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「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」と手【1話感想】

 冒頭、どう言えばいいかわからないヴァイオレットが自分の胸に手を当てる。その姿を見たギルベルトは、心が動く。

 「目は口ほどに物を言う」けれど、私たちの手もたくさんの感情を誰かに伝えている。胸に手を当てれば感動している、固く握りしめていれば緊張している…。そして経験も、手には現れる。字の書き方、箸の持ち方、物の渡し方…、そんな些細な手の動きに、その人の個性が垣間見える。

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 「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の主人公、ヴァイオレットは戦争によって両腕を失った。そのため、金属製の義手を着けて生活することとなる。エヴァーガーデン家ではなく、ホッジンズが営む郵便社に残り、そしてギルベルトからもらった「愛してる」を知るため自動手記人形となる。

 1話の中で、手の動きを捉えるカットは多くある。
 ヴァイオレットを迎えに来たホッジンズは、ギルベルトは生きているかという問いに対して、君を頼まれたと答える。ただし、手はポケットに入れながら。何かを隠したい気持ちが、ホッジンズにあることがその手のカットで伝わってくる。

 エヴァーガーデン家で、ここで幸せに暮らすようホッジンズに伝えられたときも、ヴァイオレットの手が少し動く。その言葉に気になるところがあると示すように。やっぱり、ヴァイオレットは家を飛び出す。

 手が気持ちを伝える手段のひとつであるなら、ヴァイオレットが義手でなければいけない理由は、気持ちを伝えることがまだぎこちないからではないだろうか。

 ホッジンズに「知らないうちに燃えている」と言われてピンと来なかった様子からも、ヴァイオレットが本当に持ち得る気持ちが、他の気持ちと知らない間に入れ替わってしまったと言えるかもしれない。感情を知らないというよりも、経験が不足していることにより感情の言語化ができないヴァイオレットは、「愛してる」が何なのかを知ろうとする。

 ヴァイオレットが失った手は、ギルベルトに教わった文字の書き方を覚えている。気持ちを伝える手が義手に置き換わっても、気持ちを伝えることには変わりない。ただ、義手をつけたヴァイオレットが病床で手紙を書くのが難しかったように、ギルベルトの不在はヴァイオレットの感情表現や気持ちに強く作用しているのがわかる。

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 ギルベルトがいない(義手をつけた)状態で、「愛してる」を知ろうとすること。それは、成長していくなかで当たり前のようにもらう誰かからの愛情に気づいていくことに近い気がする。

 言葉の意味もわからなかったとき、私は確かに誰かからの愛情を受けとり、そして成長してその意味が徐々にわかってきた。どんな人にも心当たりがあるそんな体験を、ヴァイオレットを通じて気づかせてくれる。だからこそ、このアニメがどんな人にも愛されるのだと私は思う。

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