破戒僧
風の強い晩だった。やかましい虫の声が、この夜は少しも聞こえなかった。円儀の暮らす粗末な小屋は、風が吹くたびにみしみしと呻いた。筵に横たわる女が、不意にきゃっと叫ぶ。何事かと起き上がれば、風を逃れて忍び込んできた一匹のこおろぎだった。円儀の屈強な姿に驚いて、女の太股より飛び降りてどこかに走り去った。
「ただの虫だ。脅かすな」
女の太股に、ごつごつした無骨な拳をあてがい、ゆっくりと足元に向かって撫で降ろしてゆくと、やせ細った爪先に達する。女は脚を病んでいた。名を麗和(れいわ)といい、もとはチャンパ王国(現在のベトナム)の官吏の娘だ。
旅の途上の円儀と深い仲となり、ふたりして唐土まで逃げのびた。戒律を破った円儀は破門され、強盗や人殺しに身をやつして、その日暮らしの生活を送っていたのだが、最近日本へ戻ってきた。目当ては親王である。
円儀は麗和の華奢な肩を抱き寄せて、昼間、親王と会ったときのことを語りはじめた。
「俺が箱を開けて、くだんの羽を取り出だして見せたなら、みこ法師殿、たわいもなく騙されて、感激のあまり涙を流していたぜ。まったく、根っから純粋なお方なのだろう」
「そのような方を騙して、今度こそ仏さまの罰があたるわよ」
「なに、いまさら人間のひとりやふたり騙したところで、同じことだ。俺はすでに何人も殺してきたんだからな」
円儀は不敵に笑う。
読んで下さりありがとうございます!こんなカオスなブログにお立ち寄り下さったこと感謝してます。SNSにて記事をシェアして頂ければ大変うれしいです!twitterは https://twitter.com/yu_iwashi_z