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織田信長と今川氏真

 その昔、今川氏真という戦国武将が居た。彼はかの有名な織田信長と戦って負けた今川義元の息子である。父の死後、その敵を討たんと彼は得意の蹴鞠で信長に戦いを挑んだ。合戦では信長には敵わないが、蹴鞠なら勝てる。蹴鞠勝負での勝利を持って、敵討ちとしたいというのが、氏真の目論見だった。
 しかし信長は蹴鞠が出来なかった為断られ、結局敵討ちは出来なかった。後に信長は「相手の弱点を突くことが出来るのに、それを戦いに活かせないとは」と氏真の不器用さを嘆いたのだという。
 ……というのが、私の持つ今川氏真氏についての全情報である。きちんと調べたわけではない。ドライブ中暇を持て余した夫が垂れ流した雑学の中で、”よく似た人物に心当たりがある”という理由から内容を覚えていただけのことである。真実かどうかすらも確かめていないから、誰か他の人間に伝える際は自己責任でお願いしたい。

 さて、そんなこんなで今回も夫の話である。この夫、私よりも年上なだけあって、様々なことを経験している。その中の一つが、”職業適性検査”である。これは読んで字のごとく、職業の適性を教えてくれる検査である。何でも百問だか二百問だかの設問に答えるだけで、自分がどの職業に向いているかを教えてくれる優れものなのだそうだ。
 が、結果的にこの検査は夫の就職活動に何の貢献もしなかった。それもそのはず、検査結果では夫に向いている職業はなんと”研究員”であり、そんな求人は無かったからだ。
 さらに言えば”人の上に立つ適正”があるものの”責任感が無い”という訳が分からない評価をされ、そのくせ設問の回答内容に一貫性があり、逆に矛盾は一切無い為、検査結果の信頼性は極めて高いというお墨付きまで貰っていた。
 私は夫にこの検査結果用紙を見せてもらった時、その内容のデタラメさにゲラゲラと腹を抱えて笑った。責任感が無い奴に人の上に立つ適正なんかあるわけがない。にも関わらず、検査結果の精度だけは保証されているのである。恐らく研究員に向いているというのも、”一つのことを根気よく続けられる”という所から導き出された結果なのだろうと、その時は目尻に涙を浮かべながら笑い飛ばした。

……が、ひょっとすると検査結果は正しかったのかもしれないと思わされる出来事があった。それは、夫が趣味でやっている戦争もののオンラインゲームを横で眺めていた時の事である。
 夫がやっているのは大人数参加型のオンライン戦争ゲームで、それこそ百人だかのプレイヤーがネット上に用意されたフィールドで殺し合うというものである。そのゲームに、夫は歩兵としてではなく、指揮官として参加していた。
 実際の戦闘とは違い、ゲームでのことであるから、戦闘前のブリーフィングもほんの数分と大変短かった。その短い時間で夫は味方歩兵プレイヤーに向かって「敵は最初○○に攻めてくると思うので、ここは二十人で守って下さい」という具合に、指示を出す。いざ戦闘が始まってみるとなるほど、夫の言った通りの場所に敵が総攻撃を仕掛けてくる。だが、来ると解っていれば守るのも容易いのか、指示を受けた二十人がしっかり敵の攻撃を受け止め、その間に残りの三十人が敵の拠点に大打撃を与える。序盤の大量リードにも油断せず、終始チャットで味方に油断せぬ様に呼びかけを続け堅実に勝利に導き、最後は作戦に協力頂きありがとうございました、で締める。
 なかなか見事な指揮ぶりである。事実勝率も良い様であった。無論全戦全勝とはいかないが、仮に負けても「ごめんなさい」と素直に謝ればゲーム上での事、本気で怒る輩はきっと少ないのだろう。

(…………適正検査の結果通りの仕事(?)で、本当に結果を出している)

ということに、私は少なからず驚いていた。もちろん五十人の歩兵プレイヤーは正式には夫の部下でも何でもない、ただネット上で人殺しをして愉しみたいだけの老若男女である。当然「ゲームとはいえ、人に指示されるのは嫌い」という人達も少なくはないだろう。そんな雑多とした人の集まりを一分二分で見事にまとめ上げ、上手に操って自軍を勝利に導くというのは見た目ほどには簡単ではないのだろうと思う。そもそも、最初に敵がどこに攻めてくるかが解らなければ、歩兵プレイヤーが言うことを聞いても勝てないではないか。
「敵がどう攻めてくるかは相手の指揮官の勝率を見ればだいたい解るから、あとは裏を掻くか、敵が嫌がることをひたすらやる。歩兵プレイヤーには、敬意を持って指示通り動いてくれるようにお願いする」
 というのが勝利の秘訣らしいが、結果が出ている以上、夫はきっと指揮官の適性があるのだろう。
 が、そんな夫も現実では研究員どころかしがないシステムエンジニアであり、五十人を率いるどころか一人の部下も居ない平社員である。そもそも、あの適性結果が正しいのであれば、”無責任”な男を人を率いるようなポジションを任せては絶対にダメである。
 
 上記の経緯があったればこそ、私は夫がつけっぱなしのラジオのように垂れ流す雑学の海の中で、今川氏真氏の話だけやたら記憶に残ったのである。
(相手の弱みを突く術を知っているのに、それを現実の仕事に活かせないとは……)
 織田信長さんは赤の他人だからただ嘆くだけで済ませられたが、私の場合は相手が夫である。しかも精度の高い検査結果により、無責任であることまでお墨付きを頂いている。

……結婚、早まったかもしれない。

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