【ショート】ギブソンと女の子

はい。うちのおとんは、自分はミュージシャンだ、と言い張っております。
本当は違うことくらい、子供のうちでも分かります。
だって、いつもペンキだらけのズボンをはいて、朝早く出かけますもの。

家に帰ってくると、350mlの缶ビールのフタをプシュッと開けて、あぐらをかいてギターを弾き始めます。
はい。缶ビールです。おとんが言うにはミュージシャンたるものはキンキンに冷えたビールだけを呑まなければいけないそうなのです。
シワシワの赤い顔で嬉しそうにビールを呑む顔を見ているとこっちまでなんだか嬉しくなってきます。

おとんのペンキだらけのゴツゴツした太い指が、ギターの弦を器用につま弾くと、色の少ない部屋がなんとなく明るくなる気がします。
うちはこの時間が大好きです。
おとんの大きなお腹の上のギターはうちを元気づけてくれます。夢見心地にしてくれます。
だから、おかんがいないのを寂しく思うことが少なくてすみます。
お家がとても小さいことや、いつも同じ服を着ていることで、学校のお友達から意地悪なことを言われても、悲しい気持ちはすぐに消えて無くなります。
学校で一人ぼっちでも、うちには小さなお家がある。おとんがいつでも笑ってくれている。
それに、うちには14歳の誕生日におとんに買ってもらったギブソンという名前のお友達がいます。
おとんが眠った後、お友達とお話を始めます。6つの声がうちを励ましてくれます。うちは暗い部屋の中で、美しい音色にうっとりとします。
もっともっと上手に指が動けばな、といつも思っています。

次の誕生日には、おとんの前で、黒い大きな帽子をかぶって、スラッシュおじさんの速弾きを披露しようと思っています。
おとんはきっとシワシワの笑顔で嬉しそうに缶ビールを呑むことでしょう。


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