部屋の外は敵地
私が添乗員をしていて、業務用携帯の次に嫌だったのが、
「オンとオフの切り替えがないこと」
であった。
日中は仕事モードだが、ホテルに着いたら休みたい。客の顔も見たくない。
・・・が通用しないのだ。添乗員の世界では。
私は一時期アンケートに「ホテルですれ違っても添乗員に知らんぷりされた」と毎回のように’不満’をつけられ、何回も上司に呼び出されて怒られた。
しかし知らんぷりをした記憶がないことの方が多かったので、おそらく客が浴衣に着替えていたから本当に気付かなかったのだ。(無関心)
これを防ぐために上司には「ホテルに着いたら業務終了だと思わないように!」と指導されたが、そんな無茶なと思ったので、なるべく部屋から出ないようにした。(これが人見知りの発想)
私はエレベーターで客に会うのが一番嫌だった。(逃げられないから)
添乗員になりたての頃、夜22時頃エレベーターで客に会った。
客は「今日の席は後ろの方だったから酔いそうだった。明日は後ろにしないでほしい。」と言った。
客の名前を確認し、部屋に戻って書いておいた明日の座席表を見ると、その客は今日より後ろの席であった。
22時から座席表を考え直し&書き直しである。もちろん残業代なんて出ない。(こういうの手数料とか時間外料金とか取ればいいのにと本気で思う)
あの時エレベーターであの客に会わなければ、このまま寝れたのに。これの飛行機の座席バージョンもあった。
だから7階とかの上の方の部屋でも荷物がない時はエレベーターではなく階段を使って移動したし、エレベーターで客に出くわしてしまった時は壁に貼ってあるポスターを見てるふりをして背中を向けて客が降りるのを待った。
でも他の添乗員に言ったら、みんなエレベーターで客に会ったら「旅行楽しんでますか?」と声をかけるらしい。(そういえば上司もそうしろと言っていた)
時給が出ていない時間にそんなことするのはごめんである。
また食事中に声をかけられるのも心底嫌だった。
添乗員は客に会わないように(食事会場の混雑防止のためにも)、遅い時間にバイキング会場に行くことが多い。
わざわざ遅い時間まで空腹を我慢して時間を潰してきたのに、そこに自分の客がいると知ったら絶望してしまう。食事くらいゆっくり取りたい。
馬鹿な客は「明日のお土産どこで買ったらいいの?」とか話しかけてくる。頼むからそんな質問は明日バスでしてくれ。そもそも食事中に話しかけるのって失礼だろ。
食事中に話しかけられてうっかり嫌な顔をしてしまい、アンケートに「食事中に添乗員に声をかけたら嫌そうだった」と’不満’をつけられたこともある。
あんたは仕事が終わって飯食ってるときに仕事の話されても笑って聞けんのかよと思う。
でもこれが続けばまた上司に呼び出されるし、仕事が減り、給料も減ることになる。
普通の接客業なら、業務終了後、私服に着替えてタイムカードを押して外に出れば、客と話すことはもうないのに、添乗員にはその切り替えが全くないのだ。勝手に切り替えるとクレームを入れられ、上司に怒られる。
こんな理不尽な仕事が今どきあるだろうか。
変装用の私服を持っていこうか本気で悩んだし、本当に話しかけられたくない時はマスクをして部屋を出たこともある。
同業者に愚痴っても、理解してくれる人はいなかった。みんな麻痺しているのだ。みんなアンケートに踊らされている。数もろくに数えられない、一般常識も思いやりもないような半ボケの老人がチェックを入れるだけの紙切れに。
だから客から解放されるには、部屋から出ないようにするしかなかった。(それでも電話は鳴るが)
部屋でYOUTUBEを見たり、ゆっくりバスタブに浸かっている時だけが本当に救いだった。
食事もついていないときの方が気楽だった。カップ麺を持ち込んで部屋で食べれば誰にも会わない。お酒だって部屋なら堂々と飲める。温泉よりシティホテルに泊まる方がずっと好きだった。バスタブも広いし。WI-FIも必ずあるし。
私は添乗員の仕事を辞めた。コロナが収束したら、今度は自腹で温泉に行って、堂々と食事や大浴場を楽しみたい。もう人目を気にせずに。