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にぎり

これは小学校低学年くらいの頃の話である。

子どもの頃もしかしたら経験があるかもしれないが、一般的に使われている言葉だと思っていたら実は自分の家でしか使っていない言葉だったということが稀にある。
僕の家ではなぜか歌手の徳永英明さんが松井秀喜と呼ばれていた。どうやら僕が最初に間違えて呼んだらしいがあまり覚えていない。
よく車の中でCDを聴いていただけで名前を見る機会もなかったのではじめは本当に松井秀喜だと思っていた。

当たり前だが僕が松井秀喜のレイニーブルー好きなんだよね〜とか学校で言ってもそれが本当は徳永英明のことだとは伝わらない。野球選手がカバーソングを出すなんて珍しいなと思われるだろう。

そしてもう一つ、子どもの頃は物や動物に「お」をつけて丁寧に言う傾向がある。お人形さんとかそういうことだ。
この言い方が昔の僕はなんだか子どもっぽい感じがして嫌いだった。なのでできるだけお巡りさんと周りが言っても警察と言い換えたりするようにしていた。

低学年のころ僕はこの2つをとても気にしていた。
自分の使う言葉は果たして世間に通じる言葉なのか、自分の使う言葉は子どもっぽくないか、喋る時についついこのことを考えてしまう。
そこで引っかかったのが「おにぎり」だ。

遠足などの弁当ではよく登場するおにぎりだが、この「お」が僕はとても気になってしまった。
家ではおにぎりと呼ばれているこの米の塊のことを「にぎりめし」や「おむすび」と呼ぶ人もいる。
「にぎりめし」がもし一般的な言葉だとすればおにぎりだと前述のように子どもっぽい言い方ということになってしまう。
「おむすび」がそうならそもそもおにぎりは世間には通じない自分の周りの人しか使ってない呼び方ということになる。

どっちにしてもおにぎりという言葉を使うと恥をかく可能性があると思い、できるだけ使わないようにしていた。
同様の理由でおむすびも危険だ。
となると残るのは「にぎりめし」、「にぎり」、「むすび」の3つになる。
その中でにぎりめしはなんとなくおっさんっぽいなと子どもながらに思ったのでにぎりかむすびになった。
そうなると元々おにぎりと呼んでいたので近い方のにぎりが選ばれた。

そういうわけで僕はこれをにぎりと呼ぼうと決めたのだが、いざそうしようとなると周りににぎりと呼んでいる人が1人もいないのでこれはこれで世間に通じない言葉になってしまっているのではないかと気づいた。
結局多少のリスクを冒してでも「おにぎり」と呼ぶのが安全だと思い、考えに考えた結果おにぎりと呼ぶことにした。

しかし今でもおにぎりはなんだか子どもっぽく感じてしまい、強面のヤンキーなんかがおにぎりと言っているとなんだか微笑ましくなるものだ。

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