雑文


 僕たちは愚かだ。僕たちは馬鹿馬鹿しいことを山ほどしでかす。そしてその度に僕たちは二度とこんなことはしないようにしよう、もっとまともな人生をこれからは歩んでいこう、沼地だの森だのといったじめじめとしたひどい臭気のたちこめる場所には二度と足を踏み入れないようにしようと誓う。ただ誓うだけでなく大衆の面前でわざわざそれを宣言したり、右乳首の上あたりにその誓いの言葉を刺青したりする。

 そして胸をはって、背筋を伸ばして歩いていく。最初の内はすがすがしい気持ちで自分との約束をいつまでもいつまでも守っていけるような気分にひたることができる。しかし段々と顔は俯いてくる。背筋は曲がって段々と地面ばかり見ているようになる。ぎらつく太陽だとか、ぬけるような青空だとかが見ているだけでむかむかしてくるような代物になりはててくる…

 そうなってくると目についてくるのが「例の物」である。自分をかつてあれほど惹きつけた粘着質で、鋭利で、甘美で淫靡で退廃的な…そんな抽象的な言葉で表現するのがふさわしいような物なのである。初めはちらりと一瞥をくれる。それだけでひどい罪悪感が襲ってきてくれる。そんな自分に安心してまた一瞥をくれる。今度はもっと長い時間見つめる。自分の誓いが石のように硬い物であることを確かめるため、という口実で今度は指先でつついてみる。二度つついて、三度つついたら駆け出してその場から立ち去る。そして何もなかったような振りをしてベッドにもぐって眠ってしまう…。これは悪い夢だったんだ。今日あったことは忘れてしまおう。こんな気まぐれはもう二度としないことにしよう…。そう何度も何度も心の中でつぶやきながら夢の世界へともぐっていく。多分そんな日には世にも綺麗な夢を見ることだろう。翌朝窓から差し込んでくる光はなんと優しく僕たちの頬を撫でてくれることだろう。人々はなんて晴れやかな顔をしているのだろう。自分は間違いなくこの光の世界の住民である。春を待つ蕾だとか、蝶の飛び交う花畑こそ自分にふさわしいものなのだと誰にでも彼にでも言いたい気分になる。自分はちょっとやそっと「例の物」に触れたぐらいでは動じもしないほど、間違いなく光の側の住人なのだと、自分に向かってしっかりと宣言をすることが出来る。

 …がしかし心とは裏腹に足はまた「例の物」の方向へとむいていくのである。今度ははじめからそれをむんずとつかむ。匂いをかいだり、光にかざしたりしてみる。人によってはこの時点でもうそれを舐めてしまうのかもしれない。しかしやはりある程度のところでそれを放り出して逃げ出す。それでも翌日はもっとはやい時間にやってくる。今度はもっともっと長い時間、深いやり方でそれと密着する。1日の内、闇の時間が占める割合が段々と大きくなっていて、自分でも気づかぬままに全くの元通りとなってしまうのだ。そんな人間のなんと多いことであろう?

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