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一般向けにiPS細胞とゲノム編集の解説を聞いた話のシェアと、知り得た情報に対してどのように学びの態度をもつかの所感


目黒にある高野山真言宗高福院にて、京都大学iPS細胞研究所サイエンスコミュニケーター和田濵裕之さんの講座を受けてきました。普段から一般向けに、最新のiPS細胞の情報を解説されている方ともあって、科学を専門にしないものにとってもたいへんわかりやすい説明で、iPS細胞の研究の進行状況や取り巻く環境に関して、学びを得ることのできる機会でした。

いくつかの有益だった情報を整理して、シェアします。

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1.そもそもiPS細胞とは、日本語にすると「人工多能性幹細胞」を意味する言葉。身体中のほぼすべての細胞へ分化でき、ほぼ無限に増殖できる「多能性幹細胞」を作製する。これによって、①細胞移植などの再生医療、病態の再現、創薬、および、②治療法の開発に活用の可能性が期待され、実現に向けての研究開発が進行している。

2.一般的には②再生医療の治療法として主に期待されているが、研究者にとっては①創薬における活用がとくに期待されている。なぜなら病態の細胞は、採取しても何度も繰り返しての実験には使えない上、神経など取り出すことのできない細胞もあるから。iPS細胞を用いることによって細胞を無限に増殖させながら、病態を再現しつつ創薬の有効性を探っていくことができる。

3.平成29年2月時点で、指定難病306疾患の内、155疾患のiPS細胞が作製してある。指定難病を持つ患者から同意取得をして、細胞を採取。iPS細胞を作製し、保存・配布するという流れで進行している。

4.①iPS細胞を使った治療法としては、臨床研究・治験段階にある。昨年秋からはパーキンソン病に対する治験が進行中。2014年には理化学研究所で世界初のiPS細胞を使った網膜機能再生の外科手術が行われた。これは自家移植によるもので、10ヶ月の期間と1億円に及ぶコストがかかっている。1人の患者につきそれほどのコストがかかるとなると、実用化するのが難しい。

5.そこで、再生医療用iPSストックを使用していく。自家移植ではなく、健康なヒトから採取したiPS細胞を冷凍保存して使用するというもの。このとき、移植における拒絶反応を薄くするため、細胞に対するゲノム編集を行うことで免疫反応を起きにくくする。

6.ゲノム編集とは、①遺伝子の塩基配列(ATCG)を一文字だけ変える、②遺伝子そのものを働かなくする、③外から遺伝子を加える(遺伝子組み換えと同じような技術)を意味する。

7.ゲノム編集といえば、ゲノム編集技術で開発した食品に関して、商品表示義務がなく流通できる制度が、つい今年9月に消費者庁によって定められた。消費者団体からは反対が出ている。開発中のゲノム編集食品には次のようなものがある。トマト(リコピンが高い)、マダイ(肉付きがいい)、じゃがいも(ソラニンが少ない)。関連する食品表示義務に関しては下記参照。

・従来の品種改良(交配や放射線などによる突然変異)表示義務なし
・ゲノム編集(狙った遺伝子を切断)表示任意
・ゲノム編集(狙った部分に遺伝子を加える)表示義務あり
・遺伝子組み換え(外部から遺伝子を加える)表示義務あり

8.ゲノム編集において免疫反応をなくすため、「ユニバーサルセル」と呼ばれるものを開発している企業もある。HLA(自己と非自己を識別することができる細胞の表面抗原)の発現を調整する仕組みそのものを壊してしまおうとするもの。開発していたのは海外企業だったが、2018年2月にアステラス製薬が買収した。ただし、何もない細胞に対して拒絶反応を起こすという免疫反応もあるため、京都大学では、別の形でiPS細胞のゲノム編集を研究している。

9.iPS細胞から適用できる病気の例(治験等進行中のもの)
神経細胞:パーキンソン病
網膜、角膜細胞:眼の病気
心筋細胞:心不全
神経幹細胞:脊髄損傷
血小板:輸血
免疫細胞:癌
軟骨細胞:関節疾患
など

10.iPS細胞ではないが、再生医療製品として製造承認を得て実用化されているものとしては「ジェイス(自家培養表皮)」がある。患者自身の皮膚組織を採取し、分離した表皮細胞を培養し、シート状に形成して患者自身に使用するというもの。この製品はたとえば京都アニメーションにおける事件の被害者患者への治療にも使われている。

情報のシェアはここまで。

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最後に個人的な意見をすこし。iPS細胞が創薬の研究開発に用いられていることを今回初めて知り、難病の治療に向けた解決を図るためにぜひ応援したいと思いました。無限に増殖できるという利点によって、困難を極める創薬において飛躍的に研究開発を進めることができるでしょう。

一方で、臨床において扱われるゲノム編集をどのように考えていくかに関しては、慎重な態度でいたい、と考えています。現実的な臨床の実用化には、コスト面的にも再生医療用iPSストックをゲノム編集して拒絶反応を薄くして使う必要性があることは理解しつつも、実用面や合理性だけで最新の科学技術を考えることは危ういからです。

ゲノム編集という技術が、はたして人間の手に負える技術なのか。まず目の前に迫る問題としては、ゲノム編集された食品において、利益追求する民間企業が過ちを侵さないかどうか。

たとえば種子においても、通称「モンサント法」とも呼ばれる種子の自家採取原則禁止が各国で制定され、バイエル社(モンサント社を買収)の利益が動いています。日本でもすでに2017年「主要農作物種子法を廃止する法律案」が成立、2018年には施行されて「種子法」は廃止となりました。また「種苗法」が改正されることで、「農家が自家増殖できない品目」が増え続けています。モンサント社は遺伝子組換え作物市場で世界的なトップシェアをもつ企業であり、こうした作物は農薬・除草剤と結びついています。つまり「自社の農薬・除草剤に耐性のある遺伝子組換えをおこなった作物」を販売しているのです。すでにビジネスモデルとして確立しており、モンサント社が自社の利益を生み出すための積極的なロビー活動を行っていることは有名です。

こうした情報に関して、どのように自身の判断をもつかは難しいことです。社会は一つの事象だけでは動いておらず、様々な事象が絡み合って動いているから。どれだけ抽象度を上げて物事をみられるかが問われます。個々の情報に惑わされていては、正しい目を持つことはできません。

今のこの世の中で、どこまでの情報にアクセスして、どの視座の高さで、どのような世界観でもって、じぶんの生きている社会を見据えるのか。それがひいては、じぶんの世界を形づくっていくことにもつながっているのではないかと思います。
人はじぶんでみたいものしかみないのです。「現状ではみえていないものへアクセスしたい」という態度で学び続けることでしか、みえてこない世界がある、ということは少なくともわかっています。だから、みえていない世界をみるために、学ぶことをつづけたいのです。


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