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母親は一人と誰が決めたのか。 --- 映画「朝が来る」レビュー ネタバレあり

先日、芦田愛菜主演の「星の子」を観て、蒔田彩珠という女優さんがすごく魅力的だったので、彼女が重要な役を演じる「朝が来る」を観てきました。まずは以下、例によってあらすじを公式サイトから引用させていただきます。

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一度は子どもを持つことを諦めた栗原清和と佐都子の夫婦は「特別養子縁組」という制度を知り、男の子を迎え入れる。それから6年、夫婦は朝斗と名付けた息子の成長を見守る幸せな日々を送っていた。ところが突然、朝斗の産みの母親“片倉ひかり”を名乗る女性から、「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」という電話がかかってくる。当時14歳だったひかりとは一度だけ会ったが、生まれた子どもへの手紙を佐都子に託す、心優しい少女だった。渦巻く疑問の中、訪ねて来た若い女には、あの日のひかりの面影は微塵もなかった。いったい、彼女は何者なのか、何が目的なのか──?

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本作では育ての親である清和と佐都子の物語と生みの親のひかりの物語がそれぞれしっかりと描かれます。そのため、ひかりが今になって里親夫婦のもとを訪れる必然性も、清和と佐都子が突然現れた生みの親に対して取る態度についても、私はとても納得できました。

河瀨直美監督の映画はなかなか敷居が高くてあまり映画館で見ることはなかったのですが、この作品では良い意味でその敷居の高さは感じられず、すっと物語が入ってきて心地よかったです。まあ内容が内容だけに身につまされるシーンも多いのですが、鑑賞後は穏やかな感動に包まれてあたたかい気分になれる作品でした。

私たち夫婦にも子供がいないので、清和と佐都子の気持ちはわかりすぎるくらいわかってしまいます。前半の二人の物語はどうしても自分たちに重ね合わせて見てしまいました。

他の方のレビューなどを見ているとなぜあの旦那さんはそんなに子供を欲しがるのかわからないという意見を見かけます。もとより子供が欲しくないという方は別として、子供が欲しいと思った方が自分の子供を諦めるのは、やはり大変です。

私の場合は年齢と経済的側面から諦めもつけやすかったのですが、ならその判断を下す時にもう少し若ければ、或いはもう少し裕福であったならば、養子という選択肢もあったのだろうかと、改めて考えてしまいました。

最近は徐々に性的差別や諸々の問題が注目されるようになってきていて、同性愛婚を認める国も増え始めてきているわけですが、一方では所得格差が進んで貧困層では子供を産んで育てることが非常に困難だったりします。私は最近のそんな状況をみていると、なんだか出産して子供を育てるという当たり前だったはずのことが、ひどく限られた人だけにしかできないことことのように…うーん、もう一歩踏み込んで言ってしまうとすごく贅沢なことのようにすら思えてくるんですよね。

この先、それなりに裕福な男女の夫婦だけが親になれる社会のままで良いんでしょうか。夫婦のあり方が変わるのであれば、これからは親子のあり方も変わっていかなければならないのではないかという普段の思いを、この映画を見てさらに強くしました。

例えば、この映画ではひかりの両親の存在がすごく気になりました。この両親は自分の娘の受験の心配ばかりしています。半分は娘のためなんでしょうが、どちらかというと娘を良い学校に進学させることで世間的な体面を保とうとしているような、そんな親として描かれています。果たして次女が14歳で妊娠、もはや中絶もできないという状態になった時に、この親は子供を養子に出すように勧めるわけです。えええっ?と思いました。

なぜなら私は元上司の爺さんから、
"孫 は 実 の 子 供 の 何 倍 も 可 愛 い"
とさんざん聞かされていたからです。

なのにこの親ときたらあっさりと実の孫を養子に出せと言う。ひかりが「自分が育てる」と言い張っても、父親は「お前に育てられるわけがない」と断じます。

私が誤解していなければ、このひかりの家は娘二人を私立の大学に入れようとしているくらいですから決して貧しくはない、親が支えてやれば子供一人くらいは育てられる経済力はあるはずなんです。少なくともひかりが自立できるくらいまでの援助くらいなら絶対にできるはず。なのにそれをやらないのはひかりの親の体面を重んじる性格と、子供は親が育てるものだという思い込みからなのでしょう。ひかり自身も最終的には親の意見に納得してしまいます。ここで反論する言葉を持たないひかりが悲しいです。

一方里親の清和と佐都子のエピソードにおいても別の方向からこの問題が提起されます。ある日幼稚園から息子の朝斗が友だちをジャングルジムから落として怪我をさせたという連絡が入ります。落とされた友だちは朝斗に押されたと言い、朝斗は友だちを押してなどいないと言い意見が食い違ってしまいます。幼稚園の子供同士ですから無意識に押す形になってしまったという可能性も残されている中で、相手の親は息子の言葉だけを鵜呑みにして佐都子に誠意を見せるよう迫ります。誠意というのはつまり、謝罪とお金です。親同士が相談して双方の子供の成長にとって良い対応を考える、という選択はハナからありません。佐都子は毅然と振る舞おうとするわけですが、やっぱり「自分の子供は自分が守る」という「親と子の対の関係」の意識を強めていくわけです。

でも、子供は本当に親しか育ててはいけないのでしょうか。

こんなシーンがありました。ひかりの親戚がひかりに「大変だったね」と声をかけた時にひかりはこらえきれずに心情を爆発させてしまうのです。声をかけた側にしてみれば親切心から出た言葉なのかもしれません。しかしひかりからすれば、子供を産んで育てたいひかりの気持ちの側に立つ大人は一人もいなかったわけで、ならばそんな中途半端で身勝手な言葉をかけてくれるなということなのでしょう。この騒動を機にひかりは家を出て一人で生きていかざるを得なくなります。

ひかりの親は子供を里子に出してまた学校に通えば人生を取り戻せるとひかりを説得したわけですが、結果的に一番大切なものを失ったひかりが取り戻せる人生などはありませんでした。特別養子縁組という制度はある意味取引であって、子供を手放す引き換えに取り戻せる人生があったはずだった。なのにその人生は意に反してどんどん遠ざかってゆく。一方で里親となった夫婦は望んだ通り子供を手に入れて、今は幸せに暮らしている。何の代償も払わずに。

ひかりが「子供を返してくれないなら、お金をください。」と言ってしまう気持ちはよくわかります。

私は法的なことはまったくわかりませんが、養子という制度はなんというかすごく強い響きを持っていて、実の親にとっては子供との一切の繋がりを断絶しなければならないというとても冷たい制度という印象を受けます。もちろん遺産相続の問題を始め、いろいろな問題を回避するためにそうせざるを得ない部分があるのは理解しています。でも、それならば、養子とは違う、もう一段階ゆるいレベルの制度がないものかと思ってしまうのです。

つまり子供のすべてを実子として受け入れるのではなく、第2の親として子供の成長を共に見守ることができるような存在になることはできないものか…。絵空事だとは思います。実の子供だと思うからこそ子育ての苦労に耐えられるのだろうとも思いますが、少なくともこの先「子供を育てるのは父と母」という考え方からは脱皮していく必要があるのではないでしょうか。
一人の子供に複数の父や母がいていいと私は思うのです。純度100%の親でなくていい。二人目の母親、父親として子供の成長を側面から支え、共に成長の喜びを分かち合えるような関係性を築けないものでしょうか。

実は本作の登場人物の中に、私の思いに近い人物が一人出てきます。浅田美代子さんが演じるベビーバトンの代表、浅見静恵です。彼女はひかりに問われて自分にも子供がいないことを打ち明けますが、それでもベビーバトンの活動を通じて出会った少女やその子供たちが自分の子供であるような気がすると言います。この浅見の生き方にこの物語の大きなポイントがあると私は思います。親であるということは、実の親であろうとなかろうと、戸籍上の繋がりがあろうとなかろうと、関係ない。ましてや一人である必要もないのです。

佐都子は朝斗との「親子の対の関係性」を守ろうとするばかりに、ひかりと佐都子の面会を一度は拒絶します。しかし佐都子はふとしたことでひかりの真意に触れて気が付きます。自分が朝斗の唯一の母でいるために一人の女性の人生を無かった事にして良いのか、ひかりの存在をなかったことして蓋をしてしまうように、自分たちが不妊に悩んだ過去も清和の重い決断も全てに蓋をして生きていくことがはたして正しいのか。

果たしてひかりは朝斗との面会をはたすわけですが、その後最終的に清和、佐都子とひかりがどのような関係性に落ち着くのかは映画では語られません。でも私は、清和、佐都子、ひかりに朝斗を加えた4人が互いの存在を尊重して、共に手を携えて生きて行けると信じたい。
そして、この作品はそれを十分に予感させてくれるエンディングで幕を降ろします。私はとても満ち足りた気分になりました。

メインキャストの5人(清和、佐都子、ひかり、浅見、朝斗)の演技は文句なし。朝斗役の子役さんは年相応の純粋さと優しさが滲み出ていてとても愛らしい。井浦新の演技は清和の苦悩をきっちり伝えてきたし、永作博美の好演は映画全体を締めていたと思う。特に朝斗との親子の距離感は絶妙で微笑ましいものでした。途中で突然登場する青木崇高にはちょっと笑ってしまいました。なんでここで青木崇高出すかなーw。

で、お目当ての蒔田彩珠ですが、大活躍でした。星の子の少ない出番で見初めた自分をまたしても褒めてあげたい!星の子の時と役どころが似ていたので、次はもっと違う役柄を演じる姿を見てみたい。ほんの一瞬だったけど、化粧映えする顔であることは確認できましたので、ぜひ次ははっちゃけた役を。(それにしてもやさぐれると茶髪になってスカジャンて、かなり古い感覚では…?)

ともあれ、2時間20分と少々長めの作品ではありますが、色々と考えさせられる映画です。上映館が少ないのですが、頑張って観に行って良かったと思いました。不妊がトラウマの方以外に強くお勧めいたします。

とりとめのない長い文章、最後までお読みいただき感謝いたします。

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