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ストレングストレーニングという立ち返る場所と、スタッフの献身~2022年シーズン総括その②【ROOM -いわきFC社長・大倉智の論説】

いわきFCを運営する株式会社いわきスポーツクラブ代表取締役・大倉智のコラム。2022年シーズンを振り返る第2回目です。

▼プロフィール
おおくら・さとし

1969 年、神奈川県川崎市出身。東京・暁星高で全国高校選手権に出場、早稲田大で全日本大学選手権優勝。日立製作所(柏レイソル)、ジュビロ磐田、ブランメル仙台、米国ジャクソンビルでプレーし、1998年に現役引退。引退後はスペインのヨハン・クライフ国際大学でスポーツマーケティングを学び、セレッソ大阪でチーム統括ディレクター、湘南ベルマーレで社長を務めた。2015年12月、株式会社いわきスポーツクラブ代表取締役就任。

■アウェーの開幕戦で、臆することなくプレーした選手達。

包み隠さずに話すと、シーズン開幕前の練習を見た時「今年はそれなりに勝てるだろう」と思っていた。

昨年、JFLを勝ち抜いてJ3に昇格した。その経験から「JFLとJ3とのレベル差は少ない。チームはJ3でも十分通用する」という感触を持っていた。これは私の主観というより、強化部の分析結果でもあった。

それでも勝負の世界。戦ってみなければわからない。

そんな気持ちで開幕節に臨んだ。振り返ると、この鹿児島ユナイテッドFC戦がすべてだった。

この試合はほとんどの選手にとって「初めてのJリーグ」だった。しかもアウェーの地・鹿児島のスタジアムには5000名近い観客が集まっていた。

そんな中でも、選手達は臆することなくプレーしてくれた。先制ゴールを挙げ、その後追いつかれた。だがJ2経験もあるチームを相手に互角に戦い、引き分けてホームに帰ってくることができた。

この日に得た感触が、その後の躍進につながった。

何が起こるのかわからないのが、サッカーというスポーツ。あの試合でひどくつまづいていたら、どうなっていたかわからない。今もそう思っている。

■ストレングストレーニングは「立ち返る場所」。

チームは開幕節で勢いに乗り、勝利を重ねてJ3を勝ち抜くことができた。その要因の一つがフィジカル。すなわち走力のアドバンテージだ。

正直に言って、今のJ3には躍動感やアグレッシブさをそれほど感じない。J1やJ2からカテゴリーを下げてきたベテラン選手の成長曲線は下降している。「上に行ってやろう」という野心を感じさせる選手は、JFLの方が多く感じた。

以前から「Jリーグのサッカーはアグレッシブさに欠け、世界のサッカーの潮流から取り残されている」と言い続けてきた。今もその思いは変わらない。

本来どこの国のリーグでも、下のカテゴリーに行くほど試合はハングリーで荒削りで、激しさが増すものだ。どのチームも上を目指して必死で戦うし、一攫千金の個人昇格を狙う選手も多くいる。観客も彼らの熱く激しい戦いを見に来る。

だがJリーグは逆だ。

下のカテゴリーに行くほど、激しさや運動量は減っていく。昇格したいが故に策に溺れ、真っ向勝負を避けるチームが多い印象がある。もちろん、すべてのチームがそうではないが、これはJリーグの発展にとって、決していいことではない。

その点、いわきFCでは、チームが今の体制となった2016年から、クラブハウスの設備をフル活用し、徹底的なストレングストレーニングに取り組み、選手達を鍛えてきた。これまで7シーズンに渡り、その知見を積み上げてきた。

ゴールにボールが入るかまではわからない。勝つか負けるかも正直わからない。でも、自分達が今まで築いてきたフィジカルはJ3の舞台で十分通用する。少なくとも90分間止まらない倒れない自分達のプレーをできれば、きっとリーグを勝ち抜ける。

そう信じていたし、実際そうなった。

サッカー選手である以前の、アスリートとしてのベース作り。そのために、フィジカルの強化は絶対に必要。

そう信じて、ここまでやってきた。今、我々にとってのストレングストレーニングは、悩んだ時に立ち返る場所。チームの大切な寄りどころとなっている。

ストレングストレーニングの取り組みについては、後日あらためてしっかり語ろうと思う。

■ブレることなく、思いを態度と行動で示し続けた村主監督。

優勝できた要因はもちろん、フィジカルだけではない。今年、いわきFCで初めて監督としての第一歩を踏み出した村主博正監督の働きは素晴らしかった。

身一つでいわきに乗り込んで、監督として初めてチームを率いる。その決断は非常に大きなものだったに違いない。何としても結果を出して期待に応えたい、というプレッシャーは大きかったことだろう。

彼は決してトークが上手いわけではない。だが常に言葉を選び、そこに心がある。その誠実さが展開するサッカーにも出ているように思う。また選手交代の仕方、練習から選手達に全力を出させる情熱と彼らを信じる力、分析力も高い。

選手を公平にジャッジするスタンスは、シーズンを通して一貫していた。「練習から100%を出さない選手は試合で使わない」と宣言し、気持ちが入っていない選手はすぐにメンバーから外した。一人一人を常に細かく見ているから、選手は決して隙を見せられない。

「俺は絶対に変わらないし、お前らを信じている」

シーズンを通じてブレることなく、その思いを言葉ではなく態度と行動で示してきた。そして選手達は「監督が言っていることをやり切れば、絶対に結果を出せる」という確信を持ってシーズンを戦い切った。素晴らしいサイクルだったと思う。

■クラブがすべき仕事と、監督がすべき仕事。

ここであらためて問いたい。監督の仕事とは何だろうか。

私が考える監督の仕事とは、選手のモチベーションを上げ、前向きな気持ちを出させて躍動させること。そしてチームをまとめて、一つの方向に向かわせることだ。

地域があり、スポーツクラブがあり、それを支えるファンの皆さんがいる。その中で、チームのすべてを監督に任せるのは違う。まずは、クラブとしてやるべきことがあると思っている。

地域性やクラブの哲学を踏まえ、どんなフットボールをするのか。根幹になるコンセプトを提示し、それに即して選手のベースを作り上げる。ここまではクラブがやるべき仕事だと、私は考えている。

いわきFCでいえば「日本のフィジカルスタンダードを変える~魂の息吹くフットボール」というスローガンを掲げ、最先端のメソッドで選手達のフィジカルを鍛え上げることは、監督の人選以前にクラブが担っている。なぜなら選手はクラブと契約しているからだ。

だから、選手一人一人の強化を監督任せにしてはいけない。新監督がフィジカルコーチを連れてきて、クラブは「はい、じゃあやって下さい」。それで成績が出なければ、次の監督がやって来る。監督が代わればチームのすべてが作り直される。

この繰り返しでは、クラブにノウハウが蓄積されない。

選手はクラブの大切な"資産"だ。持っている資産を磨き上げるのは本来、クラブがすべきこと。クラブが環境を用意し、選手を鍛えた上で監督に託す。これができないと、特に若い監督は潰れてしまう。

実際ここ数年、Jリーグを卒業して初めて監督にチャレンジした若い指導者が成績だけで評価され、チームを去っていくケースをいくつも見てきた。Jリーグで指導者の世代交代が遅れ、新しい監督が生まれづらくなっているのは、すべてを監督任せにするチームの体質もあると思う。

今年の村主監督の活躍が、そういった現状に一石を投じる結果となればうれしい。

ブレない方針のもと、クラブが選手を磨き、監督に託す。監督は選手をモチベートし、チームをまとめ、勝利を目指す集団を作り上げる。その役割分担がしっかりとできたことは大きかった。

■スタッフの連携と献身性。

もちろん、コーチングスタッフの働きも素晴らしかった。

今年は、2021年にJFLを制したコーチングスタッフが全員残っていた。新監督とコーチのコミュニケーションは、最初は手探り状態。そんな中、コーチ達が監督の要求を聞き、懸命に取り組みながら信頼関係を築き、村主監督を盛り立てていった。

スタッフは選手達に徹底的に寄り添い、成長を促す。このスタンスを明確にしたのは、JFLにいた2021年のことだ。

2020年にふがいない戦いをしてJ3昇格を逃し、全員が悔しい思いをした。それまでは「Jリーグ昇格は目標ではなく、ビジョンの達成に向けた手段」と言っていた。この思いは今も変わらない。だが、選手個人のサッカー選手としての目標に、もっと寄り添うべきだと考えた。

選手達は少しでも上のカテゴリーでプレーして、サッカー選手として成功したいし、お金を稼ぎたい。それに対し、クラブが「Jリーグ昇格は目標ではない」と言っていたら、一体感が生まれない。

だからスタンスを切り替え、選手達には明確に「Jリーグに行こう、上を目指そう」と言い切った。スタッフは徹底的に選手に寄り添い、成長を促し、彼らを徹底的に鍛え上げた。その結果、J3昇格を果たせた。

この流れは、今年も継続された。

スタッフは一丸となって選手を支え、思いの実現をサポートした。プレーで悩んでいる選手がいれば、アナリストの村上佑太を中心に映像を見ながら。それぞれ課題を与えた。

ピッチ内は当然として、ピッチ外でもさまざまな会話をして、選手に何かしらの異変を感じたらコーチ陣、そして監督が対応。時には強化部の田村雄三スポーツディレクターや平松大志スカウトディレクターが入り、場合によっては私が出ていく。この連携が、とてもスムーズにできていた。

今年の大きな変化は、秋本真吾スプリントコーチを迎え入れたことだった。新しいメソッドを持つコーチを迎えると、監督と選手の方向性が二分されてしまうのはよくある話だ。

コーチと選手の信頼関係が生まれ、そこで完結してしまい、大切なことが監督に伝わっていない。それにより監督の指導との方向性がずれ、トラブルになる。そんなケースは多い。

でも、秋本さんにはそういう面がまったくない。彼の人柄だろう。監督の方向性をしっかりと理解して選手にアプローチし、何かあったらすぐさま報告する。そんな強固な信頼関係を築いてくれた。

「日本のフィジカルスタンダードを変える~魂の息吹くフットボール」という軸のもと、コーチ陣それぞれが自分なりにコンセプトを理解し、議論を重ねながら、できることをやっていく。みんなが優れた人間性を持っているから、最後はあうんの呼吸で戦うことができた。

これもまた、結果を出せた理由だろう。

■2023年も、大きな夢を掲げて戦っていく。

今年、どうにかJ2までたどり着くことができたが、ここから先はクラブとしての成長が不可欠だ。いわきスポーツクラブの組織力と、いわきFCのチーム力。この両輪を上手く回していく必要がある。

ここからは本当の意味での総合力を問われていく。フロントは今までは少人数で一人が何役もやってきたが、スタッフの人数を増やし、みんなで成長していく雰囲気を作っていきたい。着実にカテゴリーを上げていくチームの成長に、会社の成長がやや追いついてない部分があった。来年、解消すべき課題なのは間違いない。

最も重要なテーマは観客動員だ。ここからクラブの価値を挙げていくには、毎試合3000~4000名の方に来ていただきたい。そのためにどうするか。

来年のホームゲームは基本的に、改修を終えたいわきグリーンフィールドで行われる。来年は清水エスパルスやジュビロ磐田といった、J1で長く戦っていたチームや、いわきにやって来る。多くのアウェーチームのファンの方々を迎え入れるためにも、湯本駅からのアクセスや駐車場の整備など、課題は多い。

そしてJ1ライセンス申請については、選手のモチベーションを上げるためにも、なるべく早く行いたい。

J2は簡単に勝ち抜けるカテゴリーではない。まずはここでしっかり戦っていくための基盤を作る。それが現実的なステップだが、大きな夢を掲げて戦っていきたいとも思っている。

来年も地域の皆さんの心に寄り添い「魂の息吹くフットボール」でJ2の舞台を席巻したい。

2023年のいわきFCに、ぜひご期待ください。

(終わり)

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