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日本在来種のコイとは、何者か?

1.初めに 

 皆さん、おはようございます。こんにちは。こんばんは。IWAOです。今回は、「コイ」、恋愛の「恋」ではなく、魚の方の「コイ」について私なりに疑問に思ったこと、調べたこと、考察について記述していきます。

2.何故、書こうと思ったのか?

 須磨水族館が、リニューアルオープンするために閉館するという情報を聞き、須磨水族館で在来のコイを見たことがきっかけです。そもそも在来のコイが展示されていることを知らなかったので、いると知った時は、非常にびっくりしました。調べる前まで、日本にコイがいて、それは、在来のものと外来のものの系統で別れるという簡単な知識は持っていました。ただ、少しだけ興味を持ち、調べていくと外来のコイと在来のコイには、かなり多くの違いがあることを知りました。また、在来のコイと外来のコイは、どのようにして違うのかという事実だけでなくどう見分けるのかについても私なりの考察をしました。今回は、その件について書いていきたいと思います。
*馬渕浩司氏が書かれたこの記事が今回のブログの元となります。ここの内容に書かれていることは、簡単で詳細に書かれています。閲覧を強くお勧めします。

3.コイとは何者か?

 まず、コイとは、どのような魚でしょうか?コイは、学名を「Cyprinus carpio」と言い、コイ目コイ科に分類されます。他の魚との見分け方は、口元にある「ヒゲ」の有無になります。口元にあるひげを使い、土の中にいるエサを食べているのを観察できます。また、日本のどこの川でも見ることができるほど、生息の分布は広いです。
 近年、コイについて問題になっていることがあります。それは、コイは、「外来種」であるという点になります。コイは、底生動物や水草などを食べる傾向にあり、吸引摂餌を行うため、土を口の中に含み、まき散らすため、水中の中の栄養が水の中に戻され、植物プランクトンを大繁殖させることで、水質を大きく悪化させます。その上、日本国内だけでなく、世界中にも定着しており、在来の動物・水草が、激減するなどと問題となっています。
 日本でも、コイに関することで外来種問題とはまた違う面で問題がありました。それは、「日本のコイは、在来種なのかどうか」という点になります。世界各地で導入されたこともあり、日本のコイは、大陸から導入された外来種であるとの意見もあれば、古くは、縄文時代の貝塚、低湿地遺跡からコイの咽頭歯・骨が出土しており、コイは、在来種であるとの意見もあります。
(*琵琶湖博物館では、縄文時代中期の遺跡である粟津湖底遺跡から、コイの出土が確認されており、その骨を見ることができます。)
(*佐々木勉「ナマズとコイの東北進出」や宮本真二・中島経夫「縄文時代以降における日本列島の主要淡水魚の分布変化と人間活動」において、どの遺跡からコイが出土しているのかを確認できます。)

粟津湖底遺跡から出土した動物の骨。
コイは、咽頭骨・咽頭歯と主鰓蓋骨が展示されています。
(*琵琶湖博物館撮影)
森ノ宮貝塚のコイの咽頭骨・咽頭歯
(*大坂自然史博物館にて撮影)
コイの咽頭歯になります。
私のコレクションです。

 この意見の対立は、ミトコンドリアDNAを分析することで、判明しました。その結果、日本には、「在来型のコイ」と「飼育型のコイ」の2種類いることが判明し、飼育型のコイは、中国などの大陸系統の由来になります。つまり、日本には外来種としてのコイと在来種のコイの2種類がいるということになります。また、在来種のコイと外来種のコイの系統関係について調べた際、両者では、遺伝的な違いが大きく違うことが分かりました。下にそのミトコンドリアDNAを基にして作成された系統樹を載せます。確認すると、両者で非常に大きな違いがあることが分かります。

https://www.nies.go.jp/kanko/news/36/36-5/36-5-03.htmlより引用

*前置き:ここからは、2種類のコイを扱いますが、在来のコイを在来系統、または在来コイ、飼育型のコイが外来の系統であることから、大陸系統、または大陸コイと定義します。

簡単な図になります。

 大陸系統と在来系統でミトコンドリアDNAを調べた際、非常に大きな違いがあることは分かりました。しかし、ミトコンドリアDNAは、目に見えないものであり、情報での違いになります。では、姿や形に違いはあるのでしょうか?違いはあります。主に3点あります。
 一点目は、「体高」になります。大陸系統と在来系統のもので比較した際、在来系統のものが、体高が低く、細長い体系でスリムになっていることが確認できます。また、在来の系統に近いほど、体は細長いようです。
 二点目は、「腸の長さ」になります。コイは、雑食ですが、魚類の傾向として、植物食の傾向が強いものほど、腸が長くなる傾向がありますが、在来系統のものは、腸の長さが短く、「肉食の傾向が強い」と考えられます。
 *この「腸の長さ」と食性について面白いデータがあります。フナで比較したものになります。ゲンゴロウブナとギンブナの比較です。ゲンゴロウブナは、植物食の傾向が強く、ギンブナは、動物食の傾向が強いです。ゲンゴロウブナは、植物プランクトンを食べるため、鰓の鰓耙でこしとるようになります。よって、ゲンゴロウブナの鰓耙は、長く密になっています。大陸型のコイもこのような構造になっているかもしれません。また、腸の長さと体長を割った数字をゲンゴロウブナとギンブナで出した場合、ゲンゴロウブナの方が大きくなっています。さらに、腸の長さを見た場合、ゲンゴロウブナの方が長いことが良くわかります。

鰓耙は、赤枠部分で覆った所になります。
ゲンゴロウブナとギンブナで比較すると、違いが明確ですね。
大坂自然史博物館の展示パネルを基に筆者が作成
大坂自然史博物館の展示パネルを引用

 3つ目は、「在来系統ほど浮袋と食道を結ぶ気道弁が太く発達している点」になります。特に、琵琶湖の在来系統にいえることになり、冬に冬眠するなどの理由で沖合(20~100m)にまで潜ることがあります。その時の水圧に耐えれるように口外から浮袋の空気が漏れることを防ぐ、また、再上昇する時に浮力を維持するためにこのような体の作りになったと考えられます。

3点の特徴をまとめました。
こちらが、在来種のコイです。
(*須磨水族館にて撮影)
琵琶湖博物館にて撮影した在来種のコイです。
こちらが、(多分)外来のコイです。
(*アクアピア芥川にて撮影)

 以上が、在来系統のコイと大陸系統のコイの違いになります。私は、ここまでで思ったことは、「こいつら全く別物じゃないか」です。実際、日本に生息するコイは、独立の分類群としての区別をするべきであるとの意見があります。また、オランダ国立自然史博物館に収蔵されている日本産のコイに適用すべき学名は、何に当たるのかを検討した際、一番体高の低い「Cyprinus melanotus」がいいとの意見もあります。私は、在来系統のコイと外来系統のコイは、別種扱いにしてもいいのかなとも思っています。

4.在来系統のコイの危機

 しかし、今、在来系統のコイは、非常に重大な危機を迎えており、絶滅寸前であるということになります。先程、日本には大陸系統のコイと在来系統のコイがいることを説明しました。しかし、日本では、この両者の交雑が進みすぎています。馬渕氏の調査によると日本の湖沼で採取されたコイの半分以上(166個体のうち97個体)が、大陸以来のコイになるということが分かりました。つまり、国外由来のコイが、日本に定着しているという事実になります。先程説明したように、水質を悪化させるというだけでなく、在来のコイと交雑することで、遺伝子汚染がおこるという問題があります。日本の古来のコイがいなくなっているのが現状です。
 このようになった原因は、食用として各地の河川などへ積極的に放流されたことです。今は、コイの生態系への影響の大きさから、放流を控えるようにはなっていますが、まだまだ放流されている所は多いです。そして、古くは、明治時代に大陸系統のコイの放流が行われていました。このようにして、日本の各地に大陸系統のコイが拡散していきました。
(*オオサンショウオでも、在来のコイと同じ問題が発生しています。詳細は、下記のブログを参考にしてください。)

 コイの放流を考える上で、興味深い事例があります。それは、「御代が池」のコイのDNAの調査になります。この御代が池は、御倉島にある池になり、東京都にあるとしても離島になっているため、非常に東京都の距離も大きいです。この池にコイが導入された記録があり、それは、明治23年(1890年)となります。御代が池のコイは、元々東京・本所の栗本鋤雲の屋敷におり、そこから移入されたものになります。一方、外国から日本の導入された最も古い確実な記録は、明治38年(1905年)となっています。つまり、この池には、純粋に近い日本の在来のコイの遺伝子や系統を残している可能性があるということになります。

この赤丸部分が御代が池になります。
御倉島は、ここに位置します。

 村立御蔵島小学校で飼育されていたコイ3体のミトコンドリアDNAを調べました。その結果、大陸系統のコイに位置することが分かりました。ただし、核DNAから調べた在来度指数を見た場合、どの個体も約半分は、日本在来系統に位置することが分かりました。つまり、御代が池の個体、ひいては、東京・本所の栗本鋤雲の屋敷のコイは、在来系統のコイと大陸系統のコイの雑種であるということになります。
 この結果から分かることとして、明治38年(1905年)より前に大陸のコイの導入がさかのぼることが確実となりました。つまり、明治の中頃には、大陸系統の流れを持つコイが飼育されていたことになります。また、地図を見れば、御代が池は、非常に山奥にあります。私は、この事実から、このような池にもコイがいるということは、日本各地でコイの導入が積極的に行われ、その結果、隅々まで遺伝子汚染が深刻したのではないのかと感じました。

*ここまでの内容は、下記の文献も基に書きました。元の文献はこちらになります。
 御代ヶ池のコイ:DNA解析からの知見 | CiNii Research

 在来のコイに対する脅威は、交雑だけでなく、「病気の蔓延」ももたらしています。コイヘルペスウイルスになります。このウイルスには、コイがかかりやすいのですが、琵琶湖でこのコイヘルペスウイルスに感染して死亡した個体は、在来系統のコイの方が多いことが分かりました。このことから、大陸系統のコイと生理学的な差があるだけでなく、琵琶湖の在来系統のコイと大陸系統のコイとでは、生殖隔離が成立しているのではということも考えられます。
 以上の理由から、在来系統のコイは、大陸系統のコイによって侵略され、されつくしていると言えます。そして、在来系統のコイが確実に残り、その純粋度が高いのは、琵琶湖の北部の個体のみということも研究によってわかりました。つまり、現状の研究結果では、在来系統のコイが確実にいるのは、琵琶湖のみにということを意味します。よって、日本の在来系統のコイの最後の砦は琵琶湖ということでもあります。

*下記の動画は、コイの外来種としての問題点を簡単に詳しく解説してくれています。こちらも非常にいい内容です。

5.在来系統のコイを見分けるための考察

 上記の点から、在来系統のコイは、非常に希少な存在であることが分かりました。大陸系統のコイとの確実な違いは、DNAで判別可能ということになります。
 しかし、先程記述したように在来系統のコイで体形や生態で違いがあることもわかりました。ただ、DNA以外でも調べる点があり、そこを調べたら、大陸系統のコイか在来系統のコイかある程度の目安になるのではないかと考察しました。その推測法について2点記述します。
(*注意:私個人の考えであり、実際、唱えられている定説などでは決してありません。)

 まず、1点目は、在来系統のコイは、「体高が低い」という傾向があります。どれくらいなら、体高が低いのかは、人の主観によって違うため、「体長X㎝の時、体高Y㎝となる一次関数」を大陸系統のコイと在来系統のコイで作ります。(*イメージ図のような図になると考えています。)その個体がどの関数の傾向に近いのかという推測をすることが、可能だと考えます。私の考察ではありますが、体長の成長に合わせて体高は、あまり大きくならないと考えてますし、その傾向は有意にあると思います。

y=ax+bの関数で数式にすることを考えました。
イメージ図
*筆者作成

 また、在来系統のコイが確実に棲息しているのは、琵琶湖のみといわれており、その一番の理由は、「生息地が被らないこと」にあります。琵琶湖の在来系統コイ、そして、琵琶湖に生息するコイ科の魚(EX:タモロコ、ニゴロブナ、ゲンゴロウブナなど)は、全て共通する生態があり、それは、「冬は、沖合の深場で潜って越冬する」という点になります。また、琵琶湖の在来系統のコイは、沿岸の深場を主な生息地にしています。一方、大陸系統のコイは、沿岸部を中心に棲息しています。つまり、ニッチが被らないということになります。

両者の生息地の違い*筆者作成のイメージ図

 ただし、在来系統のコイは、産卵の時期は、沿岸部へと遡上します。特に、日本の河川は、流れが速く、狭く細いです。さらに、弥生時代以降になると水田ができ、そこへコイ、フナ、ナマズなどの魚が遡上します。遡上する際、当然、サギなどの天敵に見つからないために、そして、川などの環境で泳ぎやすくなるためには、体高が低いほうが有利です。まして、潜る時に、早く潜るためには、抵抗が少ない方がいいです。以上のことから、日本の自然環境やコイの深場に適応した体から、私は、「遡上する時、あるいは潜る時に体の抵抗を少なくすることで、素早く動けるようになった。その適応の結果、体高は低くなった」のではないかと考察しています。つまり、上下左右に動きやすいように体高が低くなったということです。よって、在来系統のコイの特徴である体高の低さは、日本の環境によって、作られたのではないかと考えています。

湖の目の前にあるエコトーン以上にさらに遡上した可能性があると考え
上下左右に動きやすいのは、産卵期のためでもあるのか?

 2点目は、「食性」になります。大陸系統のコイと在来系統のコイでは、別にも違いがあります。大陸系統のコイは、植物性が強いのに対し、在来系統のコイは、動物食が強いという特徴があります。この違いは、コイの体を作る元素に現れると考えました。それは、「同位体」です。特に、「窒素同位体(15N)」の値に変化があるのではないかと感じました。
 私たちは、何かしらのものを食べて生活しており、それは、炭素や窒素が代表的です。食物網は、「植物→植物食動物→肉食動物」という順で上がっていきます。体を構成する元素である窒素(15N)に注目します。窒素(15N)の値を調べると「上位の捕食者に上がるほど窒素同位体の値(15N)の値が上昇している」という傾向にあります。よって、大陸系統のコイと在来系統のコイを比較する際に、体の一部を採取し、窒素(15N)の値を測れば両者の間で違いが出てくるのではないかと考えました。在来系統のコイの場合、肉食の傾向があるため、窒素の値(15N)は高くなるはずです。

*同位体については、ここにより詳細な説明があります。詳しくしりたい方は、ご覧ください。

 実際、在来型のコイと大陸型のコイで同位体の値を測った研究があります。その研究では、霞ケ浦で漁獲されたコイをDNAと同位体を分析するための資料をそれぞれ採取し、DNAと同位体比(*ここでは、酸素同位体(13C)と窒素同位体(15N)の値)を測定しました。計測結果は、「遺伝子型の違いは、窒素同位体比に有意に影響している」ということが判明しました。地点による結果はあれど、「在来系統のコイ窒素同位体は、大陸系統のコイに比べて1‰高い値を示し、栄養段階が高いと推定される」と発表されています。つまり、偶然、在来系統のコイの窒素同位体比が高いわけではないということです。

イメージ図です。実際の値はこのようにはなっていません。
*筆者作成

*元の研究の内容は、下記のリンクにあります。

 以上2点から、在来系統のコイの見つけ方について記述しました。これらのことから、私は、「体長に対して体高が低く、窒素同位体比が高いコイ」は、在来系統のコイである可能性があると言え、体高と窒素同位体がその指標に使えるのではないかと考察しています。
 ただし、科学に絶対はありません。窒素同位体は、淡水水系の環境により大きく変わります。(*肥料がたくさん使われている環境なのかどうかなど)その上、体高は、個体差があり、体高の低い大陸系統のコイもいます。「これだけ見れば、全てだ」にはなりませんし、できることとできないことを正しく理解しなければ、重大な間違いを犯します。私の測り方自体が科学的な裏付けを持ってないので、その時点で十分にダメなのですが、変に簡潔で分かりやすくとも、根拠や裏付けが不十分なものは、安易に飲み込んではいけないと思います。

6.まとめ

 ここまで、私が、在来系統のコイについて調べ、考えたことについて記述しました。私は、カワムツなどの日淡を飼育したことがきっかけでアクアリウムにはまりました。その名残なのか、流線形の魚が好きです。特に、在来系統のコイは、とてもスマートな形をしていて、とてもカッコいいと感じました。つまり、私は、在来系統のコイが大好きです。そして、いつも見ている川の大陸系統のコイとも、離れた存在です。琵琶湖の在来系統のコイは、琵琶湖と琵琶湖を繋ぐ川に合致した生態を持っており、それこそ、在来系統のコイの価値だと思います。ただ、絶滅の危機にあります。川でいつも見るものと同じ程度の魚ではない、非常に貴重な生き物であるということをもっと多くの人に知ってほしいです。
 また、水族展示を再開した琵琶湖博物館でも、在来系統のコイを見ることができました。ワタカの水槽に2匹展示されています。別の水槽で、大陸型のコイも展示されており、両者を比較するのがいいと思います。ただ、須磨水族館でも在来系統のコイが常設展示で飼育されていますが、リニューアル前の2023/5/31までとなっています。須磨水族館のリニューアルがどうなるのか不明な所があり、もしかしたら、見られなくなる可能性もあります。つまり、確実に見れるようになるのは、しばらくは琵琶湖博物館のみということです。須磨水族館にて見に行きたい人は、今すぐ行かなければなりません。
 以上になります。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

7.参考資料

日本産コイ(コイ目コイ科)のルーツ解明と保全へのシナリオ | CiNii Research

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