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廃太子

鏡子のいる天竺へ行ってみたい、という願いは、つねに親王の心のうちにあり、青い炎となって静かに揺れている。しかし、年月がすぎて、夢のなかで聞いた鏡子の言葉は、父、平城上皇のついた嘘を自分が信じた結果でしかない、という疑いをいだいた。

しょせん夢のなかの出来事なのだ、という気持ちを、いや、そうではない、別れを惜しんだ鏡子が、夢に現れたのだ、たしかに鏡子は天竺で暮らしているのだと、必死に思い直そうとした。

夢の中で聞いた言葉を信じることが、生きるための心の支えとなっていたのである。幼少の頃に廃太子とされ、何もしないうちから無用の烙印を押された親王は悟ったのだ。この世には自分を必要とする人間など、ひとりもいない。

いくら時が経とうとも、孤独は晴れることがなかった。やがて二十歳を過ぎたころ、唐突に親王の名誉回復がなされた。しかし、親王は、昼の世界、まつりごとの世界に戻ることをきっぱりと拒んだ。そこは、すでに親王の場所ではなかった。

親王は若くして仏門に入り、修行に明け暮れる日々を選んだ。唐土より帰還した弘法大師、空海の門下生となり、やがて十代弟子のひとりとして数えられた。承和二年に空海が没したおりには、高弟として遺骸に付き従った。

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