雑文的小説


耳を千切っても世界から音はなくならない。

道路を破壊することは出来ても、道を消すことは出来ない。


そして矢印である。道路標識である。あるいは…空気の震えである。


そしてまたこんなところに来てしまった、と彼は呟いた。そこは図書館である。…川のそばの平地に建てられた2階建ての木造建築。また僕はこんなところに来てしまった。真ん中に入り口があって、そこから入るとすぐにロビーがある。ロビーから左右に廊下が伸びていて、そこに並んだ部屋に本棚が並べられている。2階もほぼ同じ構造である。…が、どの本棚にも本は入っていないのである。にも関わらずここは図書館だった。職員は頑とそう言ってきかなかった。

 ここが図書館の成れの果てなのか、それともこれから図書館になるであろう場所なのか、彼は判別することが出来なかった。そんなことはどうでも良かった。重要なのは彼の意思とは関係なく、彼の足が彼をこんな場所へ連れてきてしまうというということだった。

 今日こそは別のところへ行こう。そう強く念じながら彼はいつも家を出る。しかし気づくと彼はこの図書館の前に来ているのである。彼が憎んだのは…結局のところ彼が世界で唯一憎んでいたものは…道路標識であった。道のところどころに建てられている道路標識には矢印が1つだけ描かれていた。そしてその矢印に従って歩いていると、いつのまにかこの図書館の前に来てしまう。そうなるように道路標識は配置されていた。誰がこんな道路標識を建てているのか?1度彼はそれを目撃したことがある。彼がベランダに立ってぼおっと外の様子を眺めていると、人気のない一角に1台の軽トラックが停まった。トラックの荷台には、要するにこれが道路標識だったのだが、半透明の梱包がされた何やら棒のようなものが寝かせられていた。やがて軽トラックから2人の男が出てきた。1人はスーツの上に青色の汚れたジャンパーを着たくたびれた中年男性で、もう1人は灰色の作業着を着た金髪の若い男だった。男達はトラックの荷台にあがり、そして協力して梱包を外した。そこで彼はそれが彼が憎んでやまない道路標識であるということを初めて知った。男達は協力して道路に標識を立てていた。立てる作業そのものには大して時間はかかっていなかったが、その他のよくわからない作業に随分と時間をかけていた。道路に線や数字を書いたり、現場の様子をカメラで撮影したりしていたが、こんなことを1時間ほどもかけて行っていたのである…


 彼は翌日、その新しく立てられた道路標識のところまで行ってみた。ベランダで眺めていた時はただ穴に棒を差し込んだだけのように見えたのだが、一晩立ってから改めて近くで見てみると、標識の根元はしっかりと固定されているようだった。

 彼はあるいは、図書館そのものより、標識の方をより強く憎んでいるのかもしれなかった。

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