治せない人・アメリカ人の健康観

あゆみ野クリニックのオンライン漢方診療は、おそらくその診断レベル、使われている生薬の質などから見て、保険適応のオンライン漢方診療の中では全国でも群を抜くレベルだと思います。オンライン漢方診療を謳っていても、実はツムラなどのエキス剤が中心という所は多く、そういう所はたいした効果は期待出来ません。あゆみ野クリニックのオンライン漢方診療は保険適応の煎じ薬を基本としていますが、その煎じ薬の材料となる生薬を佐橋佳朗先生という日本における生薬目利きの第一人者が行っています。およそ保険で使える限りでは最高品質の生薬という事になります。



しかしそんな当院のオンライン漢方診療も、万能ではありません。先日ある方が当院のオンライン漢方診療を受診されました。話している内から「この人の治療は難しそうだな」という印象は持ったのですが、診療が終わってその人の処方を考えている時本人からお電話がありまして、「実は10種類以上のサプリメントを飲んでいますが漢方薬との飲み合わせは大丈夫でしょうか」というのです。



それで私は匙を投げてしまいました。10種類以上のサプリメントを飲んでいるという事は、その人の「健康観」、漢方風に言えば「養生観」が根本的にゆがんでいるという事です。もちろんその人は健康になりたいと思っているからこそサプリメントを飲んでいるのでしょうが、10種類以上を併用しているというのは明らかに異常です。漢方薬との飲み合わせ以前の問題です。「健康になるとはどういうことか」が根本的にずれているとしか思えません。



こう言う人には、どんな適切な漢方薬も全く予期せぬ反応を起こします。正しく弁証し、正しく処方を選択しても、思いも寄らぬ反応を起こすのです。だからこう言う人は治療出来ません。



もちろんどんな患者さんにも一定の養生法の指導はします。夜はきちんと決まった時間に寝てくださいとか、休みは定期的にとって下さいとか、食事は偏らないようにとか、それぞれの人に合わせて養生をお話しします。しかし「健康観」が根本的にずれてしまっている人は対応不可能です。そしてそういう人の心身は非常にゆがんだ状態になってしまっており、西洋薬にしろ漢方薬にしろ、薬は正常に作用しません。



養生に欠けたところがある人を漢方薬で補うことは出来ます。この人はストレスを溜め込みすぎているなと思えば、ストレスを流すような生薬を入れます。この人は身体を冷やしすぎていると思えば、温める薬を使います。しかし誤った健康観に染まりきってしまった人の心身は、どう薬に反応するか想像が付きませんので、オンライン診療は不可能です。



ところでサプリメント10種類というと大抵の日本人はぎょっとするでしょうが、アメリカ人は平気で飲みます。アメリカのサプリメントって一つのサプリに色々な成分が入っていますので、3,4種類のサプリを飲んでいれば普通に十数種類の成分を摂っていることになります。そしてそういう人はざらにいるのです。



これはアメリカ人やアメリカ社会の色々な特徴というか、病弊を反映しています。アメリカはともかく自己責任の社会です。健康もその一つです。オバマケアがさんざん反対されたように、アメリカ人は「自分の健康は自分で守るのだ」という概念が、グロテスクなまでに発達しています。自分の健康は自分で守ると言えば至極もっとものようですが、これがアメリカ人になると「そのためにあのサプリもこのサプリも飲んで、ありとあらゆる補完代替医療に手を出す」ことになるのです。スティーブジョブズが癌で亡くなる時標準治療を拒否して日本なら「トンデモ」と言われるような色々な治療法に手を出し、結局効なく亡くなりましたが、日本人なら首をかしげるああ言う行動は、アメリカ人からみると当然なのです。



これはアメリカ人個人に留まりません。そもそも「補完代替医療(Complementary and alternative medicine, CAM)」という言葉を作ったのはアメリカのFDAです。定義は極めて単純で、「FDAが公的医療と認めている以外の全ての治療手段」がCAMです。つまりそこには中国伝統医学やアーユルヴェーダのような長い歴史を持つ伝統医学から、足の裏健康法や手かざし療法までありとあらゆるものが入ります。この金の壺を買えば病気が治るというのもCAMなのです。つまりFDAという役所にはそれらの区別が付かなかったのです。FDAが公式に認めていないがアメリカで実践されている治療法は全てCAMと言うわけです。



日本人はアメリカに弱いので、この補完代替医療の考えはあっという間に日本にも広まり、日本にも補完代替医療学会というのがあります。1度だけのぞきに行きましたが、「およそ全ての怪しげな治療法はここにある」と言ってよいと思いました。手かざしあり、波動あり、瞑想あり、ヨガがあり、マインドフルネスとか言うのもあります。何でもあるのです・・・公的医療以外は。



日本の補完代替医療は完全にアメリカの猿まねですが、そのアメリカ人というのが如何にナイーブ(英語のナイーブというのは褒め言葉じゃありません。幼稚という事です)かの実例を一つお示ししましょう。



もう随分前に、超有名医学雑誌ランセットに、「祈りは癌末期患者のQOLを高めるか」という論文が載りました。何をやったかというと、癌末期の患者に本物の牧師と(アメリカですから牧師ですね)、牧師と全く区別が付かない民間人がそれぞれに同じやり方で祈ったのです。どちらが本物か偽物かばれてしまえば差が付くのは当たり前ですから、偽牧師も全く本ものと区別が付かないやり方をしっかり習得し、真剣さも全く同じように祈りました。その結果は、どちらが祈っても患者のQOLの程度は変わらなかったというのです。



この研究の馬鹿らしさは日本人ならすぐ分かるでしょう。祈りというのは、その祈りの行為そのものが大事なのです。本物が祈ろうが偽物が祈ろうが、全く同じ格好をして全く同じやり方で全く同じ真摯な祈りをすれば、効果は同じに決まっています。もし神の実在を信じる人であれば「誰が祈ろうと真摯な祈りに神は等しく宿る」と説明すれば良いです。それを「本職の牧師と偽物の牧師は一切見分けが付かないやり方で祈ったのであり、これは二重盲検ランダム化比較臨床試験である」と言ってランセットに載せた。しかも国家予算を使っての研究でした。こうなるとEBMもどこか滑稽であります。



ある患者さんの話から話題が膨らみすぎました。ともかく健康観がゆがんでしまっている人は、いきなりやれ漢方だ、西洋薬だとやっても治らないという事です。

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