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「博士の愛した数式」 小川洋子作 を読んで

 

 今回、小川洋子作の小説、「博士の愛した数式」を紹介します。

 ぴったり80分しか記憶が持たない「博士」、それが故に常に「新しい」家政婦である「私」、「私」の息子の「ルート」の過ごす日々を描いた物語です。

 この3人は、博士の専門である「数学」と、ルートと博士が大ファンである「阪神タイガース」を介してつながっています。この二つが物語のエッセンスとなり、心温まる交流が描かれています。

 ちょっとしたことで気づかぬうちに落ち込んでしまっているとき、一人になりたいとき、この素直であたたかい文章に私も元気をもらっていました。

 読んだあとは、少しせつなく、でもほんのりあたたかい気持ちにつつまれることでしょう。

〇博士が「私」と「ルート」をつなぐ「数学」~素直な言葉を紡ぎだすこと~

 私にとって一番印象的だった「数学」を通した交流について書きます。

・物語の中の3人の交流

 博士は記憶が17年前のある時から、80分しか持ちません。80分後には自分で背広に貼ったメモ「僕の記憶は80分しか持たない」を見て、毎度現実を知るのです。つまり、記憶を積み重ねることができないのです。

 さて、博士は、他人と会話するとき、「君の靴のサイズはいくつかね」とか「君の電話番号は何番かね」など、数字で答えられるべき質問をします。

 多くの人々にとって、電話番号だと靴のサイズだのは「ただの数字」、量を表現するための手段でしかありませんが、「博士」はその数字から、数学的な見地から何かしらの意味を見つけ出し、言葉を返します。これは、「博士」が他人と交流するために編み出した方法です。

 人はここで、「博士」が、学校で嫌々数学を勉強させられたと思っている多くの人々にとっては訳も分からない、極めて専門的な数学の定理など朗々と語り始めるのかと想像するかもしれませんが、そうではありません。

 「博士」の返答は数学の知識を見せびらかすような嫌味な要素は全くなく、数字に対する慈しみが素直に感じられます。あたかもその数字に特別な意味があり、それに関わっている自分がまた特別な境遇にいるかのように思え、その数字がとても愛おしく感じられます。

 「私」や「ルート」は「博士」の言葉を素直に受け入れます。特に「ルート」の発する言葉は子供らしくとても素直で良いです。「私」も「博士」の慎ましく語られる数字に対する言葉に興味を持ち、その度々に様々な感情が生まれています。

・読んだ感想~現実とのギャップ~

 このような素直なコミュニケーションは、私自身は経験する機会がなかなかないと思いました。

 仕事や学校で義務的にしなければならない会話。人にどう思われているのか気にしながらの会話。嫌われぬよう、明日も無事にこの関係が続くよう配慮した会話。なかなか素直に言葉を発する機会はないし、そのようなことをしたことがないので、おそらく意識してもできません。好きなことを好きということはしないですし、していることや熱中していることについて自分から話すことはあまりありません。なぜなら、それによってそれまでの人との関係に変化が生じるのが怖いし、面倒だと思ってしまうからです。

 自分で素直で言葉にしないようにしていると、いざしようとしてもできなくなってしまうように思います。良くないサイクルに陥ってしまうのではないでしょうか。

 素直に言葉を発することは周りとのあたたかい交流を生み出すと思います。例えば仕事中に何かちょっとしたいいことが起きたとき、それを素直に言葉にする人がいたら、周りもその言葉を素直に受け入れ、喜びを多少なりとも共有することができると思います(一部の人はうるせえと思うかもしれませんが)。素直に言葉を発することは、周りに良い効果を波及させることができます。私はそれができないですが、そういう人に遭遇するととても素晴らしいと思います。その素晴らしいと思う心を持ち合わせていることだけは救いだと思っています。

 素直に言葉を発しなくなり、忖度にまみれた言葉ばかり発するようになりましたが(それもうまくいっていないが)、思い返すと、素直に言葉を発し、思いのまま表情にしたときは、物事は一気に良い方向に進むことが多かったように思います。その先には時にしんどい出来事もありますが、振り返って総括するとたくさんの学びや思い出が生まれていました。

 この小説から、素直に言葉を発し、伝えることの素晴らしさについて考えることができました。

〇小説で心打たれることの良さ

 読書の感想からはズレますが、これも思ったことなので書きます。

 人間だれしも、何かに悩むことは少なくないと思います。

 自分の認識している課題をどう解決するか、人は、実用書などを読んで実践しようとすることもあると思います。

 それはとても大事な姿勢だと思いますが、小説という架空とはいえ人物が登場し、背景があって舞台があって、登場人物の行動によって構成されている文章に触れることで、人は心を打たれ、自分の中の何かを変えることができます。

 作者によるきめ細やかな取材に基づいた小説は大変勉強になることが多いです。

 私はこれは小説の大変大きな魅力だと思っています。

 フォロワーであるマーさんの書いた、エビデンスに基づいた説得力ある素晴らしい記事を、本人の許可を得て引用させていただきます。私も共感しています。彼の他の記事も読んでみてください。なんと、毎日更新中です!

 以上、まとまりない文章になってしまいましたが、眠くなったのでこれで終わります。

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