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働きながら博士号を取得しました: 後編

前回に引き続き、社会人博士課程取得までの記録の後編を記載したいと思います。

前編は下のリンクから、企業の研究所からデザインスクールに留学するまでを記載しました。

後編では時系列というよりは、色々とノウハウやどのような生活を送っていたかについてまとめようと思います。

入試について

社会人で博士課程進学となると当然入試が必要になります。このあたりは大学などによっても色々と変わってきます。

就業経験の有無などにより社会人を優遇してくれる大学などもあります。私の場合はやりたい研究をされている先生をみつけて、そこから大学の入試要項を調べるという手順でした。

私が通っていた慶應義塾大学政策・メディア研究科の社会人コースの場合は、事前に受け入れ希望先の教員とコンタクトをとり、研究プロポーザルを作り受け入れ許可をいただくことが出願の条件となっていました。

また入試はそのプロポーザルに関して学科の他の先生方から質問などを受ける面接形式でした。

私の場合は当時先生が海外のサバティカルに出られていたのでメールでコンタクトをとりSkypeなどで留学先から相談に乗っていただきながらプロポーザルを仕上げました。面接は様々な経験をお持ちの先生方から研究や実際の社会人生活との両立についてなど、質問をいただきました。自分なりに回答していくことでなんとか合格することができました。(全入ということはなく普通に落ちるケースもあるみたいです。)

あと英語のスコアなども提出する必要がありました。社会人博士には卒業要件に英語が入るケースも多いので、興味のある人は早めに調べて必要であれば個人で進められる部分は早めにクリアしておくことをおすすめします。大学によっては専門科目の筆記も存在しますのでこちらも対策を先行して進めることをおすすめします。

研究室選びについて

社会人で博士に進学される方には不要な情報かもしれませんが、私の経験から以下の内容などに留意しておくとよいと思う点について下に記載します。

・研究室のDutyについて

 ラボによって色々な決まりがあるかと思います。社会人博士課程というとほとんど卒業までみかけない人もいればいつ仕事をしているんだというくらい常駐している人と様々なケースがあるかと思います。ラボ合宿やゼミの参加などについてはラボのPIが決めたルールに従うのが一般的かと思います。自身のライフスタイルや求めるものに合わせて現実的にラボメンバーとして要求されている内容をこなせそうかをきちんと確認することをお勧めします。

私の場合は、担当教員の方と相談し、ゼミの時間などもありがたいことに定時にあがるとギリギリで参加できるタイミングに開催していただけました。またどうしても業務都合ででられないときは遠隔参加や欠席も認めていただけました。私はゼミに価値をおいていたので、非常に有難かったです。一方でゼミに毎週参加すると、毎週進捗を報告しなくてはいけないことや定時に上がって作業に当てられる日がゼミで消えるので、時間的にはかなり厳しくもありました。

・卒業要件の確認

大学によって卒業要件は大きく変わります。最近は社会人を受け入れて、企業での成果をもとに成果をまとめて、1年で取得できるコースもあるようです。一般的には査読付き論文2〜3本程度が多いかと思います。また単位取得や授業計画といった内容の有無なども確認しておくことをお勧めします。

また研究室によっては大学の卒業要件の他に指導教官の中の基準がある研究室もあるようです。内情に詳しい人をうまく見つけて聞けるとよいかと思います。過去の博士号の排出実績などがあるかなども参考になるかもしれません。

・設備や場所の確認

実際に研究をすすめるイメージを得るためにラボを訪問するのは必須かと思います。どんな環境(設備や雰囲気)で研究を行っているかなどは重要なファクターです。また大学の場所と実験場所が離れているケースなどもあります。実際にどこでゼミを行うのかなど細かい情報まで確認しておくとよいでしょう。

またラボが直接保有していなくても共同研究先など実際利用できる設備や場所がどの程度あるかも知っておくと現実的なプロポーザルがかけるかと思います。

私はラボの近くに引っ越しすることでなんとか時間を確保できる環境を整えました。

・予算状況

研究室の予算状況は年によっても変化します。場合によっては固定資産はおろか材料費などの消耗品も購入するのが困難な可能性がございます。このあたりも指導教官やラボのメンバーと事前に確認しておくとよいでしょう。

・アウトプットの内容

研究内容を選ぶ時点で、ある程度の研究領域などをチェックしているかと思います。あとはPublication Listをみて、ある程度の期間コンスタントに(メンバーをふくめて)成果がでているか。自分がターゲットとするようなジャーナルや国際会議にきちんと通せているかはラボを選ぶ上で参考になるかと思います。

アウトプットの形態もラボによって様々なので、自身のスタイルに合うかなどチェックしておきましょう。

また発表内容が共同研究先とのみでないかなども見ておくと良いかもしれません。

会社生活との両立について

社会人であると仕事との両立が必要になります。これは会社から取得を進められているのか、職場や家族など周りの理解があるかなど色々なファクターが絡みます。

私の場合は、会社は特にサポートなしのフルタイム勤務、費用は自費で夜間や土日、有給などを駆使して通う。修士までとは別のラボと分野という状況でした。当時は結婚もしていて、妻もフルタイムでしたが子供はいませんでした。

会社は裁量労働制でしたが毎朝ミーティングがあり、プロジェクトを持っていたので定時であがれるのは無理やり業務を調整して週1.5日程度という状況でした。

家族には3年を目標にしばらく遊べなくなるが、どうしても取りたいので頼むとお願いして認めてもらいました。

当然時間は普通にやると足りなくなるので、最初の2年はラボの近くに住みました(正直この期間がなかったら卒業できなかったと思います)。これによって一度家に寄ってからラボにいくと終電リミットがなくなるという技が使えたので実験が長引くときなどはありがたかったです。

学会の直前などはかなり追い込まれたので、有給を使いながら数日間泊まり込むといったこともありました。これは精神的にも体力的にもかなりきつかったです。実は前編と後編の更新が少し空きましたが、ちょうど大学の成果をまとめていて4日間ずっと泊まり込みでした。やはり時間的に無理なことをしているのでどこかでこういった歪みはでてきてしまうかもしれません。

途中で子供を授かりました。生まれた直後はどうしようもなくなり、半年間休学しました。休学中は学費が抑えられるので助かりましたが、そのタイミングでラボから少し遠いところに引っ越ししたのでまたリズムを掴むのがなかなか大変でした。

特に妻が育休から復職してからは子供の送迎なども分担することになり、進捗速度がかなり低下しました。

結局途中で転職してフルリモートがOKの会社になったことで最後の博士論文執筆や実験などのスケジュールをうまくやりくりできるようになりました。

このあたりの時間の捻出は個人ではどうしようもできない部分があるので仕事や生活環境を含めて自分や家族に無理がかかりすぎないように、時には休学などのシステムも上手く使ってやりくりすることが必要かと思います。

社会人をやりながら卒業するためのTips

ここは私個人のコツみたいなものをいくつか紹介します。

シナリオをあらかじめ予測する

大学院生時代と比べてラボで過ごせる時間は大幅に減少します。言い換えるとラボにいる時間や指導教官やほかメンバーと話せる時間は非常に貴重です。そのため基本戦略としてはラボでしかできないことをラボですることになります。

このときは行う実験やその結果がもたらすシナリオを事前にどれだけ想定できるかがポイントとなります。このあたりは会社の業務と同じかもしれません。いかに移動時間や自宅での作業中にこれらの詳細なシミュレーションができるかが、成果を出せるかに直結するかと思います。

またこのときにでた実験結果に合わせてどのアウトプットにつなげるか場合によっては諦めるかといった判断も含めて考えることも所定の期間内でPublishしていくには重要です。

例えばUISTのフルペーパーのこちら下のプロジェクトは実は実験は2日、アプリ実装1日、執筆2日半、動画撮影1日半で行っています。

http://snakamaru.info/portfolio/foamsense/

これは実作業時間以外で色々と想定しながら作業したため非常に短い期間でまとめられました。このあたりはまた余裕があれば詳しくコツを書いてみたいと思います。

アウトラインを早めに書く

研究のアウトラインを早めに書くことをオススメします。リズムがつかめない、結果が出る前だと、ついシナリオが後回しになりがちですが最初にある程度のシナリオを作り、そのフォーマットに合うように実験をして、結果に合わせてシナリオ自体を書き直していくといったプロセスが私のスタイルにはあっていました。80%を何度も作りながら修正していくイメージです。

デモをしやすい構成を考える

これはHuman Computer Interaction特有かもしれませんが、度々デモを行う機会がありました。デモや展示は多くの研究者やお客様に感想をいただけたり、反応を直接見られたりと貴重な機会なのですが、準備が意外と大変です。簡単にデモのセットアップができる構成を意識してシステムを組んでおくと最終的には時間を大きく節約できます。

論文はまず数をこなす

論文は当然たくさん読むことになるとおもうのですが、分野がかわるとなかなか理解しにくい部分もあるかと思います。完璧に理解したくなるのですが、ある程度研究の位置づけ、結果、コンセプトを理解する形で関連研究を読み進めてマップしていくと、あとから急に理解できるようになる場合もあります。私としてはある程度数をこなして全体像を把握した上で必要に応じてそこから辞書のように調べて深堀りするのをお勧めします。

適切なツールを採用する

文献管理のMendeleyやReadcube, 執筆にはOverleaf, ラボ内の情報伝達にはSlack, 研究室のマッピングなどにはPinterest, 研究の記録にはNotionやScrapbox, 実験データのバックアップにクラウドストレージ(Dropbox, Google Driveなど)・・・

といった具合に適切にデジタルツールを使っていきましょう。このあたりについてはまた機会があれば詳しく書きたいです。


卒業してみて

実際に3年半の間様々な人のサポートをいただきながらなんとか続けられたというのが正直な感想です。

公聴会の前日に手足口病をもらって40度の熱がでたり、最終発表の月にかぎって家族が入院したり・・・なんでこんなときに・・・といったイベントがたくさん起こりました。

また、自身の取り組みを一つの概念として整理・統合していく作業などは楽しいですが独特のかなり辛い作業でした。当時はかなり苦しみましたが、やっと思い出が美化されつつあります。

ただ振り返ってみると30歳を超えてもう一度学生として、会社とは別の自身の興味に立脚したテーマに向かい合えた日々は本当に貴重で青春していたなと年甲斐もなく思えます。

少なくとも修了した今は入学したときよりも、やりたいことは更に増えて、ここから先の挑戦が色々と楽しみな前向きな気持ちになっています。またこの3年半を通じて会社での仕事だけでは知り合えないたくさんの人達に出会えたことは今後の人生においてもかけがえのない財産になるかと思います。

もし社会人博士への進学を迷っている方がいらっしゃれば、ぜひ一歩を踏み出してほしいと思います。研究が楽しいと感じたことがある人にとっては、きっとまた青春が味わえるかと思います。

以下おまけ

社会人博士の進学は自己投資としてはどうか?

ポエティックではなく、もう少し実利的な意味で良い選択になり得るか私見を書いてみます。有料(100円)記事ですが、もし売れたら3Dプリンタのフィラメント代などになり、最後は子供の玩具になる予定です。(1475字)

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