独白


「どこに何があるのか」ということが全くわからない。そうだ。それが問題なんだ。俺だってそれが問題なんだってことには気づいていた。それぐらいの頭はあるんだ。俺はどこに何があるのか一目でわかるように棚の1つ1つにラベルを貼り、そこに何がしまいこまれているのかということを書き込んでいった。これは根気のいる作業だった。何しろ1つ1つの棚を開けて中身をいちいち調べていかなければならないんだからな。この単純作業は俺をおおいに疲弊させた。しかし俺はなんとか最後までやりとげた。やりとげた結果どうなったか…。驚くなよ!前よりもっと何がなんだかわからなくなったんだ。どういうことか、めちゃくちゃわかりやすく説明してやるよ。たとえばだな、いいか、たとえばの話だからな?棚の1つにりんごと書かれたラベルが貼ってあるとする。それを眺めた俺は思うわけだ。なんでりんごなんてものを大事に棚にしまいこんだんだろう?って。それで俺は重い腰をあげてタンスに近づいていき、りんごの棚を開けてみる。そこにはかじりかけのりんごが入っていた。そんでもってかじったところには黴がびっしりついているわけだな。それを見て俺はようやく色々なことを思い出すわけだ。つまりそれは友達からおすそわけとしてもらったりんごで、家に帰ってきて腹が減っていたから早速かじりついてみたら黴が生えていて全然食えなかった。それで俺は怒りを覚えて、その怒りの記憶を忘れないように保存しておいた、そういうりんごだったわけだな。でもラベルを貼る時には急いだせいもあってか、そういうことを全然思い出すことができなかった。だからりんごとしかラベルには書かなかったわけだ。なあわかるか?こんな例がごろごろしているんだよ。ラベルは間違ってはいない。それは確かにりんごで間違いがない。でも俺の心を揺さぶったのはただのりんごじゃない。「かじりついたら黴が生えていた」りんごなんだよ。いいか?さっきも言ったようにこれは「たとえば」の話だ。あんたが理解できるように極限までわかりやすくした話にすぎない。実際はこれよりもずっと複雑なことがくり返しくり返し起きたんだ。それで俺は気づいたんだ。結局ラベルなんてものは気休めにすぎないってことに。それでは問題を解決することはできないってことに。

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