高齢者医療におけるポリファーマシー

私は東北大老年科で学位を取って同時にいろんな先生について漢方の勉強をして「高齢者のための漢方診療」という本を書いた医者です。でもここで漢方の宣伝や本の宣伝をしたいわけではありません。

私はリンクにある、日本老年医学会が2015年に全面改定した「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」の作成委員を務めました。このガイドラインでも、基本的な問題意識は高齢者のポリファーマシーをどうにか出来ないかと言うことでした。それで私は漢方が分かるから、高齢者医療には漢方も頻繁に使われるので委員を務めたのです。

ご注意いただきたいのは、私が申し上げているのはあくまでフレイルや老年期症候群の後期高齢者の話をしていると言うことです。中年の高血圧やら糖尿病の話をしているのではありません。

このガイドラインを読んでもらうと分かるのですが、一般診療で使われる薬は、高齢者に使うと大抵リスクの方が利益より上回ります。現実問題として、20種類もの(!)薬を出されているフレイルな高齢者は少なくないのですが、そういうのをバサーっと切るといきなり元気になったりします。まあ認知症の人などは元気になりすぎてBPSDが酷くなってやっぱり鎮静が必要だ、となったりすることもあるのですが。

私は一時期老健の施設長を務めたこともあります。老健って言うのは「医者のいる無医村」で、ろくな検査も出来ず、レントゲンもなく、ここになんのために医者が必要なのか全然分からないところですが、ここで指摘したいのは、老健では薬剤費は全て施設の持ち出しになると言うことです。薬代を患者さんに請求できません。ですから私のいた老健では、「薬は基本的に5種類以下にしろ」と言われていました。実際には20種類の薬を飲んでいる人をいきなり5種類以下にするのは不可能なので、まあ10種類以下ぐらいに抑えるのですが、それで患者がどうなるかというと、何にも変わりません。どうですかー、変わりないですかーと訊いても「変わりありません」という返事しか返ってきません。

これは、患者のことを考えて薬を減らすのではなく、単純にコストが掛かるから減らすだけです。しかし減らしたからと言って何も変わらないというのは事実でした。

勿論、採血すれば結果は変わってきます。降圧剤が3種類出ているのを一つにすれば血圧は上がります。尿酸の薬を止めたら尿酸値は上がります。スタチンを止めればコレステロールは増えます。糖尿病の薬を減らせば血糖値は上がります。

しかし正直に言って(もうはっきり言いますが)、認知症で寝たきりの80過ぎた患者の血圧が多少上がろうが、尿酸値が上がろうが、コレステロールが上がろうが、HbA1Cが1ぐらい上がろうが、患者にとっては何の害もありません。

血圧ってなんのために下げるんですか?尿酸ってなんのために下げるんですか?血糖値ってなんのために下げるんですか?数値の上がり下がりじゃなく、それはなんのためにやる治療なのかをよく考えるべきです。

80過ぎて寝たきりの人にとって、何十年後か分からない将来の脳卒中や心筋梗塞のリスクを、何万人も症例を集めてどうにかこうにか統計学的にちょろっと差を付けたって言う薬で多少下げたって、意味がありません。たいていの人は、その前に誤嚥性肺炎で死んでしまいます。尿酸値に至っては、最近の医学の常識では、正常値がどうだろうが痛風発作が起きない限り治療は必要ないと言うことになっています。

だからこんな薬要らないんです。繰り返しますがこれは超高齢の、寝たきりの、認知症の、と言う人の話です。これを読んで50代の人が「そうか血圧や糖尿の薬は飲まなくていいんだ」と勘違いされたら困ります。

高齢者差別?いやそうではありません。歳ごとに、個人ごとに、治療すべき問題点は変わってくると申し上げているのです。老年期症候群の患者で問題になるのは、数十年後の脳卒中や心筋梗塞を予防することではなくて、どうしたら誤嚥性肺炎を防げるか、どうしたら管を入れないで口からものを食べさせられるか、どうしたら抑制拘束をなるべくしないで転倒骨折を防げるか、いかに多剤耐性菌を作らないか、褥瘡はどうするか、と言うことです。問題はそっちなんです!50の人と90の人に同じ治療をするのは、無意味以上に薬害の方が問題です。是非発想を改めるべきであります。表現は過激かもしれませんが、事実は事実であります。

https://www.amazon.co.jp/高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015-日本老年医学会/dp/4758304904/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=高齢者%20ガイドライン&qid=1618213608&sr=8-1&fbclid=IwAR0Yw_9GR8RJIVvCqflzh6usKFevGLL4tyZliWR0_QAus2ZNk57gM5p-YJE

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