めんこちゃんじじい

今日はふと思い出した「めんこちゃんじじい」の話。

今の住まいに引っ越してくる前に住んでた家が、
なかなか気に入ってたんだけどね。

賃貸マンションで築年数は古かったけどリノベされてておしゃれな壁紙とか貼られててさ。
何より立地が良くて近くに全部そろってて便利だったな。
マンションの1階だから買い物した時も楽ちんだし冬は除雪もしてもらえて。


一番いい季節は春。

窓から満開の桜が見えるんだよね。
雪解けのつぼみの時期から満開まで、更には桜吹雪までを家にいながらお花見できちゃう贅沢な見晴らしだった。


一番の問題は狭かったこと。

五人家族になり、子供達が大きくなって家の中ですれ違う時も肩がぶつかったりして「どこ見て歩いてんだよぉ!?」「は?おめーどこ中だよ?」なんてやり取りに笑えたのも最初の数回だけ。

歩けば人や家具にぶつかったり、成長につれ増える子供たちの物の収納場所が足りなくなったりのストレスが増えて今の家に引っ越したんだよね。


今は各自の部屋がある家に引っ越してストレスも喧嘩も減ったけど、たまに前の家に戻りたくなる時がある。

それはふとめんこちゃんじじいを思い出した時。

北海道の方言で「めんこい」という言葉がある。
【めんこい=かわいい】の意味だ。


まだ末っ子が歩き始めの時、よく家の周りを散歩していた。
当時小学生の長女もよく付き合ってくれていたな。

その散歩ルートに、古めの一軒家があってね。
灰色っぽい外壁に赤い三角屋根のそのおうちの前にはよくおじいちゃんが立っていて。

作業着風パンツに白のタンクトップ、足元は長靴。
アクセントに年代物の派手なキャップを着用していた。
肌寒い時期はこれにジャージ上がプラスされていた。
きっとそこの家主なんだろう。

何をするでもなく家の前に立っていて、私たち親子が通ると毎回決まって子供たちに「めんこちゃんだなぁ。本当めんこちゃんだ。めんこくってじいちゃん涙出るよ。」と声をかけてくれるのだ。

大体語尾が「涙出るよ。」「涙出るわぁ。」かの違いでbotかと錯覚するほど決まってこの言葉をかけてくれる。


念のため説明しておくと血縁者でも顔見知りでもなく、本当にただ近所に住んでいるだけの他人だ。

このご時世なかなか知らない人に声をかけられることもないので、初回こそびっくりして
「ありがとうございます~。(子供に)良かったね~。」
なんて言いながら通り過ぎたのだが、二回目に同様に声をかけられたときにめんこちゃんじじいの方を見てみると本当に泣いていたのだ。


めんこくって涙が出るのはお世辞でも誇張表現でもなく、本心だったとわかり、前回一瞬でも(危ない人かもしれない)と思った自分を恥じた。

名前も知らない他人の我が子を見てかわいくて泣いてくれるじじいの心が綺麗すぎて、私の心はポッカポカだ。
そして私は心の中でそのおじいちゃんに「めんこちゃんじじい」とあだ名を付けた。


その日以降私は散歩のたびに今日はめんこちゃんじじいに会えるのかどうかで頭がいっぱいだった。

自我が芽生えたての末っ子の意向で違う散歩ルートに変更される日もあれば、雨で散歩を断念する日もあったり、めんこちゃんじじいに会えない日は心なしか物足りない気分になった。

そして数日ぶりに会えてお決まりのセリフをかけられたときは満足感でいっぱいだった。


思い返せば当時保育園に入れず、かといって子育てサロンなどには行くのが面倒で外界の人と接触が減っていた私には数少ない他人とのコミュニケーションだった。

LINEで待ち合わせをするでもなく、何か情報を聞かれるわけでもなく、毎回同じやり取り。
「何回も会ってるけど覚えてないのかな?」と思ったことはあるけど、そんなのどうでもいい。
ただただ「めんこいなぁ。」と涙を流してくれるじじいに当時の私は救われていたのだ。


その後末っ子も無事保育園が決まり私も復職。
一気に生活が慌ただしくなりあの時間に散歩することはなくなった。
保育園の行き帰りにめんこちゃんじじいの家の前を通ってみるも、その時間に外には立っていないようだった。

毎日を生きるのに必死でめんこちゃんじじいの存在が脳内でどんどん小さくなっていった頃、私たち家族は引っ越すことになる。


引っ越しの日、めんこちゃんじじいの家の前を通ったとき「もう会えないのかな」とふと寂しい気持ちになった。
でも急にピンポンを押して「引っ越すんです」なんていう間柄でもないよな・・・なんて考えながらその場を去り、また新たな場所で慌ただしい日常が始まった。


今でもふとした時にじじいの泣き顔を思い出す。
笑ってるけど泣いてるあの顔。
もう末っ子も大きくなっちゃったから、今会ってもわからないだろうな。
会ったら同じセリフ言ってくれるかな。

元気に過ごしてくれてるといいな。


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