幻想的独白


 虚無である。


 何も見えない。世界からは色が失われ、楽器は全て壊され、鳥は羽ばたきはしないし、赤子は鳴き声1つあげはしない。感情という感情、意味という意味がその世界からは消え去ってしまった。

 その世界とは私の内部にある世界のことである。


 僕は今そんな虚無の世界を歩いているのだ。肉体的に歩いているという意味ではない。肉体はあいもかわらずに自宅にいる。虚無の世界を歩いているのは僕自身の魂のことだ。


 僕は統一した自我の存在などということは信じない。僕は自分の内部に現実の世界よりもずっと広大な世界を持っている。肉体はこの現実の世界を歩き回り、魂はその広大な幻想の世界をあるきまわる。僕にとって生きるとはそういうことなのだ。


 幻想の世界には様々な地域がある。いつまでも春で、手をのばせば極上の味の果実をとることができる楽園のような地域もあれば、見渡す限り砂漠と、らくだの死骸と飢えに飢えたさそりしかいないような死の地域もある。僕は生きる限りその世界を旅しなければいけないわけだから、時にはそんな地獄のような場所を通らなければいけないこともあるというわけだ。そして今がその時なのだ。僕はまさに死の世界を歩いているというわけだ。


 もちろん現実世界における現在の季節が冬だということも関係しているのだろう。それはもちろんそうだ。肉体あっての魂で、魂あっての肉体なのだから。相互の世界が相互に影響を与え合うのは当然である。

 とにかくそういうわけで僕は死の世界を歩いているのだ。いつかこの地獄を抜けて、実に気持ちのいい風が吹く丘の上にある街にたどり着くことができると信じている。固く信じている。しかし今辛いのは間違いがないのだ。
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