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ある一兵卒のこと 前線にて

7日 曇時々雨
希望無き進軍は続いていた。

補給物資が来ない。
前回の補給より数えて12日。
もう食糧は底をつき始めている。

朝の報告では昨日、一昨日とそれぞれ2名の逃亡者が出たとの事だ。
進軍開始の頃は、月一名の落伍者に対しても驚いたものだが、最近ではもうそんな事で気を落としたりはしない。
この旅はいつまで続くのだろうか。

上官達はけして前線には顔を出さない。
一つ後方での会議、もしくは晴れた昼間に限っての前方視察のみだ。
一度や二度の戦闘を経験したに過ぎない理論家に一体何が分かると言うのだ?
そのくせ、上官らしい顔と押しの強い態度は持っている。
号令をかける声だけは一流だ。
響き渡る堂々とした声。
それが余計に癪に障る。


8日 曇
本日も1キロ前進して野営。
退屈ないつもの行軍。
変わり映えのしない風景と1日の規律。
1キロ進むという事は、我が懐かしの故郷から1キロ遠ざかるという事だ。

我が部隊は本当に勝利の地へ向かっているのか?
甚だ疑わしい話だ。
誰か終わりを決めてくれ。
その日さえ決めてくれるならば、どれほど気が晴れるだろう。
〈終わり〉さえ僕に与えてくれるのであれば、僕は誰彼に対しても優しく挨拶を交わし、友情を結ぶことが出来ると思うのだ。

10日 曇時々晴れ
畜生め。なぜ奴は俺を目の敵にするのだ?
優しくすればつけ上がり、恩を売られる事を嫌う。
上官には満面の笑みで最敬礼しやがる。
奴は自分が悪役という事に気づいているのだろうか?

11日  晴れ
我が部隊の士気は下がりつつある。
如何ともし難い状況ではある。
我に残された使命はあるのか?


12日 曇り
たった今、全体会議から戻る。
形式的だ。何の為の会議だろう?
会議は馬上でも、歩きながらでも出来るじゃないか。


15日 雨
雨の中、野営地を視察。
皆、持ち場で泥まみれになって働いている。
美しい顔。
彼らのもとに足を運んでよかった。
面と向かって話し合えば、誤解は解け、相手の苦労が見える。


18日 快晴
いよいよ突撃の命令が下る。日時は発表された。嗚呼、破滅であろうか。地獄であろうか。先の話だ。悩もうが笑おうがその日は訪れる。今日、やるべき事をやるだけだ。明朗に過ごそう。

落伍者相次ぐとの報告あり。


21日 雨
はたして この選択は合っていたのだろうか? 意味のある苦労だったのだろうか? 感情に流された敗者への道ではなかろうか? 我が部隊のみが不利益を被ったのだろうか? 道を誤ったとしたら何処で? 

この絶望はいつ好転するのだ? 憎しみと怒りは止まず

吐き気止まず。この道は破滅か?


1日 曇時々晴れ
もう後戻りは出来ない地点だ。腹を決めよう。戦闘はどのみち避けられないのだ。前線で倒れるか、後方で倒れるか、嵐の中で倒れるか、羽毛の中で目を瞑るか、些末な違いだ。どうせやられるなら、強気で進もう。自身の運命は、幸せも不幸せも、所詮、我が身の半径1メートルでしか起こらない瑣末な事なのだ。



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