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EP006. あなたがいるからこのお店に来てるのよ

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「もう!別のスタッフを呼んでちょうだい!あなたじゃだめなの!」

またあの患者さんだ。
ベテランの先輩でも手を焼く気難しい患者さん。今日の担当の先輩はこの患者さんと相性が悪くて、いつも怒鳴られている。私はまだ担当したことはないけど、できればこのままずっと担当したくないタイプの患者さんだ。

私はこの整体院で働く整体師。
自分の施術で患者さんに喜んでもらったときの充実感がたまらなくて整体師を続けている。大好きな仕事だ。

ただし、精一杯頑張っても良い仕事ができないこともある。
多くの患者さんには満足していただけるんだけど、中にはウマが合わなくて満足していただけないことがある。直接肌に触れるからだろうか、相性の良し悪しが結果に影響しているみたい。

ある日、遂にあの患者さんを私が担当することになった。
怒鳴られたくない。相性が悪くなければ良いけど。

施術中、私は患者さんにリラックスしていただくために、負担にならない程度に会話するよう心がけている。

「当院へはよくお越しになられますね。何度かお見かけしたことがあります。」

差し障りのない会話を始めてみた。

「よそが混んでるからここに来てるだけ。仕方なくここへ来てるのよ。」

なかなか厳しい返しだ。やはり気難しい。

「今日はあの人は休みなの?あの人とはウマが合わないから、これからもあの人が休みの時に来たいわ。」

あの人とは先輩のこと。相当合わないのだろう。何がそうさせているのか、その理由がとても気になって色々と聞いてみた。すると、色々なことが見えてきた。

この患者さんは一人暮らし。ご主人は10年以上前に亡くなっている。娘さんが一人いるけど、遠く離れた所に嫁いだのでなかなか会えないらしい。

「なんだか私のお母さんみたいだな。」

私は結婚していないけど、田舎に母がいる。母子家庭で一人っ子だった私は、整体師になるために母を残して田舎を出てきた。だから今、母は一人暮らし。一人残した罪悪感も手伝って、一度も連絡を取れずにいる。

世代こそ違うけど、母と似た境遇のこの患者さんに少し親近感を感じた。

それから数日後、またあの患者さんを担当することになったので、田舎に一人残してきた母がいることを話してみた。

「お母さんは寂しい思いをしてらっしゃるわよ。電話ぐらいしてあげなさい。一言でいいから。」

患者さんは母の気持ちを代弁していたんだけど、私には患者さんの気持ちを聞かされたような気がした。

数日後、またあの患者さんを担当することになった。
今回は指名だと先輩が教えてくれた。この整体院では指名を受けていないんだけど、他に担当を希望するスタッフはいないし…と、指名通り私が担当することになった。

「お母さんに連絡したの?」

この前の話を覚えてくださっている。

「はい。連絡したらとても喜んでいました!わだかまりもとけて、数年ぶりに話すことができました。勧めてくださったおかげです。ありがとうございます!」

「だから言ったでしょ。」

嬉しそうだ。自分のことのように喜んでいるように見える。
少し距離が縮まった気がする。

その後も他愛のない話を続け、その日の施術は終わった。

数日後、またあの患者さんを担当することになった。前回同様、指名だ。

不思議だった私は思い切って聞いてみた。

「なぜ私を指名してくださるんですか?」

患者さんは話すかどうか迷っているようだったけど、少し考えてから言葉を返してくださった。

「あなたは随分若いけど、何となく私の娘のように思えてね。あなたがいるからこのお店に来てるのよ。あなたに診てもらわなくてどうするの?それにあなたはとてもお上手よ。」

ベテランの先輩たちでも手こずるこの患者さんに、私は褒められている。
仕方なく来ていると仰っていたのに、今は、私がいるから来ていると仰っている。

気難しい患者さんに認められた!喜んでいただけた!

「やったー!」

私は心の中で歓喜の声をあげた。

自分の施術で患者さんに喜んでもらったときの充実感がたまらなくて整体師を続けている。やっぱり大好きな仕事だ。

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