断片「国立文書館」

「僕でも載っているような国立文書館の名簿に、どうして君の名前は載っていないんだ?」

「削除されてしまったからだよ」

「どうして?」

「たとえばさ、腕は片方無い、足も片方は義足で杖をついていて、体中傷だらけの女の子が目の前にいるとする。それでその子はその怪我のことについては自分からは何も言おうとしない。そういう時、あなたはその子に「どうして腕がないの?」とか「足はどこに行っちゃったの?」とか無邪気に聞くことができる?」

「…そりゃできないけどさ」

「大図書館の名簿から名前が削除されるってことはさ、この世界では腕や足を失うことよりも、場合によっては命を落とすことよりも…なんていうか、深刻な負傷なんだよ。それはあたしにとっては大事件だったんだ。自分でもそのことについては今でもまだ上手く処理しきれていない。だからあたしはなぜ名前が削除されてしまったということについては言いたくない。少なくとも今は。それでも理由についてあなたは聞きたい?」

 僕はちょっと考えてから首を横に振った。すると彼女はわざわざ尻をずらして近づいてきて、僕の左手を両手で取って額に押し当てて「ありがとう」と言った。彼女の額は少し汗ばんでいた。彼女は僕の手を離してから焚き火に薪を1つ入れ、木の枝で大きな灰を突き崩しながらこう言った。

「自分の経験を言葉できちんと説明することができないというのはあまりいいことじゃないって自分でもわかっているんだ。でもあたしは弱いから…」

 そして彼女は振り返って僕の目を見た。

「洞窟で会ったのがあなたでよかったよ。あたしたちは気が合うのかもね」

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