ…もう雄大過ぎて世俗とはかけ離れている」

「俺もこの眺めが好きで阿蘇に来るたび走るけど、正嗣のたとえがしっくりくる」とハンドルを握る聡介が答えた。

(その通りだ、阿蘇はこの世であってこの世じゃない。まるごと神域なんだぜ)

と鉄太郎の声が正嗣の頭の中に飛び込んだ。


黒川温泉から1時間半ほどで鉄太郎の実家に着き、黒川温泉みやげの小狸まんじゅうの封を開いて阿蘇の水を沸かして淹れたお茶を飲んだりした。

皆、ドライブで少し疲れているし、夕食の時間までやることも無かった。

若者たちには暇過ぎる時間が流れて行った。

「ねえ、野上先生」とまず正嗣から口を開いた。

「鉄太郎さんの生い立ちについて質問あるんですけど…」

「なんでも聞いていいよ。じいちゃんが話してくれた範囲だけど」

「ここは鉄太郎さんを育てた農家の興梠家《こおろぎけ》の住宅でしょ?鉄太郎さんは生まれてすぐに興梠家の養子として4才までここで育っているんですか?」

「興梠家は裕福なほうの農家だったらしい、でも当主に後継ぎの男の子が生まれなくてな、阿蘇神社に願掛けをしていた。

間もなく、野焼き直前の阿蘇の平原に男の赤ん坊が捨てられていた。拾ったのは当主の興梠葛生こおろぎかずお本人だ」

「じゃあその赤ん坊が…」

「そう、野上鉄太郎、俺のじいちゃんだ。ご丁寧に産着の襟に『野上鉄太郎』と名前を書かれた懐紙が差し込んであった」

「捨てたのに名前を記すってのは、後から迎えに来るって意味なんでしょうか?」

とのきららの質問に

「いや、他の姓を名乗るな、って意味なのかもしれない」

それは推測だが、と聡介は答えた。

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