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【ショートショート】カウンターエレジー


「俺は27歳でどうしても死にたかったんだ」

そう言うと、彼は寂しい微笑みを浮かべ、カウンターの右隣に座る女性を見つめた。

「ジミーヘンドリクスとカートコヴェインを君は知っているかい?」

彼はカートコバーンとは言わずに(カートコヴェイン)と発音した。
隣の女性は何も答えずに、不思議そうに彼を見た。

「俺は本物の音楽しか聴かないね。生粋のロックンロールしか、この耳が受け付けないよ」

彼は目の前のウイスキーのグラスを少しばかり傾けた。

「音楽は90年代までさ。それ以降、今日に至るまで音楽とファッションの長い不毛の時代が続いたわけだ」

彼はタバコをくわえると、慎重に白い煙を吐き出した。
女性は彼の視線が斜め上に向けられたので、気づかれないように小さく欠伸をすることが出来た。

「27歳までに死にたかった」

もう一度、呟くと、自分の言葉に満足したのだろう。機械仕掛けのような動きをしながら首を右に半回転させると、ウインクをした。彼女は慌てて目をそらした。

僕は知っていた。
彼がそれほどロックに精通していない事を。むしろ、Jポップをこよなく愛していた事を。
彼が知っていたのは、せいぜいジミーヘンドリクスやカートコバーンが27歳で亡くなったという事くらいだ。
彼はウイスキーを呑まなかったはずだ。それにタバコも吸えない。

けれど、彼こそロックンロールではなかろうか?
女を見る鷹のような鋭い視線。崩さない前傾姿勢。終わりを知らない執着心。敗北を認めない強靭な頑固さ。
彼の胸中にあるのは確かにロックの精神性だ。

隣の女性はもういない。
彼は1人、バーのカウンターでウイスキーのグラスを揺らしている。
彼の背中は語っていた。
俺は女を口説く為だけに、ここに座り続けていたわけじゃない。店内に響く(泣きのギター)、それからこの(琥珀色の飲み物)を、あくまで楽しんでいるだけさ、と。


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