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おじいちゃんのスリッパ:ほんまのお話。

先々週 おじいちゃんが大きな病院に転院した。

おじいちゃん”と言っても私のおじいちゃんでもなく、
夫の父親・舅(しゅうと)である。
もう同居して二十年以上、子供達から見ておじいちゃんなので、
ずっとそう呼んで来た。

先々週、おじいちゃんが大きな病院に転院した。
その次の日、前の病院から電話が有った。
「スリッパ、忘れてますよ~。」
ちょうど病院の手続きも残っていたので、
翌日ついでにもらいに行った。

受付で名前を言う。
事務員さんは、「ああ。」と言って、
床の隅に置かれていたスーパーの袋を、
つまむ様に差し出した。
袋の中には、
無造作に入れられたおじいちゃんのスリッパがあった。

もらったスリッパを袋ごとバイクの前かごにポイっと入れて、
バイクを走らせた。

「今まで、病院を何回行き来したかなあ~。」
ぼーっと考えながらハンドルを握っていたら、
急に前からどっと大風が吹いた

今まで経験したことのないくらいの強い風だった。
あっという間に、
バイクの前かごのスリッパは、
袋ごと後ろに飛んで行った。

バイクを止めて後ろを振り返る。
スリッパが入った袋は、
カサカサと音を立てながら、
次々と来る車のタイヤの間を、
あっちに、こっちにと、
吹き飛ばされながらも、
踏まれることなく、
見事に上手くすり抜けていた。

しかし車の流れはなかなか止まらない。
逃げ惑うスリッパを目で追いながら、
ぼんやり考えていた。
「これじゃあ、
車にひかれてボロボロになっても仕方ない。
どちらにしても、このスリッパは、
もう捨てようか。」と、

大きい病院に移ったおじいちゃんは、
今ではもう
スリッパは必要無いくらいになっていたのだ。

しかし、このまま、ほっていく訳にもいかず、
「とりあえず回収して、新しいのを買おう。」
そう決めて、止めたバイクの横で、
車の波が静まるのを待っていた。

すると、
”タッタタッタター・・”と、
どこからともなく

一人の作業着姿の男性が全速力で走って来た。

どこにいくのだろうかと思ったら、
男性は、
車の波間に飛び込み、
あっという間に
見事に拾い上げたのだ。
そのとてもきれいとは言えないスリッパ入りの袋を。

そして今度は私の方にニコニコしながら走って来た。
「はい!!!」
丁寧に、しかも両手で手渡してくれた。
まるで宝物でも渡すかの様に・・・。

それからくるりと向きを変え、
風の様に
また”タッタタッタ・・・”と、走り去って行った。

一瞬の出来事だった。
最初、何が起ったか分からなかった。
我に返ると、
走り去って行く男性の背中に向かって
「ありがとうございます!!」と
大声で叫んでいる私がいた。

涙がどっと出た。
枯れていた心が温かくなった。
胸が熱い。
遠ざかる男性の背中に再度お辞儀をして、
またバイクを走らせた。

涙が溢れて前が見えない。

運転中なのに危ないよー。
「このスリッパは絶対に捨てないよ! 
絶対おじいちゃんに履いてもらおう!」
ハンドルを握りながらこうつぶやいた。

これは本当にあったお話。
スリッパだけでなく、
私の心を救ってくれた男性は、
一体何者だったのだろうか。
感謝でしかない。
ありがとうございました。
合掌。


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