小説/黄昏時の金平糖。【タイムレコード0:07】(最終回、12,270文字、イラストあり)#35 黄昏時の金平糖。

宵宮氷 8月7日 日曜日 午前11時58分 
            愛知県 夏露町 黄昏家

「─わあー!!!着いた、夏露だあー!!!!」
 俺は力の限り叫んだ。本当に来れた!ここは、夏露で、わらべの家だ!
 俺の心臓は破壊されそうだった。いや、もう破壊されている感覚がある。
「じっちゃん、ありがとう!」
「ああ。、、、早く行ってこい」
 じっちゃんは軽トラの窓から顔を出した。
「8月21日に迎えにくるでな」
「うん!分かった!」
「ほじゃな」
 じっちゃんは静岡に帰っていった。

 ここを押したら、また新しい物語が始まりそうだ。インターホンの前で、そう思った。今度はもっと長編で、もう二度と終わらない、そんな幸せの詰まった物語が。
 一度深呼吸をし、行こうと決めた。
 俺はインターホンを押した。

黄昏わらべ 8月7日 日曜日 午後12時00分 
            愛知県 夏露町 黄昏家
 
 俺はドアを開けた。
 そこには、2年前から変わらない、俺の相棒がいた。俺らならできたな。やっと、出会えたな。
 氷は目を見開いて、ただ俺を見つめていた。
「─おかえり」
 俺は一言、そう言った。
「ただいま!!!」
 氷は俺に抱きついた。俺も氷に回した手に力を込める。
「やっと会えたね、わらべ!!」
「ああ!俺本っ当に嬉しいよ!!」
 俺、お前に会えて良かったよ。

 俺はお前が大好きだって気持ちはいつだって変わんない。信頼してる気持ちはいつだって同じだから。だから、言うんだ。
「─あのさ、氷。俺、いろいろ思い出とかも話したいんだけどさ」
「うん」
 静かに俺の話を聞いてくれる。俺の目から何かを感じ取ったみたいだった。
「その前に伝えたいことと、やりたいことがあるんだ!」
「もちろん!なんだってやろう!」
 良かった、言えた。
 俺は本当に安心した。はああああ、と長いため息をつきながら壁に氷に抱きついてもたれかかった。
「わあああ、どしたの笑?」
「いや、ほんとに嬉しくて、現実味ないかも笑」
「たしかにね笑!」
 俺は氷をはなして、家に上がった。
「氷、上がっていいよ!俺の部屋まで行こう!」
「やった!お邪魔しまーす!」
 氷はキャリーバッグを引きながら笑顔で、俺の家に足を踏み入れた。


宵宮氷 8月7日 日曜日 午後13時42分 
            愛知県 夏露町 黄昏家

 わらべのお母さんは、手作りカツとレタスのサンドイッチを作ってくれた。俺はそれを何個も食べた。本当においしかったし、懐かしい味がした。わらべの家に遊びに来たときの昼食は、いつもこれだったのだ。

 その後、俺らは二階に上がった。
 まつりちゃんが、「私の部屋あげるよー」と言って、仕切っていたカーテンを取り外し、机の上の物や、引き出しの中の物を全部ダンボールに詰め込んで、空にした。となりの部屋からダブルベッドを運んで、二人で部屋にいれるようになったのだ。
「私のことは気にしないで!二人とも楽しむんだよー!」
「ありがとう!まつりちゃん!」「ありがとう!まっちゃん!」
 まつりちゃんはどこまでも優しかった。

 大きなクッションソファを2つ並べて、座った。
「さあ、わらべ、何したい?」
「んー、まずその前に、、、」
 ああ、俺に何か話したいことがあったんだっけ。
「なんでも話していいよ!」
「ほんとに優しいな、氷!」
 わらべはこっちを向いて、笑って言った。それから、顔の向きを戻して、遠くを見つめるように、話し出した。
「俺ら、わたとわさびと俺はさ、氷がいなくなったぐらいの時に─」

黄昏わらべ 8月7日 日曜日 午後14時00分 
            愛知県 夏露町 黄昏家

 全部言えた。氷が転校した時から、最近3人であった日までのことを。氷は、「そっか」と言いながら、優しい表情をしていた。いや、優しいというか、少し寂しそうな顔だった。
「あぁ、ごめん。期待外れだったかも知れないけど」
「いや、全然何話しても大丈夫だよ」
 それよりも、と氷はこっちを見た。
「俺はそれはまあ、悲しいっちゃ悲しいけど、、、でも、それよりも悲しいのは、わたわたの呼び方かも」
「え、わた、、、?」
 俺は少し驚いた。

「だってさ。いっつも俺らは、わたのことをわたわたって呼んでたでしょ?」
「あ」
 俺は今日の夢の内容を思い出した。
 そういえばあの中の俺、たしかにわたわたって呼んでた。
「遠くなったからって、0になるわけじゃないと思うんだよね。ただただ遠くなっただけなら、近づけると思うんだ!わたわたは、今でも記憶の中とか心の中には忘れずにいるんでしょ?それを見ないフリしちゃだめだよ」
 優しく怒られている、感じがした。そうだよ。わたは、わたわたは、俺の大好きな仲間だよ。いつもいるのに見ないフリをするのは、俺、最低だよ。
「そっか、わたわた、か」
「そう!わたわただよ!で、俺らの仲間はもう一人」
 せーのと言わなくても分かる。
「「わさび!!」」
 ハモった俺らは笑った。
「俺らの大切な仲間、だもんね。分かった!俺、良いこと思い付いたよ!」
「え?早くね?」
 俺が驚いていると、キャリーバッグから、ノートを取り出した。
「今日ってさ─」
 
宵宮氷 8月7日 日曜日 午後14時05分 
            愛知県 夏露町 黄昏家

「花火大会があるんだよね!」
「あれ、そうだっけ?」
 え!わらべ知らないの?
 俺は新聞を見たり、学園の友達からスマホを借りたりして、いろんなところから情報を集めたんだ。
「今日あるんだよー、5時30分から花火が上がる!」
「そうなんだ!」
 そこでー、と言わんばかりに、俺は人差し指を立てた。
「だから、俺ら4人と、愛華葉と葉凰を集めて花火を見ようよ!んで、その時に歌も歌うんだ!」
「、、、おおー!!」
 わらべの表情は期待に変わった。

「でも、花火の音とか、人の声で歌聴こえなくない?夏露に穴場なんてないし、、、」
「あー、たしかに、、、」
 どこか、静かに歌が聴けて、ついでに花火も見えるところって、どこだろう。
 と、わらべが「そうだ!」と言った。
「ん?どこかある?」
 わらべはにこにこしながら言う。
「夏露中のベランダから見よう!」
 えーと、、、え、夏露中って、学校のこと?
「中学校からみるの!?」
「ああ」
 わらべは続ける。
「門は飛び越えればいいだろ?んで、日曜日は先生一人もいないからな!そのまま4階の音楽室のベランダならきれいに花火も見えるし、歌も歌える!」
 この強引さは嫌いじゃない。むしろ、わらべらしくて好きだ。たまには悪いことしたって誰も見てないさ。
「そだね!行こう、それで!」
「あとは、、、どうやって4人を呼ぼうかな」
「え、電話とか、メールとか知らないの?」
 最近はFAIN なんていう、メッセージアプリがあるんだって、学園の子が言ってたし。
「俺、スマホ持ってないからさ」
「そっか、、、じゃあ、本人の家まで、行く?」
「え!!?」
 わらべは驚いていた。
「あ、そっか、わたわたたちと気まずいのか、、、」
「でも、葉凰の家なら知ってる」
「おお!」
 それならできる!
「じゃあ、葉凰の家まで行こ!で、葉凰に愛華葉とわさびに連絡してもらって、わたわたは俺が迎えに行く!」
 わらべは2秒くらい考える仕草をした。その後指パッチンして、俺を見た。
「そうしよう!」
「よし!決まりだね!」
 俺は笑顔で拳を突き出す。わらべも拳を出して、コツン、と鳴った。

「そういやなんで葉凰と愛華葉知ってるの?てか、愛華葉って、なんで、、、」
「あれ、言ってなかったっけ?」
 しまった、言ってなかったんだ!
「それじゃあ、俺も語るよ。大切な仲間の、葉凰と愛華葉のことをね」
 俺は全てを思い出しながら、記憶をたどっていく。

木暮葉凰 8月7日 日曜日 午後16時45分 
            愛知県 夏露町 木暮家

「─葉凰、お友達が来たよ」
「分かった」
 俺は玄関のドアを開けた。おかあさんが知ってる友達ってことはわらべかな?
 なんだろう、と顔を出すと、俺はびっくりした。
「え、え」
「やっほ、葉凰!」
「久しぶりだねー!」
 わらべと、となりに氷がいたのだ。

「え、氷?ほんとに久しぶりだね」
「葉凰、前はありがとうね!」
「いやいや、俺こそほんとにありがとう」
 氷がいるのもびっくりだし、夏露になんでいるのって感じだし、というか、わらべと氷がとなりにいるってことは、、、。
「わらべ、氷と会えたんだ」
「ああ!ほんとに嬉しい!」
「よかったな」
 良かった。わらべも氷も、満足そうだ。
「で、どしたの?」
 わらべは真剣な目になった。

「俺、わさびとわたわたと、また会いたい。愛華葉っていう人とも話してみたい。だからさ、お願いがあって」
「うん」
「17時20分ぐらいに、夏露中の第二音楽室に来てほしい」
 ん?夏露中?
「夏露中って、中学校?開いてんの?」
「いや?開いてなくても行くんだよ!」
「はあ」
 え、俺、何?不良になるの?先生に見つかったら大惨事だろ、、、。
 でも、今日は日曜日だということを思い出した。
 そっか。バレないか。それに、わらべたちの物語を最後まで見届けるって、愛華葉と話したしな。
「いいよ」
 俺は笑顔で言った。
「やったね!」
「ああ。あとさ、愛華葉に同じこと連絡できる?」
「もちろん」
「その後、愛華葉にはわさびに送ってもらえるように言ってくれるとうれしい」
「分かった。任せとけ」
 少し、わくわくしてきた。
「ただ、わたはどうすんの?」
 そしたら、氷が答えてくれた。
「俺がわたわたの家まで行って、そのまま学校に行く!」
「よし、分かった!じゃあまた後でな」
「本当にありがとう!またあとで!」
「じゃあね!」
 俺は二人に手を振り返した。

 ドアを閉じると、おかあさんに話しかけられた。
「何話してたの?」
 俺はうんざりしながら答えた。
「友達と、話してた。今日の夜、遊びに行ってくる」
「どこに行くの?」
「中学の近くで、花火見るから」
 まあ、見るかは知らないけど、取りあえずこうやって言っておこう。
 おかあさんは、「行ってらっしゃい」と言ってくれた。
 と、ついでに「葉凰」とまた呼び止めた。

「今日はお父さん早く帰ってくるって。何言われても気にしないでね」
「ああ、、、分かった」
 俺はスマホを操作しつつ、自室に戻る。

暁愛華葉 8月7日 日曜日 午後16時51分 
             愛知県 夏露町 暁家
 
「─ん、どした?」
 葉凰から、電話が来た。
「あのさ、17時20分に夏露中の音楽室来れる?」
「え、どゆこと?」
 急だった。
「もうすぐで、クライマックスが来るんだ」
「???」
 わけが分からない。

「さっき、わらべと氷が俺の家に来たんだ。で、2人がわたとわさびに会いたいって。だから、夏露中の音楽室に集まって歌うんだって」
 そういうことか。っていうか、、、。
「氷って、、、静岡の?」
「ああ」
「そっか。会えたんだ」
 本当に嬉しかった。良かったね、わらべ。
「分かった。行くよ。で、わさびに私が連絡するってことね」
「すげえな。分かるんだ」
「もちろん」
 私はあの旅を通して、100%回復したんだ。私の勘は冴えに冴えきっている。
「それじゃあ、またあとでね」
「ありがとう、またな!」
 私は電話を切った。


師走わさび 8月7日 日曜日 午後16時55分 
        愛知県 夏露町 からふるとまと

「はい、、、あ、愛華葉!」
 電話なんて、珍しいな、と思った。
「ごめん。わさび、あのさ」
 愛華葉は思い切ったように言う。
「夏露中に来れる?」
「え、今から?」
「うん、今から」
 外出は、この児童養護施設はあまり良く見ていないようで、場所と時間帯が大丈夫であれば良いらしい。今からだと、ちょっとギリギリかもしれないけど。
「なんで?」
「あんたの夢を叶えるために」
「え?」
 ちょっと意味が分からない。
「とにかく、夏露中の音楽室で待ってるから」
「え、あ、分かった、音楽室ね!」
 電話が切れた。
 私の、夢?

 私の夢は、あの2人と仲直りして、氷含めて4人でみんなで笑い合うこと。その事は、愛華葉だけには話していた。
 もしかして、愛華葉、私の夢を、、、?
 嘘でもいいけど、この事実を逃したくないと思った。私は勢いよく、ドアを開けて、食堂に走る。

 そこにいたのは、あいにく、見谷さんだった。
 どうしよう、見谷さんには、多分だめだよ。
「どうしたの?」
 話しかけられている。どうしよう、どうしよう。
 だけど、私は負けないって決めたんだ。もう二度と、泣かない、逃げないって。だから。
「見谷さん」
 大きく息を吸い込んだ。
「夏露中学校に行きたいです!」
 まっすぐ、見谷さんの目を見た。
「今から?」
「今から、です」
「何をしに行くの?」
「夢を叶えに行きます!!」
 私は笑顔で、堂々と言った。


黎明わた 8月7日 日曜日 午後17時05分 
            愛知県 夏露町 黎明家

「わたちゃん、氷くん来たよ!」
「え!?」
 氷ってまさかの?
 私は走って玄関まで行って、勢いよくドアを開けた。
「氷!!」
「わたわたあああ!!!」
 氷は自分に抱きついた。
「めっちゃ久しぶりじゃん!元気してた?」
「うん!めっちゃ元気だよ!!」
 本当に嬉しかった。
 本当に久しぶりだった。ちゃんと、会えるんだ。
「ねえ、わたわた。よく聞いてほしいんだ」
「どした?」
 自分は黙って聞く。
「今から、夏露中学校に行こう」
「え、なんで?」
「わたわた、わらべとわさびに、会いに行こう、俺と!」
「!!!」
 来た来た、これだよこれ!

 このチャンスを、ずっと掴みたかったんだ。
「行こう、今すぐ行こう!会いに行こう、わさびとわらべに!!」
 自分はドアを開けて、リビングに向かって、母さんに「母さん、学校行ってくる!」と言った。
「え、今から?どうして?」
 私は笑顔で言った。
「わらべとわさびに、会いに行くんだ!!」


黄昏わらべ 8月7日 日曜日 午後17時15分 
                愛知県 夏露町 

 俺さ、ずっと分かってたんだ。
 夏露中へ走りながら、思った。

 本当は、分かってた。誰かがやらなきゃ誰も変われなくて、だから俺が動けばもっと早くみんなに出会えてたってこと。
 昔の俺は、だいぶ自分勝手なところがあった。幼馴染みには見せないようにしてたんだ。もしあそこで、俺の反抗期が終わっていれば、自分勝手じゃなかったら、みんな苦しまなくて済んだ。

 校門をそのままジャンプして突破する。そして、渡り廊下から学校内に忍び込んだ。
 驚いたことに、校内には先生らの笑い声が聞こえてきた。
 音を立てず、早足で階段を上る。

 ごめん。本当にごめんな。どこまでも自分勝手で。でも俺、変わろうと思ったんだ。今日。純粋無垢な氷、常識範囲内で自由に動き回るわさび、とても優しいわたわた。
 葉凰もだ。親身になって話を聞いてくれる、丁寧な人だ。愛華葉はどんな人か分からないけど、だからこそ楽しみだ。これから、好きになるからさ。

 俺、みんなが大好きだからこそ言うよ。
 みんなと会えて本当に良かったってね。

 俺は音楽室の上窓から飛び降りて、着地した。
 一番最初に、音楽室に着いた。

師走わさび 8月7日 日曜日 午後17時20分 
          愛知県 夏露町 夏露中学校

 やばい、先生に見つかる!
 私はとっさにロッカーの陰に隠れた。先生たちは笑いながら、通りすぎていった。危ない。

 見谷さん、本当にありがとう。
 私がからふるとまとに来たときから本当にお世話になったね。たしかに、厳しくて、見つかったり怒られたりすると、うんざりしちゃう。
 でもさ、それって、心配で、かわいくて、ほっとけないんだよね。分かってるよ。だから、私、見谷さんが大好きだよ。

 私は3歳の時に、ここへ来た。

 お母さんとお父さんは、どこに行ったのか分からない。けど、気づいたらここにいたのだ。
 私には今社会人になったばかりの親戚のお姉さんがいる。そのお姉さんを育てていたお母さんとお父さんが引き取ってくれると言ってくれたんだ。
 私のお父さんとお母さんにはお世話になっていると言っていたし、お姉さんがいなくなって寂しいから、と。

 嬉しいけど、ちょっと複雑だった。
 本当に、快く受け入れてくれるのか。もし、変なところだったらどうしよう。そんな私を察したのか、見谷さんは「もし、嫌だったら帰っておいで。私たちに頼るんだよ」と言ってくれた。

 私、みんなに言えないんだ。私の家の場所が。けど、唯一あの3人だけは知っているんだ。私が大好きな人たちは。
 あの日、氷が転校した日、わらべには申し訳ないって思った。私も、あの時だけは、先生に掴みかかってれば、氷ともう少し早く会えたかも知れないし、わらべとわたとも仲良くなれた。

 今過去を悔やんでも仕方ないから。
 だから、私は走ってるよ。愛華葉の言葉を信じて。夢を叶えるために。

 音楽室に着いて、勢いよくドアを開けた。

 そこには、わらべがいた。

黄昏わらべ 8月7日 日曜日 午後17時21分 
          愛知県 夏露町 夏露中学校
 
「わさび!!」
 この瞬間を、待ってたよ、ずーっと。
「わらべ!!」
「あの時はほんとにごめん!俺もっと話したいことがあるんだ!」
「私も!もう逃げないから。逃げないって、決めたから!」
 わさびは笑顔だった。俺も覚悟を決める。
「わさび、聴いててほしいんだ」
「何を?」
 まっすぐに、水色の瞳を見つめた。

「─俺の、歌を」

師走わさび 8月7日 日曜日 午後17時22分 
          愛知県 夏露町 夏露中学校

 ─午前2時 フミキリに 望遠鏡を担いでった
  ベルトに結んだラジオ 雨は降らないらしい

 これは、「天体観測」だ。 
 私は驚いた。同時に、嬉しくなった。
 ああ、私たち同じものを聴いてたんだね。本当に嬉しいよ。私だって、歌いたい!

 わらべに届けるために練習した、この歌を。

 ─2分後に君が来た 大袈裟な荷物しょって来た

 わらべは驚いたようにこっちを向いた。
 私たちは笑顔で歌い出す。

 ─始めようか天体観測 ほうき星を探して

木暮葉凰 8月7日 日曜日 午後17時20分 
                愛知県 夏露町

 俺にはおかあさんとお父さんに、兄ちゃんと弟がいて、宮崎県に住んでいたのだ。
 だけど、ある日突然おかあさんとお父さんは離婚して、おかあさんは俺を、お父さんは兄ちゃんと弟を持って、俺らだけあの家から出ていった。
 で、俺が小4になった夏、夏露小学校に転校してきた。
 新しいおとうさんは、俺と仲が悪くて、いつもいつも、おかあさんを責めていた。どうしてこんなやつを連れてきたのか、と。
 おとうさんはただただ、俺を睨み、暴言を吐く、それだけで、遊びに連れてくなんてことは一度もなかった。

 なんでおかあさんはこんな人と結婚しようとしたのか。それは、俺を学校に行かせるためのお金をこの人にも稼いでもらうためだった。
 こう言うと悪く聞こえてしまうが、そうでもない。おかあさんはもちろん自分でも働いている。家事もこなしている。ただ俺を、幸せにしたい、それだけなんだ。
 けど俺、自分より、おかあさんにも幸せになってほしい。もう一回、お父さんと話してみよう。怖いから、まだ言えていない。

 いつか言うんだ、絶対に。
 わらべは本当にすごい。
 自分のやりたいことを自分でやろうとしてる。どんなにそれが気まずくても嫌でも、泣きながらでも、真剣に向き合っている。
 愛華葉も、学校の疲れを癒すためって、自ら考えて行動してた。俺のことも、真っ先に、心配してくれてて、まっすぐで優しい人なのだ。
 わたは、相変わらずからかってきてムカつくけど、あいつの小学校からの変わりようを見ると本当に感心する。

 だから、いつかじゃない。
 もう、言おう。

 俺は音楽室まで全速力で駆けていく。と、俺の耳は二度と無いだろう奇跡を捉えた。

 ─深い闇に飲み込まれないように 精一杯だった

暁愛華葉 8月7日 日曜日 午後17時20分 
          愛知県 夏露町 夏露中学校
 
 友達を作ることが怖くて、極力自分から離れていた。だから、今人付き合いに精一杯なんだけど。

 わたも、わさびも。いろんな人に対して親切なのだ。わさびは、コミュ力おばけで、一番最初に私に話しかけてくれた人。そこから、少しずつ仲良くなれて、今のバチバチライバルなスクールライフがあるのだ。
 わたは最近出会ったばかりだけど、仲良くなりやすくて、面白い人だった。勘が鋭いのか、はたまた天然な性格由来からなのか分からないけど、たまに私で遊んでくるところは少しムカつくけど楽しいのだ。
 葉凰は、人のことをちゃんと考えてくれる。少し心配性気味ながらの優しさ、親切さ、あたたかさ、丁寧さがあの人にはあるんだ。

 もう、怖いことは恐れない。得体も知れないものを怖がりはしない。
 私も、みんなみたいになりたい!

 音楽室の前には葉凰がいた。
 葉凰も私に気付き、小さく指差した。
 そこには、「天体観測」を歌う、わさびと多分わらべがいた。
 あれが、みんなの言うわらべか。

 「天体観測」は、わさびに夏休み前にすすめられて、聴いていた。アカペラバージョンが良いって言ってたから、そっちを。そしたら、あり得ないくらいの衝撃を受けた。私も、あんな風に歌いたいって、思ったんだ。

 今なら、ちょうど良い。
 物語を傍観するのはやめよう。私たちも、物語に入ろう!

 ─君の震える手を握ろうとしたあの日は

「行こう、葉凰!」
「え!?」
 私たちも、物語に溶け込んで行く。
 わさびたちは、驚いて、でも嬉しそうにこちらを見た。

 ─見えないモノを見ようとして
  望遠鏡を覗き込んだ


黎明わた 8月7日 日曜日 午後17時15分 
          愛知県 夏露町 夏露中学校

 小学校の頃の自分は、何もかもを諦めていた。
 ドッジボールでは豪速球の球を恐れて泣いていたし、クラスでどうしても作文を勇気が出ず発表できなくて先生に叱られたり、人ともろくに話せなくて、もう全てどうでも良かった。

 けど、そんなときに私を唯一認めてくれたのは、氷とわさびとわらべだった。あの3人のまっすぐさと、優しさ、明るさは、自分にはないものだった。
 このままだと置いてかれる。自分はこの中にいられなくなる。でも、そんな自分を受け入れて、肯定してくれたのだ。

 それから自分は氷が転校して一年後、中学校から変わろうと思っていた。初日、恥ずかしさを全て捨てて、笑顔で大きな声であいさつしたのが始まりだ。

 今は心に余裕があって、なんでも前向きに見える。どこかで人見知りが発動することは多々あるけどね。でも、自分のことはもう嫌いじゃない。

 全部、みんなのおかげなんだ。

「おい!!廊下を走ってる2人!!」
「まずい!」
「二手に分かれよう!」
 自分らは分かれていく。

 氷、ここまで連れてきてくれて本当にありがとう。
 今度は自分が、手を引っ張るからね。

 自分はスピードをあげる。
 そのまま、氷が来るであろう方向に走り、渡り廊下から見ることのできる教室の一つに上窓から忍び込んだ。
 
宵宮氷 8月7日 日曜日 午後17時18分 
          愛知県 夏露町 夏露中学校

 あー、捕まる!
 だけど俺はこの状況を楽しんでるように思えてきた。こんなに悪いことをするのは、静岡ではやらなかったから、久々で、なんならちょっと嬉しいのだ。
 俺は綺麗に先生をまきながら、渡り廊下を走る。と、「氷!」と声が聞こえた。
 それは、窓の先にある教室のベランダにいたわたわたの声だった。
「わたわた!」
 俺は迷うまでもなく、渡り廊下の窓から大きくジャンプし、そのままわたわたのいるベランダに着地した。
「ナイス!」
 わたわたは鋭く言い、「上から入ろう!」と上窓から教室の中に入っていった。
 背後では「ったく。やっと帰ったか」なんて呑気な先生の声が聞こえてきた。

 俺は、おばあちゃん家に住んでいて、銭湯の手伝いをしたり、習い事のサッカーをしながら弟とおばあちゃんの3人で過ごしていた。
 けどある日、いままで俺らの前に姿を現さなかったお母さんとお父さんが突然やってきて、俺は連れてかれた。そこが、静岡だったのだ。
 ただ、その先でお母さんとお父さんは喧嘩の末離婚し、俺をじっちゃん家に置いて2人はどこかへ去っていった。

 それから、1、2年間、あっちで暮らしていた。

 俺、もしみんなと仲良くなれたら。
 ずっと愛知にいようって思ってる。
 みんなと一緒にいたいからさ。またあのばあちゃん家で暮らしたい。俺、愛知が、みんなが大好きだから!!

 ようやく音楽室に着いたとき、綺麗なメロディーが聴こえてきた。

 ─静寂を切り裂いて いくつもの声が生まれたよ

黎明わた 8月7日 日曜日 午後17時22分 
          愛知県 夏露町 夏露中学校

 ─明日が僕らを呼んだって
  返事もろくにしなかった

 これって、「天体観測」だ!
 あの時のテレビを見たときのように、身体が震えてきた。
 よし、ここまで来れた。
 行こう、氷!

 自分は、目を合わせた。
 氷も、笑顔でうなずく。

 みんなで、歌おう!!

 ─「イマ」というほうき星 
   君と二人追いかけていた


宵宮氷 黎明わた 師走わさび 黄昏わらべ
木暮葉凰 暁愛華葉 8月7日 日曜日 
午後17時23分 愛知県 夏露町 夏露中学校

 やっと、会えた!
 やっと、会えたよ!
 この時をずっと待ってたんだ!
 ずっと歌いたかったんだよ!
 俺らが信用もしてこなかった奇跡って
 本当にここにあったんだね。

 ─気が付けばいつだって 
  ひたすら何か探している

  幸せの定義とか 哀しみの置き場とか

 やっと見つけたよ。
 自分らの、幸せ。

 ─生まれたら死ぬまで ずっと探してる
  さあ 始めようか天体観測 ほうき星を探して

  今まで見付けたモノは全部覚えている
  君の震える手を握れなかった痛みも

 あの時、素直になれなくてごめんな。
 私も、前に進めれば良かった。

 ─知らないモノを知ろうとして 
  望遠鏡を覗き込んだ

  暗闇を照らす様な 微かな光探したよ

 過去を見ても仕方ないから。
 私たちはただ、前を向いていたい。

 ─そうして知った痛みを
  未だに僕は覚えている

 俺らなら、
 自分らなら、
 俺らなら、
 私たちなら、
 俺らなら、
 私たちなら、

 なんだって乗り越えられる!!!

 ─「イマ」というほうき星
   今も1人追いかけている

 ─背が伸びるにつれて 
  伝えたいことも増えてった

  宛名の無い手紙も 崩れるほど重なった

  僕は元気でいるよ
  心配事も少ないよ

  ただひとつ 今も思い出すよ

 と、急にドラムの音が聴こえてきた。
 わたわただった。

 ─予報外れの雨に打たれて 泣き出しそうな
  君の震える手を 握れなかったあの日を

 今度は、ベースの音。
 これは、わらべだった。

 ─見えてるモノを見落として
  望遠鏡をまた担いで

  静寂と暗闇の帰り道を駆け抜けた
  そうして知った痛みが 未だに僕を支えている

 ちょっとメロディーとは駆け離れた、でも綺麗な音程のハモりが聴こえてきた。
 これは、愛華葉と葉凰だった。

 ─「イマ」というほうき星
   今も1人追いかけている

 ひたすらにまっすぐ歌っているのは
 氷とわさびだ。

 ─もう一度君に会おうとして 
  望遠鏡をまた担いで
  
  前と同じ午前2時 フミキリまで駆けてくよ
  
  始めようか天体観測 2分後に君が来なくとも

 
 本当にできた!
 アカペラができた!!
 
 俺、 自分、 俺、 私、 俺、 私、

 みんなが大好きだよ!!!

 ─「イマ」というほうき星
  君と二人追いかけている
 

 「天体観測」は終わった。
 しっかりと、歌い切った。
 6人は、一斉に笑いだした。
 泣きそうなくらい、嬉しさがあふれるくらいに
 笑った。

 氷はひとしきり笑った後、「ねえ」と言った。

「みんな、会えたね」
 5人は黙ってうなずいた。

 それから、わらべは「あのさ」と切り出す。
「わさび、わたわた」
 わさびは、嬉し涙を浮かべながら笑顔で振り返った。
 わたは、わたわたと呼ばれて驚いていた。

「あの時は本っ当にごめん」
「私も、ごめんね」
「自分も。ごめん」
「俺さ。あの時は本当に不器用でぶっきらぼうで、だから言えなかったけど」
「「うん」」
「本当に、大好きだよ」
 わらべは、2人を抱きしめた。
 わたは、ははっと笑って、
「自分も、好きだよ」
 と嬉しそうに言った。
 わさびは泣きながら、
「私も、本当に大好き!」
 と叫んだ。

「俺も混ぜてよー!」
 と、氷が入ってきた。
 4人は、大声で笑った。

 愛華葉と葉凰は笑顔で、その様子を見ていた。
「葉凰と愛華葉も来いよ!」
 わらべは2人もまぜた。
 愛華葉も、葉凰ですら、ここの場所が心地よく思えた。

 6人はみんなで、大声で笑った。
 その時、ドーンッという音がした。
「もしかして!」
 氷はわくわくしながら外を見た。
「花火だー!」
「外出ようよ!」
 わたは、3階の渡り廊下の屋上に降り立った。
「俺も出よー!」
「私も!」
「しゃーねーなあ」
 みんなで、屋上に降りた。

 そこからは、本当に綺麗に花火が見えた。
 まだ空のしたの方はほんのりとオレンジがかっている。
「めっちゃ綺麗じゃん!」
「たーまやー!」
 いろんな形でいろんな色で、夜空に大輪の花を咲かせていった。

 と、氷は「見て!」とみんなを促した。
「流れ星だ!」
 次々と流れていく星を見て、感動した。
「なんてお願いしよっかなー」
「俺、もっとここにいたいってお願いしたい」
「私も、このままが続いてほしいなって思うよ」
 それも綺麗だが、点々と夜空に光る、小さな星たちも、またかえってきれいだった。
「あの星も綺麗だな」
「なんだっけー、夏の大三角形?」
「なつかしいなあ」

 ほのかに夕日の残る空に咲く花火と、空を泳ぐように流れる星、個々に輝く星たち。
 この不思議な光景は、私たちを、俺たちを優しく包み込んでいる。
 この空は、今の一瞬だけであっても、この絆と思い出はきっと永遠に生き続けるであろう。
「会いたい」なら会いに行こう。
「笑いたい」なら笑い合おう。
 それらをできた先に、みんなでいられるのなら。

 黄昏時の空には、金平糖のような星たちがいくつも光り輝いていた。




最後まで読んでいただいてありがとうございました!

さあ 35話まできて最終回を
無事に迎えることができました!

応援してくださったみなさん
本当にありがとうございました!

諦めずにここまで来れたのは
みなさんのおかげです(*´ー`*)


自分は書いた小説を
もっといろんな人に読んでもらいたい、
笑顔になってもらいたい、
もっと自分の想像力を広げたい、
そんな思いで投稿しています。

noteもそのために始めました。

創作小説を通して 自分は
素敵な出会いがあり、
たくさんの成長をしました。

「どんなお話にしよう?」
「こんなのがいいかも!」
家にいる時間、学校にいる時間、旅行の道中でも
大好きな小説を考えることがありました。

今も 次はこの子達をどんなところに連れてって
どんな物語にしよう。
そうやって 考えています。

小説は自分にとって
大切なものであり 身体の一部です。

そんな自分が作った「黄昏時の金平糖。」
みなさんはどう感じましたか?

「そういえばこういうことあったな」
「この子みたいになりたい」
なんて思う瞬間はありましたか?

みなさんの感想を聞いてみたいです(*´ー`*)
お待ちしています!


ありがとう!!


では 次の記事でお会いしましょう!

本当に 本当にありがとうございました!!

またね!






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