捨てる男あれば拾う男あり

そんなわけで好きな人のいる工場2日目。
今日は彼がいるとわかっているから、
安心して張り切って来れた。
いつもこうだったらいいのに。

いつものように彼のいるフロアへ降りた。
どうしてかわからないけれど、
彼とはいつもこのタイミングで目が合う。
今日来たタイミーを一応把握しているのだろうか。
遠くの機械に送られないかハラハラして、
「(彼がいる機械を)やったことある人」と聞かれたらそっと手を上げて当然のように彼の隣に行った。
よしよしと思っていたら、
なんと彼は別のポジションに行ってしまった。
「もしかして避けられた?」とハラハラする。

ほんとこういうところが昔好きだったバンドマンと全く同じなのだ。
彼もサイン会の後の写真撮影の時、
「今日は最前列だから隣で映れるぞ!」と喜んでいたら、
何でか知らないけれどわざわざ後ろの方に行ったりする人だった。

期待と落胆を繰り返すと人は沼に落ちる。


あの時痛いほど学んだのに、
わたしはまた別の沼に落ちているのだ。


それでもなんとか彼の近くのポジションに送られた。
ここは彼の顔を見ながら作業ができ、
大好きな彼の声もよく聞こえるので、
永遠に居たいところだ。(迷惑)

今日も彼はカッコいい。
たまに目が合ったり、他の人と笑って話してるのを見れたら死にそうになる。
ここの人はこれが日常なのか。
うらやましすぎるイケメンワールドよ…!

どうかどうか他のポジションに送られませんようにとハラハラしながら作業をした。
途中で彼がタイミーに何か言いたそうにしてるから目を合わせようとしたけれどわたしとは合わず、
何だろうと思っていたら彼は隣にいたタイミーの女の子に話しかけて一番遠い機械に送った。
よかった。
やっぱり彼はわたしがこの辺にいたいのはわかっているようだ。
その理由まで気づいているかどうかはわからないけれど。

昨日せっかく彼とお話できたので、
調子に乗ったわたしは彼にまた何かあげたくなり、
今朝栄養ドリンクを買ってみた。
わたしは今日ダブルワークでしんどいし、
2本同じのを買って朝からちょっとニヤニヤする。
だから彼に渡したいのだけど、なかなか隙がない。
午前中はいつも忙しそうなのだ。
パートさんもいっぱいいるし、視線も気になる。

わたしの作業が遅かったのか、
ほぼ一人でやっていたからか、
彼が手伝いに来た。
隅っこでやっていたのに、
彼はわざわざど真ん中に作業台をずらして、
しかもわたしが作業してるところなのに、
「ちょっとずらすよ」とか何も言わずに当然の顔をして台を動かしたので、
わたしも無言で台についていく。なんだこれ。
「なんか今日ひどくない?そんなにわたしとふたりで隅っこにいるのやだ?」と思いながらふたりで作業をした。
近すぎて見れない。恥ずかしい。
彼はわたしと手がぶつかるのも嫌なのか、
台からめっちゃ離れて作業をしていた。

それでも仕事の質問をしたら普通に答えてくれた。
「大丈夫」とか、「それゴミだから」とか、
彼はわたしが質問をするといつも2回同じことを繰り返す。クセなんだろうか。

「もしこれがトラックドライバーだったら、
こうやってふたりで作業する時は、
わたしが黙っていてもいつも向こうから雑談をしてくれるのにな」
と思うようになった自分に驚いた。
彼はトラックどころか、
わたしと同じく電車でここに通っているらしい。

再び調子に乗ったわたしは、
「今日本当に6時に来たんですか?」と話しかけてみた。(突然の鋼のメンタル)
彼は笑って同僚と話していた時とは違って、
無表情で距離を置きながらわたしの質問に答える。
機械がうるさくて4時起きなのか5時起きなのか聞き取れなかった。ちっ。
わたしは「これ良かったら飲んでください」と言って栄養ドリンクを渡してみた。
彼は栄養ドリンクをちらっと見て、ありがとうと言った。
ちょっと他の人に見えるところはまずかったかな。
でもわたしまたしばらく来れないからいいや。
初めてお菓子を渡した時は嬉しそうにしてくれたけど、
2回目からは嬉しそうにしてくれなくなったから、
彼にはなんかいつも物をくれるおばちゃんだと思われてるかもしれない。

わたしはなんか満足して、
「今日はもうこれでいいや」という気持ちになった。
これで来週は心置きなく遠征に行ける。
わたしはもしかしたら、
好きな人にちょっかいを出すというミッションをクリアするのが楽しいだけなのかもしれない。
渡すまでは死ぬほど緊張するけれど、
渡した後の達成感がクセになっているのか。
彼と会うといつも日常生活にはない大幅な緊張と緩和を繰り返す。
それがクセになってわたしは抜けられないのかもしれない。

渡した後から忙しくなったのか、
彼はまたどこかに行ってしまった。
途中戻ってきて、わたしに無言で1号機に行くよう目線だけで指示を出した。
「さっき書いた無言のサイン会と完全一致じゃねえか」(前回の記事参照)と思いながら、
わたしはまた好きだったバンドマン(故人)を思い出す。
「今わたしの好きな人に憑依したでしょ」と笑いそうになった。

昼休みの間は、彼のいないフロアに送られた。
同じフロアにいたら彼を見れるはずだった45分、
損することになる。
指示してきたおじさんに、
「空気、いやわたしの気持ち読んでよ」と思いながら、泣く泣く別のフロアへ移動した。
彼から離れて少し落ち着くと、
改めて泣きたくなった。

わたしは彼に会うと不安定になる。死にたくなる。


それは紛れもない事実で、もうどうしようもない。
わたしは普段はこんなに泣きたくなることも死にたくなることもないけれど、
ここに来て彼に会うと壊れてしまいそうになる。
だからきっと彼は付き合わない方がいい相手なのだろう。なんとなくそう思う。勘。

彼のいるフロアに戻って残りは40分。
彼の髪の毛に大きいホコリが付いていて、
ほろってあげたい気持ちでいっぱいだったけれど、
いつの間にか取れていた。
同僚に笑いかける彼にまたノックアウトされ、
上がる時間になると空気の読めないおじさんはいつものように「時間なので」と言ってきて、
わたしが笑顔で返事をするのを待っていた。
これでわたしのお楽しみは終わり。
今月来れる日はあと2日あるけれど、
あとは募集のタイミング次第だ。

昨日の同担の女の子とは入れ違いだったけれど、
帰りに少し話せた。
彼女は昨日彼にいるか聞いたのに、
今日は彼のいないフロアに行きたがっていた。
わたしはきょとんとして「会いたくないの?」と聞くと、
彼女は笑って「別に会いたくない」と言ったけれど、
絶対に嘘に決まっている。

彼の外靴に「次も絶対にいてよ」と全力で念を送って工場を後にした。

今日は夜からもう1つバイトがある。
駅前通りが見える2階のレストランで、
もしかしたら帰宅途中の彼が見えないかと張りながら食事をしていたら、
彼みたいな男の人が女の人とふたりで歩いていて血の気が引いた。
水色のポロシャツに、リュックをしょって、黒い3本線の靴。
彼のスニーカーはいつも見ているけれど、バックのデザインしかわからない。
横に黒い3本線なんてあっただろうか。
できれば今すぐ確認しに行きたい。
おそらくこのビルに入ってきたと見たので、
レストランの人に一言言って見に行ったけれど、
見つけられなかった。
どうかどうかどうか、人違いでありますように。
早朝から来ているのに半袖なわけがないし(リュックに入れてるかもだけど)、
コンバースの靴で黒いラインはあまりないみたいだし(検索した)、
彼よりちょっと太っていた気もするし、
彼はいつもリュックじゃなくて斜めがけのバックで来ているはずだ。
それにこんな職場の近くで女連れで歩くだろうか。
もしかしたら同僚かもしれないし…(そんな雰囲気じゃなかったけれど)
やっぱりここで張るのはわたしには無理だ。
もし女連れの彼を見たらわたしは大通りに飛び込んでしまいそうだ。
こんなストーカーみたいな真似はもうしないでおこう。

そしてそんなことが起こる前の食事中に、
隣のテーブルにいた30代くらいの男性1人客に突然話しかけられ、
電話番号を渡された。
こんなことされたのは初めてだ。こえええええ。

好きな人の電話番号はどう頑張っても聞けないのに、
ひとりで黙ってご飯を食べているだけで電話番号をくれる男の人もいる。
世の中わけわかんねえけど、
彼より好きになれて、
彼より幸せにしてくれる男の人が存在するのなら、
1日でも早く迎えに来てわたしを救ってほしい。