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EP013. 女子ライダーってカッコいいよね

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彼女との出会いは思いがけないものだった。

「ねぇ、それって乗るの難しいの?」

交差点で信号を待っている私に向かって彼女は聞いてきた。
彼女は歩行者。驚いたことに車道へ出てきて話しかけている。

間もなく信号が変わる。

「危ないよ!歩道に戻りな!」

「ねぇねぇ、難しいのー?」

無視しているのか気付かないのか、とにかく脇へ避けようとしない。

「分かったから、ちょっと歩道に上がってて。」

私はバイクを脇に止め、仕方なしに彼女の話を聞いてあげることにした。

「ねぇねぇ、教習所っていくらかかるの?期間ってどれぐらい?バイクっていくらするの?」

矢継ぎ早に質問を並べ立てる。

「ちょっと。落ち着いて話してみて。」

彼女は同じ大学の学生で私と同い年だった。
以前からバイクには興味があったけど、男子が乗っている印象が強くて、人にはなかなか聞けずにいたらしい。そんな時、髪が長い私がバイクに乗っているのを見て、きっと女子に違いないと、思い切って聞いてきたようだ。

バイクに乗るのがとっても好きな私。一人でいる時間が好きだ。人と絡むのは得意じゃない。だから彼女は苦手なタイプ。面倒くさい。

とりあえず教習所のことや免許の試験のことを教えてあげて別れた。

「ありがとう!頑張って私も取るね!」

そう言って満面の笑みを浮かべた彼女はスキップで人混みに消えて行った。

1ヶ月半ほどたったある日のこと、大学の駐輪場でバイクに乗る支度をしていたら気合いの入ったバイクが近付いてきた。

「免許取れたよー!」

誰かと思ったら例の彼女だ。なかなか派手なツナギを身に纏っている。
ヘルメットもツナギもグローブもブーツもコーディネートしていてクールなんだけど、全部新品。ピカピカで少しダサい。

「もう乗れてるの?頑張ったねー。」

「あれからすぐに教習所に申し込んでね、毎日頑張ったんだよー。一緒にツーリング行きたいだろうなと思って。」

頼んだ覚えはない。

「それでね、あなたのためにバイクも買っちゃったんだよ!」

それってどんな論理なの...。
私の感覚がずれてるのだろうか。理解できない。戸惑う。

「今度の週末、ツーリングに行かない?」

「え…、う…うん。」

人は戸惑っている時にお願いされると正しい判断ができないのか、断れないようだ。まぁ、人が悪そうには見えないし良いだろう。ツーリングに付き合ってあげることにした。

そういう訳で、今、この道の駅にいる。

「ここからは気を付けて。結構カーブが深いから。峠の出口で待ってるから、自分のペースで走っておいでね。」

道の駅を出て少し走ると峠道に入った。
私は峠道が大好き。スピードを出さなくてもバイクに乗ってるって強く実感できるから。

緑のアーチを抜ける。左右から緑が迫ってくる。
コーナーの出口めがけて一気に加速する。

バックミラーを見ると、初心者なのに彼女はしっかり着いて来てる。意外に運動神経は良いのかも。

谷に入ると空が見えだした。川沿いに緩やかなカーブが続く。冷涼とした空気に包まれ流す。全身で自然を感じながら走る。バイクの醍醐味。

谷を抜けると、一気に視界が広がった。
視界180度の海だ。

「気持ちいいよねー!」

彼女は本当に嬉しそうに話しかけてくる。

「左右、どっちに行きたい?」

「みぎー!」

海が見えたものだから、彼女はさらにテンションが上がっているようだ。

海岸を左に見ながら走り出す。太陽を浴びた水面がキラキラと煌めく。
遠くまで見渡せる海を横目に海岸線を流すのは最高の気分だ。
もう少し走ればバイクを止めるのにちょうど良い浜へ出られる。そこで休憩しよう。

浜へ着くと、彼女は大急ぎでスマホを取りだし、ヘルメットも脱がずに撮影大会を始める。

海をバックにパシャリ。
バイクを並べてパシャリ。
バックミラーを覗き込んでパシャリ。
自撮りでパシャリ…。

どちらかと言うとバイクよりも自分を撮っている。どうやらバイクに乗っている自分に酔っているようだ。まぁ分からなくもない。私も最初はそうだった。

「女子ライダーってカッコいいよね!」

彼女は無邪気にそう言った。

「もともとバイクには興味があったんだけどね。あなたを見たときに、絶対ライダーになるって決めたんだ。」

青から紫へと変わりゆく海を眺めながら彼女は呟いた。

一人のツーリングは無言で自分と向き合えるのが良かった。
ゆっくり俯瞰して状況を見つめ直す大切な時間だった。
そして、誰にも邪魔されない孤独が心地良かった。

でも、仲間がいるのも悪くない。

「さ、行くよ!」

黄昏時に響く波音を背に、私たちはまた走り出した。

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