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伝わるものは1コマでも伝わる。 --- いしいひさいち「ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ」

読んでから、ずっとファドを聴いてます。今も聴いてます。

いしいひさいち氏の説明によれば、ファドとは

ファド
ポルトガルの大衆歌謡で「宿命」を意味する。
デリケートな小節まわしに特色があり、
12弦のギターラの伴奏で歌われる。

ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ より

というジャンルの曲になります。

今はYoutubeでも、アマプラでも検索するとたくさんヒットするのですぐに聴くことができます。

ただし!

もし、ファドを聴いたことがなくて、さらに本書にご興味を持たれたという方は、まず先に本書をお読みいただくことをお勧めします。理由は後述。

さて、このファドの歌手を目指す女の子「吉川ロカ」ちゃんの物語を描いた本書、初版はあっという間に売り切れてしまいました。表紙のロカちゃんの姿に私のアンテナが尋常ならざる反応を示して、これは買うべき本!と思ってずっと待っていたのですが、チェックを怠っている間にいつの間にか3版まで増刷されていることにいまさら気付いて、慌てて購入した次第。

私はこの本のなりたちについては全く知りませんでした。ロカちゃんは、どうやら朝日新聞連載の「ののちゃん」をはじめとするの"いしいひさいち四コマ漫画"の中に息づいたサイドキャラクターの一人、ということらしいです。

で、そのロカちゃんにまつわるエピソードを再構成して一冊にまとめたのが本書になります。したがって、本書を楽しむ上では上記のバックグラウンドを知る必要はありません。

実は私は本書の表紙を見て、ついにいしいひさいち氏が4コマではない漫画を描きだしたのかと、勝手に勘違いしていました。それはそれでかなりのトキメキではあったのですが、読んでみれば中身はいつものいしいひさいち四コマで、少し安心しました。

それでもこの表紙の絵を一目見てしまえば天賦の才能に向き合える喜びを感じざるを得ません。この高揚感は山上たつひこ氏の「中春こまわり君」の初見以来かもしれません。

さて、前置きが長くなりました。
本書では、前述の通りファド歌手を目指す高校生のロカちゃんが才能を見出されて花開いていく物語が、いつもの四コマ漫画の積み重ねで紡がれていきます。有名な業田良家氏の「自虐の詩」と同じようなスタイルです。

しかし本書は「自虐の詩」より遥かに軽く、余白の多い作品です。「自虐の詩」の終盤に見られる大河的な畳みかけのようなものはありません。最後の最後までいしいひさいち氏特有の軽い語り口で貫かれています。

ところがやっぱり本書、ただ物ではないと思わせられるのは、そのいしい四コマの間に挟まるロカちゃんの描写がすごいんです。私が本書の購入を決意したとり・みき氏のツイートに書いてあることに偽りはありませんでした。

ここに、冒頭のファドを聴く前に本書を先ず読んでほしいと思った理由があります。

本書に描かれる四コマ漫画のいくつかの中にロカちゃんが歌うシーンがあるのですが、1か所だけご紹介しますので、まずはご覧ください。


ほかにもキュートな歌唱シーンは多数!

右上に番号が振られていることからもおわかりいただけると思いますが、四コマ漫画の1コマ目を分割していますが、もうこの一コマでロカちゃんの歌唱力がどれほどのものかがわかります。

私は最初に本書を読んだ時には当然ファドという音楽を知りません。そんな私であっても、ロカちゃんが歌うコマ(ほとんどが一コマで終わる)を見るたびに全身が総毛立つ思いがしました。

どんなライブなんだろう、どんな歌なんだろう、どんな声なんだろう!

わからないなりに想像力は勝手に膨らみ、ロカちゃんへの、ファドへのあこがれがどんどん強くなっていくのがわかります。

いしい氏の作品のような究極の余白というか省略の美を味わう醍醐味は、このどこまでも広がっていく自分の想像力を味わうことにほかならないと私は思います。

私は予備知識としてYoutubeなどでファドを聴きこんでから本書を読むことは、限りなくネタバレに近い作業だと思います。ファドを聴いてから本書を読み返すことはいくらでもできます。しかしまずは本書を広げて、ロカちゃんの歌う姿を見てください。Youtubeで聴いた歌手の声で塗りつぶされてしまうその前に。

そして、物語の最後は意外な形で幕を下ろします。
決して重くは描かれない。しかしそこまでの四コマの積み重ねがじんわりと染みる素晴らしい幕切れ。読み返すごとに感慨が深くなる、そんな作品です。

ご購入はこちらから。


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