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EP009. あなたになら息子を任せても良いわ

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「やっぱりこれじゃないかも。んー、何着て行こう…」

昨日さんざん迷って着ていく服を選んでおいたはずなのに、いざ出掛ける時になると、この服で正解なのかどうかが分からなくなってまた迷い出す。大切な用事で出掛けるときなんて、それはもう迷って迷ってなかなか出掛けられない。あぁ、私の悪いクセだ。

今日は彼のお母さんとお姉さん、彼、私の4人でお食事。

一度、彼の家に招かれた時にご挨拶はさせていただいたので初対面ではない。
でも、じっくりお話するのは今日が初めて。まだ婚約はもちろん結婚の話すらしていないけど、やっぱり彼のお母さんに気に入られるかどうかはとても重要。かなり緊張する。久しぶりに会うので、余計に緊張する。

彼と私はお母さんたちより早くレストランに着いた。予約の時間まで少し余裕がある。レストランで待っても良かったんだけど、とっても天気が良いし、すぐ近くの大きな公園にバラ園があったので、彼とそこで時間調整をしようということになった。

バラ園にはたくさんの大輪のバラが咲き誇っていた。
定番の深紅のバラはもちろん、最近はマットな質感やシャビーな色もあって、咲き乱れるバラはとっても美しかった。

「あのパーゴラの下に座ろうよ。」

噴水の前にあるバラに囲まれたベンチが空いていたので、私はそこを指さして言った。

さあベンチに座ろうというとき、何だかベンチが濡れているように見えた。どうやら赤ワインがこぼれているようだ。誰かがバラを見ながら楽しんだんだろう。ベンチの脇にワインボトルが転がっている。

しかし彼は気付いていない。知らずにそこへ座ろうとしている。

私はとっさに彼の腕を抱えて、彼が座れないように精一杯の力で引き上げた。

「え?何?」

彼は戸惑っていたが、私はバッグからウェットティッシュを取りだし、手際よくベンチをキレイに拭き上げた。

「どうしたの?拭かないといけないほど汚れてたの?」

彼は呑気だ。ほんの数秒前は赤ワインの上に座ろうとしていたのに。
でもそんな呑気さが心地良くて付き合ってるんだけどね。

「うん、ちょっとね。」

彼を座らせ私も彼の隣に座った。
お母さんに会う前で緊張していたこともあったけど、あまりにもバラがキレイだったので、何も話さずにただバラを眺めていた。

「そろそろ時間だね。」

彼の言葉をきっかけにレストランへ向かう。

「ご無沙汰しています。」

そんな挨拶も言い終らない内に、お母さんにグイっと腕を引っ張られて、レストラン脇に連れていかれた。

「さっきの見てたわよ。」

小声でお母さんが言った。

「え…何…が…です…か?」

私は突然の出来事に意味が分からず、シドロモドロになる。

「あなた、やるじゃない。」

私はなおも意味が分からず、微笑むことしかできなかった。
いや、微笑んでるつもりだっただけで、きっと顔は引きつっている。

「さっき、バラ園にいたでしょ。息子が汚れたベンチに座ろうとしたのを止めたじゃない。なかなかできないわよ。やるわね。」

お母さんたちも早くレストランに着いたので、バラ園を散策していたようだ。

「とっさに機転を利かせられるのって重要よ。あなたは息子のためにさっと動いた。そしてベンチをキレイにして息子を座らせた。完璧ね。」

サングラス越しでも分かる。目を閉じてさっきのシーンを思い出しているようだ。
お母さんは目を開くと、私の肩に手をかけて耳元でこう呟いた。

「あなたになら息子を任せても良いわ。」

お母さんを見ると、少し上げたサングラスの下からウインクしている。

「行くわよ。」

お母さんは私の肩を、ポン、ポン、と2回軽く叩くと、お姉さんと彼を連れてレストランへと入っていった。

彼のお母さん、キザでお高い感じが最初は苦手だった。
でも今は何だかカッコいい。イケてる姉って感じ。
ウインクは…、うーん、まぁ、目をつぶっておこう。

キザなところがカッコ可愛いお母さん。
この人とならうまくやれる。そう確信した。

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