2012年8月23日「雑記」


 頭の中の物語を実際に紙に書き写してみる。すると、その物語がどうしようもなく陳腐なものであるように思えてくる。それは何故なんだろう?


 今はただ悲しい。次から次へと涙があふれてくる。この次の物語を思いつくことができない。どうしてこんな簡単なことができないのだろう?自分の頭を金槌で叩きたくなる。


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 ある街に昔僕は住んでいた。その街では全ての家が石でできていた。身の丈の何倍もある巨大な石を、掘り師と彫り師が家の形にくりぬいていく。家主となる人の要望を聞きながら大まかな部分を掘り師が、細かい部分を彫り師が形作っていく。1週間もすると、とても一つの石からできたとは思えないような立派な家が出来上がっているのだ。この街に住んでいる人は(王族でさえ!)この石の家に住んでいた。

 僕はその街で暮らしながら物語を書いていた。それで生計をたてていたというわけじゃない。ただ書いていただけだ。僕の書いた物語にわざわざ金を払ってくれる人はいなかった。時々暇な人に見せて、感想を聞く。その程度のことだった。日々の暮らしは、家の裏にある畑を耕すことによってなんとかまかなっていた。

 明日に光は見えなかった。真っ暗な森の中を、ランプもなくさまよいあるいているような気分だった。手を前に出しながら、何か危険なものがないか探りながら歩いていく。時々手にべとべとでつるつるのとても気持ち悪い感触のものが触れる。でも立ち止まるわけにはいかない。立ち止まれば、この森に永遠にとらわれてしまうような気がした。


 僕の精神状態ははっきりいってそんな感じだった。

 この森を抜けたい。光のある場所へ行きたい。そう考えてはいたけれど、どうすればいいのかわからなかった。

 街には時々盲目の吟遊詩人がやってきた。同じ物語を作る人として、僕は彼をとても尊敬していた。彼は食事も忘れて夢中になってしまうような物語を、世にも美しいメロディーに乗せて歌った。彼が来ると広場に町中の人が仕事やら家事やらを放り出して集まってきた。泥棒すら彼がやってくると広場にくるので、彼がいる間は犯罪すら起きることがなかった。この街の人で、彼の物語に、歌に酔いしれないものなどいなかった。


 しかも彼はお金をとらない。とらないどころか明確に拒否する。事情が知らないものが感動のあまりコインを渡そうとすると彼は大切な人が殺されでもしたかのように怒り狂うのだ。もう彼がこの街に来てくれなくなってしまったら大変なことなので、彼を怒らせてまでお金を渡そうとするものはいなくなった。


 しかしこれは僕にとっては必ずしもいいことではなかった。知る限り最高の物語が、ただで提供されるのだ。僕の物語に、というか誰が作ろうが物語というものにお金を払うものは、この街にはいなかった。当然のことだ。


 ある日僕は彼に物語を作る秘訣を聞いてみたことがある。彼はにっこりと笑ってこんなことを言った。

「毎日きちんと空を見る。これだけさ。」

 僕は彼が何をいいたいのか全く理解することができなかった。

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