ギレリスとリヒテル

エミールギレリスと言う人は、若い頃から新進気鋭のピアニストで、「鋼鉄のピアニスト」と呼ばれるぐらいどんな難曲も楽譜に正確でかつ力強く弾く人だったが、生前「自分はリーヒチェルにはどうしても及ばない」というコンプレックスを抱えていたそうだ。確かに彼の中期の録音はそう言わざるを得ないものがある。かつてショスタコーヴィチが(ショスタコーヴィチ自身ピアノの名手であった)、ある有名なピアニストに「自分はどうしても一流になれない」と言われ、「あなたは主旋律ばかり強く弾くからだ。第二旋律、低調音なども丁寧に弾いたらどうか」とアドバイスしたそうだが、私はそのピアニストとはギレリスではなかったかと疑っている。



今夜私が聴いているのはギレリスによるベートーヴェンチクルスの最後の方、ピアノソナタ30番、31番だが、この頃ギレリスもベートーヴェンも老境に達している。この録音におけるギレリスには、鋼鉄のピアニストなどと言う形容は全く当たらない。深く深く己に沈溺していくベートーヴェンを、ギレリスも深く深く追いかけている。実はリーヒチェルもこの曲の録音があるのだが、この録音でもしかしたら私はギレリスはリーヒチェルを凌いだのではないかと思っている。

注;リーヒチェルというのは一般に言うスヴャトスラフ・リヒテルの事です。彼はウクライナ系ソビエト人ですが、その綴りはСвятослав Теофилович Рихтерで、先日どなたかがご指摘下さったようにтеはロシア語でもウクライナ語でもチェと発音しますのでここではその様に記述しました。ロシア語風に言えばスヴャトスラフ・チェオフィーロヴィチ・リヒチェルとなります。なおギレリスはЭ́миль Григо́рьевич Гилельсでエミーリ・グリゴーリエヴィチ・ギーレリスです。ちなみにギレリスもオデッサの生まれですからウクライナ系と言うことになります。

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