蕾に気付いた娘たち
戸惑い
長女の卒園式、そして入学式。指折り数えて待った節目は、桜前線とともに颯爽と過ぎ去った。そんな晴れやかな卒業の裏で、予期せぬもう一つの卒業が突風のように訪れた。
3月下旬のことだった。夕飯前、うたた寝をしている娘たちと、料理に蓋をし、出来上がりを待つ妻。私はスーツから部屋着に着替え、手持ち無沙汰にスマホを眺めていた。静寂の中、唯一しゃべり続けていたテレビのアナウンサーが「大手スポーツクラブ大量閉店」というニュースを読み上げた。
閉店、廃業というニュースが続いている。慣れることは無く、仕事柄、それぞれの背景や影響を考える。ニュースの途中でも、詳細を知るために、新聞の電子版を見たり、情報を検索したり。しかし、この時はただ呆然とニュースを眺めていた。税理士としてではなく、父親として眺めていた。
妻に話しかけようと振り向くと、スマホを見ながら察した声で一言。
「5月で無くなるって」
呆然としていた私に対し、妻はニュースの途中で、子どもたちの通う施設が該当するか否か、調べていた。毎週通ってきたスポーツクラブが無くなる。
「で、でも先週改修工事していたよね?」
「うん。薦められて新しいコース申し込んだばかりだけど」
全国展開している施設だから、目の前の情報を並べたところで意味がないことを理解しつつも、あまりに突然のことで戸惑いの言葉しか出てこなかった。コーチや受付、現場の方々も直前にこの情報を受けたのだろう。
このご時世で、スポーツクラブ。贅沢な悩み。
しかし、娘たちが楽しんでいる日常が変わる。大好きなコーチたちとのお別れ。子どもたちはどう思うだろうか。戸惑いの根源はそこだった。
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切り替え
我が家の習い事のスタンスは、子どもたち主導。これはポリシーというような立派なものではない。もともとは、親主導でおすすめの習い事を猛アピールした。しかしピアノも英会話も本人たちが乗ってこないのでやめたという結果論である。大人になった時「なんでピアノ習わせてくれなかったの!」と恨まれてもしょうがない。パパだって「もしもピアノが弾けたなら」と夢見ることはあるけれど、その後一度もやってみようとしてこなかったのだから、好きこそものの上手なれさ。
そんな娘たちが、唯一選んだ習い事がスポーツクラブだった。通っている総合的なスポーツクラブには様々な種類の運動塾がある。3人の娘たちにそれぞれやりたい競技を選ばせた結果、妻と子どもたちは週の半分以上、そのクラブに通ってきた。
娘たちにスポーツクラブが無くなることを話した。
長女は「なんで?!」と驚いた。4歳の二女、三女は一度話しただけでは理解していなかった。とりあえず、それぞれの競技ができる場所、通える場所をコーチと相談しながら調べていった。報道の後、クラブには中学生や高校生が頻繁に訪れるようになったらしい。卒業生たちが友達と連絡をとり、コーチに会いに来ていた。そんな様子に、娘たちは次第に状況を理解していった。
娘たちにスポーツクラブが無くなった後、どうしたいかを聞いた。子どもたちの決断は、今までのように競技を掛け持ちしたり、姉妹で習うのではなく、それぞれの得意なスポーツに絞り、その専門クラブに通いたいというものだった。一番好きなスポーツがもっと上手になりたい。親としては、選手になるわけでもないなら、色々なスポーツを経験するほうが良いのではないかとも思ったが、本人たちが決めたこと。1年持たずにやめるかもしれないけれど、夢中な時があるならそれがいいだろう。次第に夫婦でも前向きに、転機なんだろうと捉えられるようになった。
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気付く
スポーツは、一流の人にしか何かを与えてくれるわけではない。私も学生時代、凡人の水泳や凡人のサッカー、凡人のテニスなどをやってきた。そんなTHE 凡人にもスポーツは楽しさ、つらさ、嬉しさ、悔しさ、汗をかく気持ちよさ、汗か涙か分からないほどの苦しさ、友情、先輩後輩、先生などなど。与えてくれたもの、気付かせてくれたものを挙げていけばすぐ100個集まるだろう。
娘たちも、すでにスポーツから色々なものをもらっている。最近、驚いたことは、自己紹介だ。好きなことはなに?の問いに、それぞれの「得意なスポーツ」を挙げるようになった。以前は「おままごと」とか「お絵かき」とか遊びで答えていたのに、習っている競技が自分たちの個性の1つだと認識し始めているのかもしれない。
今月に入り、新しく入会するそれぞれの専門クラブへの体験を済ませた。今までよりもレベルが高く、練習内容は濃く、テンポも速い。やっと習得してきた動きも、ここではできて当たり前の空気。「やっぱりやめる」と落ち込むかなと思いきや、終わった後に「すっごく楽しかった!」「頑張りたい!」という答えが返ってきた。その日の夜から、自宅でもそれぞれの練習に励んでいる。
蕾に気付いた娘たち。
梅は蕾より香あり
こんな諺を出すのはただの親バカだが、まぁでも、梅だろうがなんだろうが蕾がつくだけで、嬉しいこと。咲いたら素晴らしい。咲かなくとも次の蕾に繋げていこう。
今、小さくとも自信や向上心をスポーツで教わる娘たち。
そんな「最も身近なスポーツ観戦」で、私は元気をもらっている。
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