素振りおっかねぇ…。--- 映画「くも漫。」レビュー ネタバレあり
先日大変な視聴率を取って話題になった「半沢直樹」。あのドラマの中で代議士白井亜希子の秘書役を演じたアンジャッシュ児島の演技力が好評です。やはりコントをやる芸人さんは芝居が上手だなあと私もあらためて感心しました。
良い芝居ができる芸人さんといえばと、一人気になりつつもチェックしそびれていた人がいました。「脳みそ夫」です。以前彼が主演する映画を見て彼の演技を高く評価している方がいました。私は脳みそ夫の芸風は年末の「おもしろ荘」で見て知ってましたから、とても意外でした。彼の芸風は子供っぽい化粧をして口をとがらせながら「こんちゅわ~っす!」と人をなめた受け答えをしてウケを取るいわゆる「キャラ芸人」だったので、彼が映画に出演している、しかも主演と聞いてずっと気になっていたわけです。それを児嶋の演技で思い出し、Amazonプライムで検索したところ、ありました。
それが「くも漫。」です。
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物語はニート生活をようやく脱して少し人生に希望のあかりが灯り始めた男。多少金銭的に余裕も生まれてきたところで自分へのご褒美ということで風俗へ。ところがその風俗店での行為の真っ最中に男はクモ膜下出血で倒れてしまう。そのまま救急搬送されなんとか一命は取り留めたものの、どこで倒れたかを親兄弟に隠し続けなければならなくなり…。
ごくごく簡単なあらすじですが、原作漫画を描いた本人が自身をモデルにしているだけに、クモ膜下出血の闘病の記録がリアルかつユーモラスに描かれています。
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この映画というか、原作漫画の秀逸なところは、クモ膜下出血のイメージキャラクター(!)の「クマモン」ならぬ「くもマン」を登場させているところでしょう。
聴くところによると、脳の血管が切れるとそれはもうバットで殴られるような激痛が走るそうで、父親を脳内出血で亡くしている私自身もいつかその日が来るんじゃないかとビビっているわけですが、その恐怖のシンボルが脳髄むき出しのクマスタイルのキャラクター「くもマン」なのです。このくもマン、映画の要所要所に登場します。喫茶店に、病院に、車の中に、突然奴が姿をあらわし、バットの素振りを始める、そしてやがて周囲の誰かにバットの先端がヒットするわけですが、この描写はユーモラスでありながら地味に怖い、いや非常に怖いです。
昔住んでた団地のお隣のご主人が、クモ膜下出血で倒れた時のことを思い出します。その方も開頭手術を受けられて、頭を包帯ぐるぐる巻きで帰宅したわけですが、なんというかもう全然目に生気が宿ってなくて、なんか喋ってることもわけわかんなくなっててとても怖かった。人間頭の蓋開けられたら終わりなんだなと、子供心につくづくビビったものでした。この映画の主人公君は幸いにも後遺症もなく無事生還するわけですが、なまじ無事だっただけに「風俗で倒れた」ってこともハッキリ覚えているのがなんとも皮肉です。本人は隠そうとするのですが、やっぱりカバンの中に風俗嬢のカタログ雑誌を入れっぱなしにしているなどリスク管理の甘いところもあって、簡単にバレてしまうわけですが、こういう時はやっぱり父親ですねえ。母親に真実を告げながらこう言うんです。
「いいんだ、男なんだから。恥をかいて生きていくんだ。」
いやああ、いいセリフ。しびれます。また父親役の平田満がいいです。ジェンダーフリーが叫ばれている昨今ではこのセリフがどう評価されるのかわかりませんが、私はもう断固支持です。女性に恥をかかせてはいけません。男が恥をかけばいいのです!(ん?なんか違うような)
さらにびっくりするような好演を見せているのが母親役の立石涼子です。ナチュラルに息子が倒れた場所が気になってしまう母親役をそれはそれは見事に演じています。最初に登場するときはとても存在感が薄く、ただの息子に甘い母親といった役どころで特に演技が上手いとも思わなかったのですが、とんでもない。終盤にさしかかってもりもりと存在感が増してきて、最後息子に事実を話して聞かせるくだりはもはや母性のかたまり。いやあ母親っていうのはありがたいもんです。私は立石涼子という女優をあまり注意して見た事はありませんでしたが、本作をきっかけに注目していくことに決めました。
でもって最後に褒めねばならないのが、主演の脳みそ夫ですよ。あの「芸人・脳みそ夫」を完全に封印して臨んだ芝居がすごくいい。人嫌いで内向きで周囲にたいしていつもびくびくしている。笑顔なんかまず見せることもなく年がら年中ぶすっとしている表情の無い気弱な男を実に表情豊かに演じています。書き間違いではありません、表情の無い男を表情豊かに演じているのです。ぬらーっとした生白い肉体、中途半端に薄い無精ひげ、ぎょろりとした目玉、妙に分厚い唇、これでデイバック背負って風俗とかもう役作りとしては役満、いや数え役満といっていい出来映えです。やっぱ頭のいい人なんだろうなあ、脳みそ夫。
上映時間は1時間30分と短く、最初にちょっとおっぱい出ちゃいますし、途中オナニーしたりするシーンもあったりして、人によっては微妙な空気になってしまうかもしれませんが、そこさえ乗り越えることができれば楽しく見ることができる良作です。みなさんもあのくもマンの素振りの風切り音に震えてください。ブンッ!ブンッ!
2020/10/26 追記
この作品で主人公の母親役を演じられた立石涼子さんが、既に本年8月2日にお亡くなりになっていたことを知りました。改めてプロフィールを拝見したところ、女優として素晴らしいお仕事をされていた方であることが偲ばれます。円のご出身だったのですね。今思うと本作終盤の車中の演技は今の冴えない世の中を生きる若者たちへの遺言のようにも聞こえてきます。見事な演技でした。ご冥福をお祈りいたします。合掌。
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