読書感想 小川一水「天冥の標」

 はじめて「SF小説」というものに触れた瞬間を今でも覚えている。

 家族と共に通う図書館の一角に置かれていたそれは「導きの星」というタイトルのSF小説で、子供だった私は貪るように読みふけり、何年か経ち記憶が薄れるたびに借り、繰り返し読んだ記憶がある。
 恒星間航行技術を手に入れ、数多くの異星人と邂逅した人類が、文明の遅れた彼らを自分たちと同様の宇宙進出種族にすべく、外文明監察官という使者を送り秘密裏に彼らの歴史に介入していく。その圧倒的な設定量、想像もつかないような宇宙、異星人の描写、初めて触れたハードSFに衝撃を受けた記憶は今でも忘れられない。

 その「導きの星」を書いた小川一水の新作「天冥の標」。15冊を超える大作SFである本作が2019年に完結したというニュースを、読書に対するかつての情熱をどこかに置いてきてしまった私はしれっと聞き流していた。
 そんな日々の中、ちょっとした思い付きから始まったVtuber活動は、思っていたよりたくさんの人々と関わりを生み、その中でかつての読書熱を再燃させた私は、kindleセールにかこつけて「天冥の標」全巻合本版セット(kindleにしばしある形式、すべてのデータをまとめて一冊の本として販売している)を購入し、ディープなSF世界観に再びどっぷり漬かっていく覚悟を決めた。

すこし前置きが長くなってしまったが、今回はその感想になる。


小川一水「天冥の標」ハヤカワ文庫

画像1

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あらすじ
西暦2803年、植民星メニー・メニー・シープは入植300周年を迎えようとしていた。しかし臨時総督のユレイン三世は、地中深くに眠る植民船シェパード号の発電炉不調を理由に、植民地全域に配電制限などの弾圧を加えつつあった。そんな状況下、セナーセー市の医師カドムは、“海の一統”のアクリラから緊急の要請を受ける。街に謎の疫病が蔓延しているというのだが…小川一水が満を持して放つ全10巻の新シリーズ開幕篇
(Amazon販売ページより引用 )

 〇ここから感想(ちょっとだけネタバレあり)

 大長編の幕開けはこのような物語から始まる。擱座した植民船が地下に眠る植民星、メニー・メニー・シープの街角から始まる物語は、現代日本で起こる疫病パンデミックに関する話まで遡り、800年の時を順繰りに辿りながら再び西暦2800年に合流していく。
 その間に紡がれる物語は、例えば宇宙を駆ける戦艦とその少年艦長が宇宙海賊と激闘を繰り広げる話だったり、小惑星上で農業を営む宇宙農夫の話であったり、疫病パンデミックに立ち向かう医師の話や少年少女の冒険活劇など、魅力的な登場人物たちが覚えきれないほど現れ大立ち回りを繰り広げ、そして次代へ脈々と受け継がれていく……

天冥の標 好きポイントその1 

 ここまで書いて論文みたいな口調で書くのに疲れちゃいました。ここからは気楽に書いちゃいますね。

 天冥の標の魅力はいくつかあるけど、作中最も古い現代日本のお話からつながれていく人々の血、800年後の話である第1巻に現れる登場人物の姓を持つキャラクターたちが土地と時代とテーマを変えながら繰り広げていくストーリーだと思います。
 疫病パンデミックと闘う感染症医とその患者である少女のお話(ウィズコロナのこの時代から見ても現実味がありすぎて怖いレベル)の後に、ケルト風の衣装をまとった中世的な美少年艦長が太陽系宇宙を駆けまわり、海賊たちとドンパチするお話が来るんですよ。かと思えば一巻丸々使ってアンドロイド達とヨーガじみた概念の理想の性行為を追求する巻がある。めちゃくちゃだけど全部面白いし、全部つながってるんですよね……どれも楽しめると思います。その展開の中には嬉しいことも辛いことも満載で、心を乱されることうけあい。でも爽やかな読了感です。小川一水とバチャヤマを信じろ
 推しのキャラ、好きな関係性、きっと見つかるんじゃないかな。その時はぜひ教えてください。

 私は電子書籍、しかも合本版で買ったので一巻一巻を読み終え、本を閉じて一息、その巻について思いを馳せる瞬間がほとんど無かったのがちょっと残念でした。合本版、めちゃくちゃ安い(1冊約300円)んですけど巻ごとの情緒?はちょっとなくなっちゃうんですよね。富めるあなたにはぜひ紙媒体で読んでもらいたいです。

天冥の標 好きポイントその2

 導きの星にも言えることなんですけど、小川一水のネーミングセンス、ルビの振り方がとても好きなんですよね。≪酸素いらず(アンチ・オックス)≫≪医師団(リエゾン・ドクター)≫≪救世群(プラクティス)≫≪船外砲座(フライング・バットレス)≫等々、いちいちカッコいいんですよね…私はこういうルビを見るとなんか嬉しくなっちゃいます。癖ですね。
 そしてこの小説には様々な種族が現れます。例えばさっき挙げた≪酸素いらず≫は、体内で電気代謝を起こす器官を人体改造により組み込むことで真空、水中でも生命維持装置なしで活動可能な獰猛で勇敢な種族であり、地球からはるか離れた土地に宗教国家を打ち立てた人々です。
 その他にも昆虫に似た姿の、女王制の繁殖制度を取る高度な技術を持った宇宙人、硫黄化合物からなる全量数キロの龍型生物、他にもたくさんの種族が現れ、その社会制度やホモ・サピエンスとの思考の差、精神性などが細密に設定され、描かれているんですよね。

 ≪酸素いらず≫達は劇中、決戦の際に「ルッゾツー・ウィース・タン!」と気勢を上げ突撃します。彼らの国、ノイジーラント公国の開祖が「酸素は切れたが、俺たちは生きているぞ!(Lose O2,we stand!)」と叫んだのがその始まりなんですけど、エピソードごとにその細かい所が違うんですよね。というかカタカナに起こすセンス最強すぎません?
 本編でこの言葉が使われる際は、漢字と平仮名で書かれたセリフにルビとしてこのワードは付きます。それは例えば「大気なくとも吾らあり!」だったり「大気圏外よりわれら降り立つ!」だったり。全部そのタイミングにマッチしてて素晴らしく燃えます。こういうの大好きなオタク、決して少なくないはず。
 物語の最後にこのセリフを聞くときはきっとウルウルになってると思います。私は泣いた、オタクチョロいからね。

 長々と書きましたが、ネタバレに配慮しまくってるので、作品の根幹を占める内容を意図的に省いてあります。ガンダムで言うならガンダムが出てこないレベル。面白さが伝わるか、正直不安です。誰かのモチベーションを邪魔しなければいいのだけれど……

 しかし文句なしの大傑作です。共生、繁殖、進化、融和。SF人類が掲げるであろうお題目全てが詰まっているといっても過言ではない……小川一水という作家さんは登場人物に厳しくもあり、優しくもある人だと思います。とても読んでほしい。
 「天冥の標」を最近流行りの超大作「三体」を比較すると本作の方が日本人、特にわたしのようなオタク層にはウケると思います。日本人作家の作品であることを抜きにしても、こちらの方がシーン一つ一つを映像としてイメージしやすいし、”種の興亡”というテーマから見ても天冥の方がより人類社会に対して希望に満ちていると私は思います。三体の作者さん、人類に対して諦観と絶望が若干透けて見えるように思えるんだよね……
 もちろん作品としての優劣をつけたいわけではありませんからね、ご承知おきくださいね。

 といったところでつらつらと書き連ねたこの感想文もお終いにしたいと思います。「運命の出会い」なんてよく聞きますけど、人と人の出会いにそんなロマンチックなものがあるんですかね。私はいまだかつて感じたことがありません。
 私が運命の出会い、身を貫く衝撃を感じるのは素晴らしいコンテンツと出会ったとき。この作品に出合い、私が感じたこの興奮と感動をあなたもぜひ味わってくれればとても嬉しいです。そして感想を聞かせてください。

 願わくば、あなたと私のこれからに、よき物語との出会いがありますように。

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