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ちっちゃなころから悪ガキで

上級生から囲まれた状況で言い訳をするのは大変だったけれど、ぼくはこわばりながらも努めて明るく事情を説明した。

ぼくの着ていたものが「中ラン」と呼ばれ、不良少年仕様であることをこの上級生たちから教えてもらった。そして、そんなものを1年生が着ているとマズイことになることも。
道理で襟が高くサイズも大きく感じたはずだし、虎と龍がいたことも腑に落ちた。

上級生の彼らからすれば「いい気になっている、いけすかないヤツ」に映ったに違いない。
ぼくが逆の立場でもきっとそう思う。
起こるべくして起こったことだけれど、ぼくからすればもらい事故みたいなものだ。アイデンティティなんてものでもなく、ただ事情があってそれしか着るものがなかったのだから。

彼らは顔をしかめはしたものの殴るといったこともなく、困ったやつだ程度の説教で済んだ。
ぼくはもっと恐ろしい事態を覚悟したけれど、思いのほか平穏でことなきを得ることができたのは、中ランを着てはいるけれど明らかにぼくが子どもだったからに違いない。つい少し前までのぼくが小学生だったことを思えば、そりゃそうなる。


これも中学1年か、2年のときのこと。
授業中、明らかにそれとわかる爆音が聞こえ、生徒たちは授業そっちのけで校庭のある窓側へ集まった。窓から顔を出すと隣りのクラスの生徒と目があったので、きっと他の教室も似たような状況だったのだろう。

校庭のど真ん中に独りでいたその人は、真っ赤な開襟シャツに上下白のジャケットとパンツ姿で髪型はリーゼント、そして中型の単車で爆音を轟かせながら校庭に大きな8の字を描くように走っている。

先生の「席に着きなさい!」という言葉を聞き流し、ぼくらは好奇心からしばらくその姿に見入った。

あれっ?

気づけば自分でも驚くほど大きな声を出していた。

「〇〇くーん!」

無邪気にぼくは大きく手を振った。
一瞬だけバイクを停め、軽く手を挙げてくれた単車の主は、年長の幼馴染みだった。

「ちっちゃなころから悪ガキで15で不良と呼ばれたよ」な、この幼馴染みは近所に住んでいて昔はよく遊んでもらっていたけれど、いつの間にか引越しをしていなくなった。

ほどなくして、怒声とともに校庭へ飛び出してきた先生たちを嘲笑うかのように、彼は爆音とともに走り去った。

ヤンキーやチーマーといった呼称さえまだなかったこの時代、大人たちは彼らのことを「少年ヤクザ」と呼んでいた記憶がある。
道徳的なことはさておき、むしろぼくは元気そうな彼の姿を見れたことが嬉しかった。

いま思えば、どこを切りとっても滑稽な時代だった。
そんな幾多の想い出は暗い時代を反映したもののはずなのに、ぼくの胸に去来する情景は眩しいものばかりだった。


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