断片「国立文書館」

「この先何が起こるのかなんてことはもうわかってるんだよ」

「何が起きるんです?」

「俺はあんたの名前を聞く。すると確かだと思えていたあんたの姿が消えていく。あんたの体はどんどん透明になっていって、後ろの風景が透けて見えるようになっていく。そして最後には跡形もなく消えていってしまい、あんたがいたという記憶すらも最後には無くしてしまう。そうだろ?違うか?」

「そんなことはありえませんよ」

「じゃああんたの名刺をくれよ…」

 彼は胸ポケットに手を差し入れ、革製の名刺入れを取り出した。そして中を覗きこむと微笑みを浮かべて俺の顔を見た。

「名刺が丁度後1枚だけ残っていました。今日はちょっと気分がいいですからね。記念にこの名刺入れごとあげます。これはブランド物ですからね。いい品ですよ」

 そして彼は名刺入れごと僕に向かって差し出した。

「いや…名刺だけ貰えればいいよ。その名刺入れは本当に高価そうだからな。悪いよ」

「遠慮しなくていいんです。ささ。どうぞどうぞ」

 彼は僕の手をつかんで強引に名刺入れを握らせた。ここまでされると断るわけにもいかないので大人しく受け取っておくことにした。

「そこまで言うなら…」

「まあそれでは私はここで…。久々に若い人とお話することができて楽しかったですよ。名刺に連絡先が書かれていますから、連絡してください。絶対ですよ。国立文書館。きっとあなたなら見つけることができます。いいですか、決して諦めることのないように。それでは…」

 そう言うと彼は立ち上がり、公園を後にした。僕はしばらくベンチに座って空を眺めていた。ふと思いついて名刺入れの中を覗きこんでみたが、名刺は1枚も入っていなかった。

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